【でこぼこ道の常備薬】前編:「誰かがちゃんと生きている」ことが、すごく支えになっていた(マンガ家 ながしまひろみさん)

文筆家 土門蘭

人生のほとんどは平坦な道だけど、時にはつまずいたりうまく進めなくなったりすることもあります。
人に頼るまでもないけれど、なんだかちょっと調子が悪い……そんな時、自分の中にある「あの人の言葉」や「あの人の姿」が支えになってくれることってないでしょうか。これは、そんな人生の「常備薬」的存在についてうかがうインタビューです。

今回お話をうかがったのは、漫画家・イラストレーターのながしまひろみさん。
母子の日常を描いた『やさしく、つよく、おもしろく。』(ほぼ日ブックス)でデビュー後、絵本や漫画を出版されたり、書籍の装画や挿絵などでも活躍されています。

ながしまさんの作品には子供が多く登場しますが、私はいつも「大人っぽい作品だな」と感じます。いろんなことが起こる日常の中、切なさや寂しさを抱きしめつつも、ユーモアを忘れない登場人物たちがとても素敵だなと。

こんな作品を描くながしまさんは、生活の中でどんな「常備薬」を持っているのでしょうか?

 

ながしまさんが漫画を描くようになったわけ

土門:
ながしまさんは、いつもはどんな1日を過ごされているんですか?

ながしま:
基本的には家でひとりで仕事をしています。私の仕事は、ネームやラフといった構想を考える「頭を使う日」と、実際に絵を描く「ペン入れの日」があるのですが、ペン入れは家でしかできないので、「頭を使う日」にはここぞとばかりに喫茶店やファミレスに出かけています。今はコロナでなかなか出にくくなったのですが……。

土門:
基本はおひとりで働いていらっしゃるんですね。以前はランドセルメーカーに勤めながら、描いていらっしゃったとか。

ながしま:
はい。漫画を描くようになったきっかけは、会社員時代に通っていた「ほぼ日の塾」でした。その課題で、漫画を描いて提出したのが始まりです。

それまで漫画を描いていたわけではなかったんですけど、社会人になってから一度だけ漫画を描いたことがあって。それがすごく楽しかったので、最後にもう一度描いてみたいなって思って描いてみたら、いろんな方に「いいね」って言っていただけてすごく嬉しくて……。そこから漫画を描くようになって、2019年にフリーランスになりました。

土門:
その課題作品からできあがったのが『やさしく、つよく、おもしろく。』なんですね。お母さんと娘さんの日常を描いた作品。私も大好きな作品です。

 

「ちゃんと『ひとり』でいられる」にはどうしたらいいんだろう?

土門:
ながしまさんは、普段落ち込むことってありますか?

ながしま:
はい、すごくあります(笑)。もともと落ち込みやすい方だったんですけど、特にこのご時世になってからは、違う悩み方をするようになった気がします。
何を信じたらいいのかわからなくなって、気持ちの拠り所がなくなったっていうか……。

土門:
わ、そうなのですね。それはどうしてでしょうか。

ながしま:
これは2019年の終わり頃からSNSなどを見て感じていたことなんですが、以前まで自然に使っていた言葉を配慮なく使うことが難しくなった、と言うのでしょうか。たとえば「家族」という言葉ひとつ使うにしても、すごく気をつけなくてはいけなくなったように思います。

だから自分も何かを発信するときに「この言葉は誰かを傷つけるんじゃないか」と考え込むようになって、かなり不安定になりましたね。描きたいものはあるのに心の拠り所がわからない、みたいな……。「ああ、自分って空っぽだったんだな」と思ったりもして、2020年はかなり落ち込んでいました。

土門:
そうだったんですね……。実は、私がこのインタビュー企画を考えたのも、コロナがきっかけだったんです。大きなピンチと変化に襲われている中、人と集まることもできない。するとオンラインでの言葉のやりとりが増えていって、良い意味でも悪い意味でも「言葉が強くなっていく」だろうなと思っていて。

ながしま:
はい、はい。

土門:
そんな中で、「ちゃんと『ひとり』でいられる」ようになるにはどうしたらいいのかなということを考えて、このインタビュー企画を考えたんです。物理的に離れているけれど、これまで出会った人や言葉の記憶は、自分の中に残って支えてくれているはず。ひとりだけどひとりじゃない。いろんな方にそういう「常備薬」的な存在を聞きたいなって思いまして。

ながしま:
なるほど……。

土門:
私がながしまさんの作品を好きなのは、ながしまさんの描く登場人物がみんな「ちゃんと『ひとり』でいられる」人だからなんです。悲しいことや悔しいことがあっても、その感情を抱えながら生きていく。まさに優しく強い、大人っぽい作品だなぁといつも思っていて。だから今日、ながしまさんにお話をうかがいたかったんです。

ながしま:
ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。

土門:
いえいえ、こちらこそ。

ながしま:
そうですね……昨年は気持ちがぐちゃぐちゃになってしまったけど、今はもう一度、いちから気持ちを作り直そうと思っているところです。
今年は誰にどう見られるか」ということを考えないで、「何を描きたいのか」をちゃんと考えて作ってみたいなと思っています。

 

向こう側に「人がいる」ことに癒されていた

土門:
そんな中で支えや癒しになったものってありましたか?

ながしま:
昨年はそういうものが一気に減った1年だったように思います。そんな中でも、「いつでも話を聞くよ」と言ってくれる友達とか、頑張って良い作品を作って発表している人とか、ラジオの向こうで話している人とか……そういう
「誰かがちゃんと生きているんだな」って感じることが、すごく支えになっていたかなと。

土門:
ちなみにその中で出会った、心に残った言葉などはありますか?

ながしま:
なんだろう……。あ、最近読んですごく感動したのが、鶴谷香央理さんの『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)って漫画なんですけど。

土門:
あ! 私も大好きです。一人暮らしの老婦人と、書店でアルバイトをしている女子高生が、漫画を通して仲良くなるお話ですよね。

ながしま:
そうそう。その中でおばあちゃんが
「人って思ってもみないふうになるものだからね」(2巻・92頁より)とさらっと言うシーンが、すごく素敵だなって思いましたね。泣くようなところでもないのに、ぶわーっと涙が出てきてしまって。

土門:
はい、はい。

ながしま:
あと、私は毎日ラジオを聞いているんですけど、向こう側に「人がいる」っていうのがすごく励みになりました。何か特定の言葉に動かされる、ってわけではないんですけど、誰かがいて話しているという事実に励まされたというか。

土門:
『メタモルフォーゼの縁側』も、何か事件が起こるようなストーリーではないですもんね。そんななんでもない日常の中で、ちゃんと生きている人の姿に癒されていたのかもしれないですね。

ながしま:
うん、そうかもしれません。

「人って思ってもみないふうになるものだからね」

『メタモルフォーゼの縁側』のその言葉は、老婦人が女子高生にかけたもの。それをきっかけに、彼女は新たな挑戦に静かに踏み出します。

ながしまさんがこのシーンで涙を流したのは、もしかしたら、ながしまさんご自身が漫画を描き始めたとき、その言葉どおりの経験をしたからなのかもしれません。

心の拠り所がなくなった気持ちになった1年。でも「ちゃんと生きてきた」過去や「ちゃんと生きている」今は、決して消えない確かなもの。ながしまさんと話していると、そんなことを感じました。

次回は、ながしまさんにとってのもうひとつの常備薬についてお話をしていきます。

どうぞお楽しみに。

 

【写真】濱津和貴

 

もくじ

 

本連載のバックナンバーはこちら

 

ながしまひろみ

1983年北海道生まれ。マンガ家、イラストレーター。著書にマンガ『やさしく、つよく、おもしろく。』(ほぼ日ブックス)、絵本『そらいろのてがみ』(岩崎書店)、マンガ『鬼の子』全2巻(小学館)。デザインの仕事をしながら絵を描きはじめ、2019年6月からフリーランスとして活動中。

HP:https://nagashimahiromi.studio.site/
Instagram: @nagashitake

 

土門蘭

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。


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