【57577の宝箱】色つきの紙を小さく折っていく 丸めた背中は祈りにも似て

文筆家 土門蘭

保育園の卒園式が近づいている。

とは言え、うちの次男はまだ年少クラスなので、卒園式には参加しない。だけどわたしにはある仕事が託されている。それは、年長さんが卒園式のときにつけるためのメダルを作ることだ。3枚の折り紙を使って作り、仕上げにリボンをつけるのだという。ノルマは、ひとり2個。

出来上がりの見本を見せてもらったら、あまりにも複雑な仕上がりに驚いた。折り紙が得意な人から見たらそんなに複雑ではないのかもしれないが、手先が不器用でめったに工作などしないわたしからしたら、自力でこれが作れる気がしない。でも、やるしかない。卒園生のみんなのためである。

そう思い、締め切りよりもずいぶん前に取り掛かることにした。休みの日、作業場となるダイニングテーブルの上を片付ける。時間と気持ちに余裕を持って取り組まねば。記念すべき日、きれいなものを身につけさせて見送ってあげたい。

§

材料を広げ、手順の書かれた紙を読み込む。A4用紙6枚に渡る工程を前にすでにくじけそうになったが、音楽をかけて自分を奮い立たせる。千里の道も一歩から。そんなことわざが頭に浮かんだ。

まずは、折り紙を半分に折って、開く。左右から、中央にかけて折る。次に、上下から中央にかけて折る……。

手順書に書かれている通り、忠実に丁寧に折っていく。どの作業も、難しいことはない。複雑な仕上がりだと思っていたけれど、ふたを開けてみれば単純な作業の積み重ねだった。ゆっくり焦らずに折っていけば、目の前で少しずつメダルができあがっていく。

「まるで、普段のわたしの仕事みたいだな」
黙々と折りながらそんなことを思った。わたしの仕事も、この折り紙のようなものだ。たくさんの資料を読んで、何時間も取材をして、何万字と書くことだってある。でも作業としては、ひとつひとつの言葉を探して積み上げていくという、シンプルな繰り返し。そしてわたしはそれが苦にならないから、この仕事を続けられている。

そういえばずっと前、初めて暗室で写真を現像したのだが、あまりの工程の多さにヘトヘトになったのを思い出した。この1枚をつくりあげるために、こんなに手間がかかっていたなんて。知り合いの写真家さんにそんなことを話すと、
「僕から見たら、文章を書く方がよっぽど手間がかかるように感じるけれど」
と笑われた。一文字一文字重ね続けるなんて気が遠くなる作業、自分にはできないと。
「でも、あなたもそれが苦にならないんでしょう。それは、その先にある喜びを知っているからだよ」

きっと、このメダルの作り方を考えた折り紙作家さんにとってもそうだったのだろう。コツコツと積み上げた先にあるものを知っているから、小さな工程を淡々と重ねることができる。すごいなぁと思うけれど、折り紙作家さんから見たらわたしの仕事のほうこそ「すごいなぁ」なのかもしれない。

そうやって世の中はまわっているんだろうな。パン屋さんだって、税理士さんだって、学校の先生だって、他の人が見たら気の遠くなるような工程を積み重ねているのだろう。そんなことを思っていたら、メダルができあがった。嬉しくて、できあがったふたつを写真に撮る。初めて作ったにしては、上出来のように思った。

§

ところが。
ふとテーブルのはじっこを見ると、金色の折り紙が余っていることに気がついた。これは……と思い、手順書をもう一度よく見る。なんと、この金色の紙でメダルの本体を折ることになっていたらしい。1時間半かけて慎重に丁寧に作ったのに、全部やり直しだ。思わず呻き声をあげ、テーブルの上に突っ伏した。

それに気づいた長男と次男が、「お母さん、どうしたの!?」とわたしのもとへ駆け寄ってくる。事情を話すと彼らは同情してくれたのだが、次の瞬間、「これ、僕たちがもらってもいい?」と目をキラキラさせた。
水色のほうは長男に、黄色のほうは次男に渡す。すると彼らは、胸に当てたり頭につけたりしながら喜んだ。

その表情を見ながら、もう一度作ってみるか、と思う。
ひとつひとつの作業を積み重ねた先に、こんな笑顔が見えるのだと、わたしも知ることができたから。次に作るメダルは、きっともっと上手にできるはずだ。

 

“ 色つきの紙を小さく折っていく丸めた背中は祈りにも似て ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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