【57577の宝箱】生きるためだけに生きてるわけじゃない テーブルに花くちびるに歌

小説家 土門蘭


年度末は忙しい。

普段よりもぐっと仕事の数が多くなる、いわゆる繁忙期というやつだ。今年もそれがやってきて、手帳にはさまざまな締め切りが並んだ。プレッシャーは感じるものの、先行きの見えないフリーランサーなので、仕事があることは本当にありがたいなと思う。

ただ、この時期は通常の業務時間では足りなくなることが多い。わたしは夜遅くまで起きるのが苦手なので、朝早く起きて仕事をするようにしている。どちらにしろ睡眠時間が減ることに変わりはなく、当然のことながら徐々に疲れが溜まってくる。コーヒーを飲みながら、眠気をごまかす日々だ。

そうするとある段階で、自分のスイッチがカチッと入れ替わる感じがする。無駄な時間や作業を徹底的になくそうとコストカットに目を光らせる、「合理的バージョン」になるのだ。ちなみにその真逆は、感情や感覚を優先する「情緒的バージョン」。それなので合理的バージョンになると、感情や感覚を抑えようとしたり、後回しにしようとする。

たとえばお昼ご飯を食べるときに、本当は近所の洋食屋さんで大好きなオムライスを食べたくても、時間がかからないからと家で卵かけご飯で済ませたり、ひどいときには眠くならないからと昼を抜いたりする。自分の感情や感覚よりも、効率の方を優先してしまうのだ。

ある程度までは悪いことではないのだろうけど、わたしは極端になりがちで、気づくと「合理的バージョン」が行き過ぎていたりする。本当はシャツが着たいけどアイロンをかける時間が惜しいからスウェットでいいやとか、本当は化粧したいけどマスクするから眉毛だけ描けばいいやとか。
ここで言いたいのは、スウェットやすっぴんが悪いということではなく、「本当は何々したいけど」を無視しているのが問題だということだ。本当はおしゃれしたいし、本当は手の込んだものが食べたい。そういった自分の欲を無視し続けると、だんだん欲が湧かなくなる。そして「やりたい」ことがわからなくなり、「やらなくてはいけない」ことだけをこなすようになってしまう。

そういうことはもう繁忙期になるたびにわかっているのだけど、どうもわたしは繰り返してしまう。特に今年はいつも以上に忙しく、合理的バージョンのスイッチは早めに入り、日常における情緒のコストカットはどんどんと進んでいった。
映画は観ないし音楽も聴かない。友達とも会わないし買い物にも行かない。家の中にこもって、「やらなくてはいけない」ことをただただやり続ける日々だ。

§

そんな中、突然友人からメッセージが来た。彼女も今繁忙期なので、てっきり仕事の用件だと思って開いたら、そこにはURLのリンクとともにこんなことが書かれていた。
「来月、ここのアフタヌーンティーに行かない?」

アフタヌーンティー! 予想外の言葉に驚きながらリンクを開くと「苺と桜のアフタヌーンティー」という文言、そしてかわいらしいさまざまなお菓子の写真が目に飛び込んできた。「わ」と思わず声が出て、反射的に「行く!」と返信する。すると友人が「おしゃれして行こう!」と返事をくれた。日にちを決めて、手帳に書き込む。仕事以外の予定が手帳に書かれるのは久しぶりのことで、なんだかその部分だけほんわりと明るく見えた。

おしゃれって、どんな格好で行けばいいんだろう。メッセージのやりとりから仕事に戻りながらそんなことを考える。来月と言えば、もうずいぶん暖かくなっているだろう。コートやマフラーはもうしなくていいだろうし、友人は明るく軽やかな色を身につけて来るかもしれない。

そんなことを考え始めると、どんどんそういう情報が入ってくるようになった。SNSを開けば春服を着たモデルさんが気になるし、コンビニに行くとファッション誌が目につく。まるで、休止させていたアンテナにまた電波が入ったみたいだと思う。そうしているうちにある日、ネット上でかわいいワンピースを見つけた。黒地に、白い糸で大きな花の刺繍がされているワンピースだ。
「自転車に乗れないし」とか「春服って着る期間短いし」とか、合理的バージョンの自分がいろいろと訴えかけてくる。でも、久しぶりに「欲しい」と思えたのが嬉しくて、思い切って決済ボタンを押した。

§

一旦電波の入ったアンテナは、「楽しい」や「かわいい」や「気持ちいい」をわたしの生活に少しずつ取り戻してくれた。カットされていた感情や感覚の部分がまた息づき、生活に彩りが出始める。

わたしはまた音楽を聴き始めたし、映画を観始めた。マスクに隠れる唇に色を塗り、シャツにアイロンをあてるようになった。ああ、わたしはこういうことが好きだったんだよなと思い出す。
情緒は無駄なものではなく、生活を彩るものだ。その彩りがあるからこそ人生は美しいのだということを、春が近づいてようやく思い出した。

まだまだ忙しい日は続いているけれど、クローゼットにはワンピースがかかっているし、アフタヌーンティーの日には桜が咲いているだろう。
「その日まで頑張ろうね」
メッセージで友達と言い合い、今日もわたしは仕事をする。

 

“ 生きるためだけに生きてるわけじゃないテーブルに花くちびるに歌 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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