【57577の宝箱】「右左右」ちゃんと見て そうすれば自然と光る私の行く道

小説家 土門蘭


ペーパードライバーだけど、車を買うことにした。
人生で初めての車購入。買うと決めた今も、まだ少しドキドキしている。

これまでは、車なんて必要ないと思っていた。
前職で必要だったので一応免許は取得したが、ここ何年も運転していない。移動するなら電車やバスで十分だし、急ぎの時にはタクシーを利用したらいい。ずっとそう思っていて、車を買おうなんて一度も考えたことがなかった。

だけどここのところ、車を欲しいと思うようになった。最近車を買った友人から、大いに影響を受けたのである。車の話を聞いたり、車に乗せてもらったりするうちに、
「車があればどこにでも行ける」
そんな事実を改めて目の当たりにし、視界が広がるようだった。そして単純に羨ましかった。楽しそうでいいなぁ!と。

外出しにくくなったこのご時世で、わたし自身どこか遠く出かけたいという欲求が強まっていたのもあるのかもしれない。
車があればずいぶん出かけやすくなるし、行動範囲も広がるはずだ。うちは幼い子供が二人いるので、思い出もより作れるだろう。何より、すごく気分転換になりそうだ。

「よし」と思う。買おう、車を。車のある人生を、経験してみよう。

§

そうと決まれば、まずは運転の練習をしなくてはいけない。車を買うにしても実際に試乗してから決めたいし、せめて一人で運転できるようになっておかねば。

それで、「ペーパードライバー 教習」でインターネット検索してみた。ずらりと並ぶ情報から、自分に合いそうなものを選んでいく。講習と言えば教習所で受けるものとばかり思っていたのだけど、自宅まで教習車で来て教えてくれる先生もいるらしい。それはいいなと思い、予定が合いそうな方を選んで予約した。最初はお試しの3時間コースだという。

講習日は土曜の午前。朝から雨が降っていた。
車に乗らなくなってからずいぶん経つので、かなり緊張している。ワイパーってどこで動かすんだっけ、ライトはどこで点けるんだっけ、そもそもどっちがアクセルでブレーキだっけ……? まずい、こんなことで大丈夫なのだろうか。

挨拶もそこそこに開口一番そう話すと、「大丈夫です」と先生は即答した。
「僕ももともとペーパードライバーだったので、大丈夫ですよ。苦手なことも勉強して練習すれば、得意になるんですから」
そう言われて、緊張が少し解ける。確かにその通りだ。前は運転できていたんだから、また勉強し直して練習すればいい。

§

最初は先生が見本となるために運転をしてくれた。わたしはその様子を助手席で観察する。
「まず、運転するときはいろんなところを見てください」
そう言う先生の目元は、確かにキョロキョロとよく動いている。
「前だけを見るのではなく、左右にどんな車がいるか、後ろについて来ている車はいないか、常にいろんなところに視線をやるんです。そうすることで、今、自分がどんな場所にいてどんな状況にあるのかを把握し、俯瞰する癖をつけます」
「俯瞰……」
先生の言葉を繰り返す。猪突猛進型のわたしには苦手なことだ。

さらに、と先生は付け加える。
「今だけではなく、もっと先を見据える癖もつけてください。前方の角から誰かが飛び出してこないか? 次の信号は赤に変わらないか? 車線変更してくる車はいないか?」
そう言いながら、先生は視線を動かし続ける。
「『今ここ』だけではなく、自分の周りや先のことを、常に気にかけてください。すると今何をすべきかが明確になって、安全に運転できるはずです」

§

それを聞いてふと、
「なんだか人生みたいですね」
という言葉が口をついて出た。
先生が「え?」と聞き返してきたので、慌てて補足する。
「今どういう状況で、今後どうなるのか……目的地に無事にたどり着くためにその二つを把握するって、人生でも大事なことだなぁと思って。わたしはすぐ周りが見えなくなってしまうので、どっちの把握も苦手なのですが」

すると先生はハンドルを握ったまま、
「人生。まさにその通りですね」
と強く頷いた。笑われるかと思ったけれど、真剣な表情をしている。
「僕も運転の勉強をするうちに、人生で大切にすべきことをたくさん学んでいったように思います。自分が今何をすべきかは、落ち着いて周りを見ればわかる。そういうことを、運転を通して学んでいったように思いますね」

それを聞いて、さっきの言葉を思い出した。
「苦手なことも、勉強して練習すれば得意になるんです」
わたしも勉強して練習すれば、いつか得意になるのかな、と思う。

その日は3時間みっちりと教わり、最後には路上を実際に運転するところまでいけた。先生に教わった通り、前だけではなく前後左右に視線を配り、次に何が起こるかを予測しながらハンドルを回す。目的地は、わたしの家だ。
「素晴らしい、その調子です」
助手席で先生が言う。

「車があればどこにでも行ける」
わたしはそう思っていたけれど、どうやらそうでもないみたいだ。車を運転するわたしがしっかりしていなければ、当然どこにも行くことはできない。
でも、勉強して練習すれば得意になる。繰り返し訓練して癖をつければ、どこにでも行けるわたしになれる。

「人生。まさにその通りですね」
頭の中でそう呟きながら、わたしは家の前で車をゆっくり停めた。

 

“ 「右左右」ちゃんと見てそうすれば自然と光る私の行く道 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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