【50代のこころいき】第1話:居心地のよい、安心できる場所を見つけるまで

ライター渡辺尚子

素敵な絵本に出会いました。大人になっても、いいえ、大人になったからこそ、深く味わえる絵本です。

あるおばあさんが子どもだった頃に、海辺のアトリエで過ごした、宝物のような1週間について描かれています。

ちょっと悩みを抱えている女の子と、子ども扱いしない絵描きさん。ふたりは、海に行ったり、朝の体操をしたり、名前のない料理をつくったり、一緒に絵を描いたり。わあ、夢のよう!

いったい、どんな人がこの本をつくったのでしょう。作者に会いたくなりました。

 

絵本の中のようなアトリエで

この、『海のアトリエ』という絵本の作者、堀川理万子(ほりかわ りまこ)さんは、東京の繁華街にあるマンションに暮らしています。

お部屋に入ると、街の喧騒は遠のいて、あの絵本のなかのアトリエのような光景が広がっていました。

たくさんの画材と、絵と、本と、おもちゃと、花と、描きかけの絵を掛けたイーゼル。

そして、にこにこ笑っているチャーミングな女性。堀川さんです。

 

人生がいちばん輝いていた5歳の頃

堀川さんは、美術の大学に進み、大学院に在籍していた頃から、挿絵の仕事を始め、50代になったいままでずっと、絵を描き続けています。

絵の道を順調に進んできたように見えますが、「いえいえ、そんなことないんですよ」と堀川さんが手をふります。

堀川さん:
「5歳ぐらいまでは、いたずらばかりして人を驚かせていました。お客様の靴をかくしてみたりね。誰がどう思おうと、好きなことをしちゃう。人生で一番、輝いていたと思います。

でも、小学校に入ったら、スランプに入ってしまって、思ったほど世界が輝かなかったんです。

何か言うと、友達に『そういうこと、言っちゃいけないんだよ』と言われたり、いつも『いそげ、いそげ』と周りから言われているような気がしたりして、なんかおかしいな、と思っていました」

 

小学校で、社会生活の入り口に立つ

▲仲良しだった、幼なじみのえっちゃん(左)と堀川さん(右)

その感覚、わたしもおぼえがある……。

小学校は、社会生活の第一歩のようなところがあります。

それまで自分の思っていた「あたりまえ」が、他の人たちとは違うんだ、と気がついてしまう。自分のペースや興味が、人とはちょっとずれていたりして。

型にはめられるし、型にはまらないと「だめな子」だと思い込んでしまったりして。いつも途方にくれていて、周りの人がピカピカして見えていたっけ。そんなことを思い出しました。

自分だけがそう感じていたのかと思っていたけれど、堀川さんのお話をきいて、誰もがきっとそれぞれにとまどいを感じていたのだと、ハッとしました。

堀川さんは、そんななか、どうやってスランプから脱したのでしょうか。

堀川さん:
「ふふふ。ずっとスランプ続きで、実はスランプから脱したのはほんの7~8年前なんですよ」

そんなに長く!!!

 

文学は、スランプの人に役にたつ

スランプを脱するきっかけのひとつが、本だったそうです。

堀川さん:
「本は、小さな頃から大好きでした。母に読み聞かせしてもらうのを待っているのがじれったくて、自分で読み始めてしまったほど。幼なじみのえっちゃんという女の子と、交代で読み聞かせしたりもしました」

幼い頃から本になじんでいた堀川さん。学校で「言っちゃいけないこと」や「しちゃいけないこと」は、本を読んで身に付けたそうです。

堀川さん:
「そういうときに、文学って役に立つんです。読書を通して、世間知をテクニックとして少しずつ身につけていくんです。

そうやって、身につけていくうちに周りの人が面白く見えてきたんですね。自分のことはさておき、人に興味をもったら、自意識がとれてきた」

こうして、大人になるまでに出会ったたくさんの大切な本が、アトリエの本棚にぎっしりと並んでいます。

夏目漱石、石川啄木、芝木好子、ウルフ・スタルク、石坂洋次郎……。

堀川さん:
「一人でふんばっているとき、言葉に助けられますね。作家は、いい言葉を残してくれている。いいものは、作家本人のためだけじゃなくて、それに触れた人にも、なんらかの効果をもたらす力をもっているのかもしれない。そう思います」

 

子ども扱いしない、素敵な絵描きさん

もうひとつ、堀川さんを助けてくれたのが、絵を描くこと。

絵は、子どもの頃から好きだったそうです。

堀川さん:
「近所の絵描きさんが絵を教えてくれていたんですね。4~5歳を相手に、ロートレックとは、静物画とは、なんて芸術観を話してくれるんです。

その方のご主人は戦争で弾を受けて、早くに亡くなったのですが、力強い人物でね。ものの見方が厳しいけれど、料理がきれいだったり。

いまでも時々会いますが、褪せない方です」

あの絵本のなかの「絵描きさん」のような存在の人が、堀川さんの身近にいらしたのですね。

堀川さん:
「そうなんです。そこにあるモンステラ(観葉植物)も、20年ぐらい前に会ったとき、『ケア施設に入ることにしたから、もらって』と言われて、もらったんです」

大木のモンステラ。堀川さんの心のなかにも、その絵描きさんの存在が年月とともに大きく育ち、どっしりと根付いて、堀川さんを支えているように感じました。

 

違和感は、好きなもの探しの第一歩

堀川さんは、高校生のとき「一生の仕事をもちたい」と考えていたところ、お母さまから「あなたは、絵を描くのが好きだし、根気もあるから、絵の道がいいかもね」と言われたそう。

堀川さん:
「絵は、人と違うことをやってもほめられる。それが楽しいし、ありきたりのことをやっても仕方がない。一生できる好きなものかも、と思いました」

堀川さんの話が、心に染みるようでした。

周りとうまくいかず、違和感を覚えることって、あります。

それは居心地のよくないことではあるけれど、その違和感のおかげで、自分の好きなものが見えてくる。

堀川さんにとって、それは絵の世界でした。

堀川さん:
「もちろん、絵の道に進んでからも、周りのみんなが立派にやっていることの焦りから、気持ちが揺れることだってありました。そんなときには石川啄木の短歌を口にするんです。

 

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ

花を買ひ来て

妻としたしむ

「一握の砂」より 石川啄木  初出:明治43年、東雲堂書店

 

堀川さん:
「そうするとね、ああ、啄木だってそう言ってる! って、元気が出てくるの。ね、文学って人を助けてくれるんです」

堀川さんにお話を伺うまで、絵の道を志すって、わたしには遠い、特別な生き方だとどこかで思っていました。でも、堀川さんは特別な生き方をしたかったわけではなくて。自分が自分のまま、安心していられる生き方をしたかった。それが絵だったんだ、ということが、お話から伝わってきました。

堀川さん:
「いま思っているのは、元気で長生きしなくちゃ、ってこと。そうでなくちゃ、チャンスが回ってこないもの。私には特別な才能はないけれど、この世界にエントリーはしているから。元気に生きてなにかしらやっていたら、きっとね」

自分のことって、なかなか見えてこないものです。何が本当に好きなのか。何が自分なのか。自分を探すのは難しい。でも、心地よいことと、心地よくないことは、わかります。

仕事でも暮らしでも、わたしにとって、居心地のよい、安心できることって、なんだろう。そこにいつづけるには、どうしたらいいんだろう。それを考えていけば、好きなものを深めていくことができるのかも。

堀川さんのお話を聞いて、そんなことを思いました。

 

【写真】長田朋子(1枚目以外)

 

もくじ

 

堀川理万子

1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科に在籍していたときに挿絵の仕事を始める。画家として絵画作品の個展を定期的に開きながら、絵本作家、イラストレーターとしても作品を発表している。おもな絵本に『ぼくのシチュー、ままのシチュー』『くだものと木の実いっぱい絵本』ほか。最新作『海のアトリエ』(偕成社)が、第31回Bunkamuraドゥマゴ文学賞(選考委員・江國香織)に選ばれた。


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