【57577の宝箱】言葉など持たない楽器の打てば鳴るくらいの単純さにあこがれて

文筆家 土門蘭


インタビューという仕事を始めて、15年ほどになる。

「インタビューをするとき、どんなことに気をつけていますか」という質問を時々いただくのだけど、前もって質問内容を用意するとか、当日はシンプルで目立たない格好をするとか、自分なりのルールはこまごまとある。

でも、中でも一番大切なものは何かと聞かれたら「声の出し方」だと答えるだろう。
人と話す上で、こんなに印象を左右するものはないと思う。相手の方はもちろん、自分にとっても。

§

20代の頃、詩人で芸大の名誉教授でもある80代の男性にインタビューをしたことがあった。年齢も離れているし、相手は言葉のプロフェッショナル。まだインタビューに慣れていなかった私は(今も慣れないが)、心臓をばくばく言わせながら彼のオフィスへと赴いた。

詩人は快く私を出迎え、おいしい紅茶を淹れてくれた。そしてじっと耳を澄ませ、私の挨拶や質問を聞いてくれた。静かに、まるで音楽を聴くように。

質問に答える前に、彼は私にこんなことを言った。
「あなたはいつも、そのように声を出すのですか?」

私は驚いて、彼の目を見た。一瞬「バレた!」と焦ってしまったのだ。
私はインタビュー時、意図的に声の出し方を変えていた。とはいえ、人に気づかれないくらいのほんの小さな変え方だ。だからそれを誰かに指摘されるのは初めてで、その時は本当に驚いたし恥ずかしかった。

「いえ、いつもはもう少し、何も考えずに声を出しています。インタビューの時だけ少し変えていて」
ドギマギしながらそう言うと、彼は「やっぱり」という顔で笑う。おもしろそうに。そして、「どんなふうに変えているんですか?」とさらに質問してきた。

「ええと……喉で声を出すのではなく、力を抜いて、もっと奥の肺の方から声を出すようにしています。あと、声が高くなりすぎないように気をつけながら、ゆっくり話すように」
「ええ、そんな感じがします。インタビューの時だけ、わざとそうしているんですか? それはどうして?」

気づくと私の方がインタビューされている。好奇心で光った彼の目に少し怖気付いたが、私は話し方を変えないまま、また「ええと」と考えつつ返事をした。

「こういうふうに話す方が、空気が柔らかくなるような気がするからです」
ほう、と彼が言う。私は促されて話を続けた。

「緊張すると、喉が締め付けられて高い声になってしまうんですが、それが空気中にビリビリと伝わるように感じるんです。すると相手の方にも緊張がうつるし、私自身もその声を聞いてさらに緊張してしまうような感じがして……。だから力を抜いて、ゆっくり、喉の奥から声を出すようにと、気をつけています」

すると彼は、うんうんと頷いた。「いいですね」と、にっこり笑っている。
「それはご自分で考えたんですか?」
「はい。インタビューをしながら、試行錯誤で」
「素晴らしい。いや、変な質問をしてすみません。声の出し方がなんとなく気になったから」
「いえ……あの、私の声の出し方、不自然でしたか?」
恐る恐るそう聞くと、「とんでもない。いい声ですよ」と彼はまた笑った。
「あなたの声は耳に心地いい。それを自分で考えて作り出しているのですから、インタビュアーとして大したものです。これからも続けるといいと思いますよ」

若かった私は、拙い手品が種明かしされたような気持ちで少し恥ずかしかった。
だけど自分よりずっと年上の彼が心からそう言ってくれているのがちゃんとわかったので、顔を赤くしながらも「ありがとうございます」とお礼を言った。その日はとても充実したインタビューとなった。

あれから10年以上経ったが、その時かけられた言葉は忘れていない。私は詩人の言葉を守り、今もインタビュー時にはその発声法を続けている。

§

そんなことがあったからなのか、私は人の声にもかなり敏感だ。特に女性の声を聴くのが好きで、「いい声だな」と思うとその人のことが気になり目で追ってしまう。

数年前、あるシンガーソングライターの女性と知り合った。先にCDで彼女の歌声を聴いていたので、とても綺麗な歌声だなぁと惚れ惚れしていたのだが、共通の知人に紹介してもらって喫茶店でお茶をした時、世間話をする彼女の声の美しさに本当にびっくりした。歌声とまるで一緒なのだ。天気の話や喫茶店のメニューの話が、1小節のメロディのように聞こえる。

「すばらしい声ですね」
思わずそう言った。
「普通の世間話が、まるで歌みたいです」

彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。きっと言われ慣れているのだろう。照れ臭そうに謙遜することもなく、美しい声で「ありがとうございます」と言った。

その後、ライブのステージに立つ彼女も見たが、お茶を飲んでいる彼女となんら変わらない様子で歌っていた。天気の話をするように、友達に挨拶するように、ケーキを選んで注文するように、彼女はステージの上で歌う。人前に立つこと、評価されることは、彼女をまったく緊張させない。等身大のまま、大きくも見せず小さくもならず、彼女は「普通に」歌をうたう。それが当然のことのように。

私はその歌声を聴いて、感動して泣いてしまった。そうだ、私はこのようにインタビューをしたかったのだと思った。大きくも見せず小さくもならず、等身大で相手の方と向き合って話したかったのだ。「力を抜いて、ゆっくり、喉の奥から」本当の言葉を語り合いたかった。
私はそういう声を美しいと感じ、身につけたいと思っていたのだ。そんなことに、彼女の歌声を聴きながらようやく気がついた。

今も「いい声だな」と思う人に出会うと、耳を澄ましてしまう。リラックスしていて、力が抜けて柔らかく、等身大のままでいる人の声。そういう人の声はみな耳に心地いい。

そんな声を聞くと、私もまた、等身大のままで話してみようかという気持ちにさせられる。

 

“ 言葉など持たない楽器の打てば鳴るくらいの単純さにあこがれて ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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