【45歳のじゆう帖】父のこと
ビューティライターAYANA
ファザコンにはなれなかった
10代まで、私は父と会話をしたことが殆どありませんでした。
私はひとりっ子です。いわゆる一人娘です。よく、父親にとっての娘は可愛くて仕方がない存在で、どうしても甘やかしてしまう、なんて話を聞きますが、私としては、そのような待遇を受けた記憶は特にありません。
父には自分のペースやスタイルがあり、それを崩されることを(たとえ娘であっても)よしとしませんでした。
たとえば家族で出かける場合には、私と母は、基本的に父の行きたい場所に付き合うような過ごし方をしていましたし(その多くはレコード屋や本屋で、だから私はそのふたつが好きな人間に自然と育ちました)、夕食をどこかで食べて帰るとなったら、店は必ず父が決め、私たちが何か希望を言えるような雰囲気はそこにありませんでした。
静かで、関わるのが怖い、緊張してしまう人。小さな頃は、父とはそういう存在であり、それが当たり前でした。自分のやりたいことを淡々とやり、「今日はどんなことがあったの?」みたいに話しかけてくることもなく、こちらにさほど関心を持たない。
特に辛辣な態度を取られるわけではないのですが、父はただ遠い存在でした。
だから当然ファザコンになんてなりようがなかったし、私は長いこと男の人が怖くて苦手でした。どう接したらいいのかわからないからです。その理由は父にあったと思っています。
共通言語が、関係性を変えてくれた
関係性が変わったのは、社会人になってから。会社組織のなかで仕事をする経験は、サラリーマンの父との間に共通言語をもたらしてくれました。仕事で抱えた悩みを、身を乗り出して聞いてくれることもありました。母は専業主婦でしたから、社会人ってこういう大変なところがあるよね!と意気投合してくれるのは、むしろ父のほうが多かったかもしれません。
その頃にようやく、父は私に関心がなかったわけではなく、共通言語がないために話しかけることが難しかっただけなのではないか、と思うようになりました。性別も異なる小さき生き物(私のことですが)を前に、どう振る舞っていいのかわからなかったのでは、と。
音楽や文学に関しても「私が好きで父は知らないもの」に関しては積極的に話してこないけれど、「父が好きで私が興味を持つもの」に関しては、聞けば色々と話してくれました。頼られれば割と張り切ってくれるんだなということがわかり、怖いとか緊張するといった感覚はなくなったように思います。父への印象が少し変わった最初の時期でした。
その後、あの父が!?と人生で最も驚く変化を目の当たりにすることになります。そう、孫の誕生です。
素直な姿を見せた父
父は「じいじ」になって、明らかにキャラ変をしました。孫のことが大好きで大好きで、あれほど年賀状はシャープなグラフィック一辺倒、ファミリー感あるものを一切好まなかった人が、携帯電話の待ち受けや、パソコンのデスクトップにデカデカと孫の写真を配置している。しかもそれを、近所の人に見せびらかしているというのです。
無口で、家族に対しても基本的によそよそしい敬語を話す父が。自分の領域に入ってこないでくださいと食後はすぐ自分の部屋に篭り、お気に入りのクラシックやジャズをかけながらひとり読書を楽しんでいた父が。おそらくそこまで子ども好きでもない父が。
いったいどんな顔で、孫の待ち受け画面を近所に自慢しているのか。私は思わず吹き出してしまいました。
息子が3歳の頃、父と母、私、息子の4人でお寿司屋さんに入ったことがあります。そこで息子の隣に座ったじいじ(父)は、おしぼりで手をふいてやり、うまく食べられないものがあれば代わりに食べさせてやり、召使いさながら甲斐甲斐しくお世話をしていました。
息子には自分でできるようになって欲しいと考える私は、つい「お父さんはあまり手を出さないで」と言ってしまいました。すると父はヘソを曲げ、その日はずっと機嫌を悪くしてしまいました。
その後何かで読んだのですが、人というのは「子どもには未来で笑っていてほしい。でも孫にはいま目の前で笑ってほしい」と思うそうです。これには心の底から納得してしまい、父にお詫びのメールを送りました。
そうしたら、それについての返信に、父の視点からの反省が記され、さらには私が若い頃、決して認めようとしなかった自身の振る舞いについてのお詫びがくっついていました。自分はコミュニケーション能力が高くないから、あのとき素直に謝れなくて悪かったねと。
そんな過去の話を今謝られてもという気持ちと、謝ることができるようになったなんてすごいなという気持ちと。かつて怖くて冷たくて得体の知れない人と思っていた父親は、不器用なだけの人だったんだなぁと、今はなんだかしんみりと思ってしまいます。
【写真】本多康司
AYANA
ビューティライター。コラム、エッセイ、取材執筆、ブランドカタログなど、美容を切り口とした執筆業。過去に携わった化粧品メーカーにおける商品企画開発・店舗開発等の経験を活かし、ブランディング、商品開発などにも関わる。instagram:@tw0lipswithfang http://www.ayana.tokyo/
AYANAさんに参加してもらい開発した
KURASHI&Trips PUBLISHING
メイクアップシリーズ
AYANAさんも立ち会って制作した
スタッフのメイク体験
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