【57577の宝箱】さよならのあとも生まれた縁は切れず 体のどこかで静かに脈打つ

文筆家 土門蘭


これまでにアルバイトをいくつしただろうかとふと気になり、数えてみたら7つだった。

焼き鳥屋、書店、ティッシュ配り、テレフォンアポイントメント、大学の事務、創作料理屋、知人の会社の引っ越しの手伝い。
すべて大学時代のものだけど、一番続いたのは書店だろうか。短期もあったし、仕事内容が合わず1か月で辞めたバイトもあった。

こうして振り返ってみると、あまり脈絡がない。だからこそなのだろうか、そこでいろんな人に出会った。社員さん、同僚、お客さん、取引先の人。アルバイトが変わるたびに、出会いが無数に広がる。人生で、ここまでいろんな人に出会った時期もそうそうなかったなと思う。

§

特に印象に残っている人が、二人いる。今でも時折思い出す人だ。

ひとりめの人は、Kさんという。
私が書店でアルバイトを始めた時に出会った人だった。

コミックス担当のKさんは、金髪のショートボブに真っ赤な爪。まつ毛はお人形のように長く、背筋はいつもピンと伸びていた。仕事もバリバリできて、余裕がある。それでいてとても気さくな人で、初対面の私にもあれこれ質問をしたり、身につけているアクセサリーを褒めてくれたりして、緊張をほぐしてくれた。最初はてっきり年上だと思っていたけれど、尋ねてみると同い年で、こんなにしっかりした人がいるんだなぁと驚いたものだ。

当時その書店では、休憩時間中に控室に商品を持ち込んで読んでいいことになっていた。私はそれが嬉しくて、これまで読んでみたかったコミックスを手当たり次第に休憩中に読み漁った。

ある日、Kさんと休憩時間が同じになった。Kさんは「土門さんはどんなのを読むの?」と尋ね、私が持ち込んでいたコミックスの背表紙をさーっと目でなぞった。そして休憩時間が終わって売り場に出た時に「ねえ、もし迷惑じゃなかったらこれも読んでみて」と3つの作品を薦めてくれた。「これと、これと、これ。きっと好きだよ、土門さんなら」

さっそく次の日の休憩時間に読んでみて、びっくりした。Kさんの言う通り、どれもものすごく好きな作品だったからだ。この漫画家さんの作品を全部読みたい! そう思えるくらいの強さで、私はKさんが薦めてくれた漫画家さんを全員好きになった。一気に世界が広がったような、衝撃的な時間だった。

Kさんに「どうして私の好みがわかったんですか?」と聞いた。
そうしたらKさんは、「だってコミックス担当だもん」と当然のことのように言った。
「漫画が大好きだから、いっぱい漫画を読んでるだけ。土門さんも、好きになってくれてよかった」
そして、にっこりと真っ赤な唇で笑った。

そんなKさんが、数日間アルバイトを休んでいたことがあった。
仕事が2人分くらいできるKさんの欠勤は、書店にとっても痛い。理由を社員さんに尋ねると、「なんか、お母さんの体調が悪いんだって」と教えてくれた。

「まあ、大したことはないみたいなんだけど。それで店長が『大したことないなら、人が足りないから早めに出てほしい』って言ったらしいんだけど、『すみませんが、私にとってはただ一人の大事な母なので』って断られちゃったみたい。すごいよね、あの店長に向かって」

厳しくて怖い店長だったので、その話を聞いて驚いた。私だったら絶対言えないだろう。
大好きなものを大好きだと、大事なものを大事だと真っ直ぐ言えるKさんは、とてもかっこいいと思った。

後日、Kさんが戻ってきて言った。
「今日からまた、バリバリ働きます!」
書店のみんなは、拍手をして迎え入れた。

Kさんはその後、心理学を深く学ぶために大学院へ行ったらしい。今はどこで何をしているんだろう。また会うことがあったら、おすすめの漫画を教えてもらうつもりだ。

§

あともう一人は、Rさんという人だ。

Rさんとは創作料理屋で出会った。私が先に働いていて、Rさんが1か月後くらいに入ってきた。ほんわかとした雰囲気で、いつもニコニコして人当たりが良く、私はすぐにRさんのことが好きになって仲良くなった。

その頃、気になっていたことがある。それは、同じような失敗をしても叱られる人と叱られない人がいるのはなぜなのか、ということだった。別に職場の人間関係がどうとかではなく、どこのアルバイト先でもそうだった。

ちなみに私は、よく叱られる方だった。叱られるのが大嫌いなので、失敗をしないように気をつけていたし、実際そんなに失敗しない方だったと思うのだが、何かにつけて些細なことでよく叱られた。思い返してみれば昔からそうだが、嫌われているわけではないのもわかる。だからこそ、なんでなんだろうと不思議でしょうがなかった。

Rさんは、そんな私とは真逆だった。失敗しても、全然叱られない。みんなニコニコして、「危なかったね」「気をつけないと」とむしろ空気が温まってちょうどいいくらいの感じだった。私はそんなRさんを、いつも羨望の眼差しで眺めていた。

それで、控室でRさんと一緒になった時に、「どうしたらRさんみたいに叱られなくなりますか?」と相談をしたことがあった。
「私、叱られるのがどうしても嫌なんです。Rさんみたいに叱られない人になるにはどうしたらいいですか?」

今思えば、なんだか失礼な悩み相談だったなと思う。でもRさんはものすごく笑って、「土門さんっておもしろいですね」と言った。「すごく素直なんですね」と。

「きっと、だから叱られるんですよ。ちゃんと話を聞いて反応してくれるから、みんな土門さんに話をしようと思うんです。それは別に悪いことじゃないですよ」

そんな解釈はしたことがなかったので、私はびっくりした。Rさんは続けて、叱られないコツを教えてくれた。

「全部、受け流すことです。失敗にも動揺しない、リアクションしないこと」
反応のないところに、人は何かしようとしないでしょう。Rさんはそう言った。

「でもそれを続けると、人と深くコミュニケーションが取れなくなります。それもあまりいいことじゃないですよ。だから、土門さんはそのままでいいんじゃないでしょうか」

それを聞いて、私もまた「Rさんっておもしろいですね」と言った。
「きっと、私以上に叱られるのが嫌いなんでしょうね」
するとRさんは「そう、大嫌いなんです」と言って、二人で笑った。

Rさんはその後、大手金融機関に勤めたらしい。たくさんの人がいる中で、彼女はどんなふうに働いていたのだろうと、今でも時々考える。スイスイとあらゆることを柔軟に流しながら、穏やかな微笑みを守っていただろうか。

もう会えないかもしれないと思いつつ、「さよなら」と言って別れた人はたくさんいる。だけど時々彼女たちのことを思い出しては、彼女たちの表情や言葉が自分の中で息づいているのを感じて、少しだけ寂しくなくなるのだ。

 

“ さよならのあとも生まれた縁は切れず体のどこかで静かに脈打つ ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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