【眠るまえのショートストーリー】vol.1_落ち葉の展覧会
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
オオカワさんは、ちょっと変わった花屋さんです。
一言でいうとそう、長靴下のピッピが大人になったような人です。
おしゃれな洋服屋さんで花を売っていたかと思えば、屋台に花を積んで売り歩いていたこともあります。花市場でも、華やかな花に隠れるように並ぶけなげな草花を上手に仕入れて、素敵な花束を作ってしまう。
道端の草をしげしげ見つめているときもあります。きけば、子どもの頃から木や花が好きだったそうです。なるほどね。
民家のガレージで花屋を開いていた時期もあります。あれは、不思議なお店でした。
ガレージには大家さんの自動車が置いてあります。オオカワさんはその車の脇に、手製のかわいらしい手押し車を置き、花の売り子をしていました。
手押し車には、季節の草花がたっぷり並んでいてまるで小さな小さな野原のよう。オオカワさんがそこから花を摘むように、ささっと束ねてくれます。
まるで童話のなかのような光景でした。
これはその、ガレージで花を売っていた頃のお話です。
ある秋のこと、オオカワさんから一枚の葉書が届きました。
「てんらんかい します ぜひ きてください」
という言葉のほかには、日にちと、ガレージの住所と地図が書いてあるだけ。
花屋さんの展覧会って、どんなことをするんだろう。
花を使ってオブジェを作るのかしらん。
それとも、絵を描くのかな。
うずうずして、行ってみることにしました。
早くも北風が吹き始めていました。
上着の前をしっかり押さえて夕暮れの街を歩いていくと、オオカワさんの花屋があるガレージが見えてくる……はずでした。
ところが、あれ、ガレージが塞がれている。
いつもの出入り口がベニヤ板でしっかりと覆われています。
困ったなあと思って近づいてみると、1箇所だけ小さな扉がついていて、分厚いカーテンがかかっています。
ここから入っても、いいのかな。
おそるおそるくぐってみて、驚きました!
ガレージの内側は、たっぷりとした秋の景色!
足元には、落ち葉がふかふかに敷き詰められています。
一歩踏み出すと、赤や黄色、茶色の葉っぱがかさこそと音をたて、秋らしい落ち着いた香りがしました。
見上げると、木の実や草の実、紅葉、小さな花などを連ねた無数の飾り紐が、天井や屋台の屋根から下がっています。
つややかなヒメリンゴがあります。バラの実やナナカマドがあります。ちいさなどんぐりもあります。ふわふわしたフランネルフラワーもあります。
それらがくるくる回りながら、空中を彩っているのです。
オオカワさんは落ち葉のなかに座り込んで、せっせとその飾りを作り続けていました。
「この落ち葉、素敵ね! どうしたの?」ときくと、オオカワさんは
「今朝、まだ誰も起きていないうちに、道や公園をぐるりと回って集めてきたんだ。
妹と一緒に、トラック一台分集めては持ち帰って、また行って、ってしてね」
と言うと、そばかすだらけのチャーミングな顔でにこっとしました。
オオカワさんがみんなに見せたかったのは、季節が変わるこの瞬間だったのです。
厳しい冬になる直前の、葉っぱが色づいて、いい匂いがして、草花が実をつけてふくらんでいく、この一瞬の自然だったのです。
駆け足でいってしまう秋を、たった一日だけ引き止めた展覧会。
オオカワさんって、やっぱり素敵だな、と思いました。
わたしたちの日常のほとんどは、小さなこと、さもない出来事でできているような気がします。
そうした小さくてささやかな喜びを、上手に見つけては味わっている人たちがいます。
お金にもならない。世の中を揺るがすような大きな話題にもならない。それでも、自分はこれが好き、ということを、誰かと分かち合いながら、それを喜びとして生きている。
これから時々、そうした人たちのお話を綴っていこうと思います。
文・ヒツジ雲/おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト・杉本さなえ/鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」発行。
感想を送る
本日の編集部recommends!
あの人気のオイルインミストが送料無料になりました!
発売から大好評いただいている化粧水・美容乳液も。どちらも2本セットでの購入がお得です◎
今すぐ頼れる、羽織アイテム集めました!
軽くてあたたかいコートや、着回し抜群のキルティングベストなど、冬本番まで活躍するアイテムが続々入荷中です!
お買い物をしてくださった方全員に「クラシ手帳2025」をプレゼント!
今年のデザインは、鮮やかなグリーンカラー。ささやかに元気をくれるカモミールを描きました。
【動画】しあわせな朝食ダイアリー
身体に合って軽めに食べられる和風スイーツのような朝ごはん