【57577の宝箱】ラジオの声届く範囲で作られる 小さな世界にともに身を置く
文筆家 土門蘭
普段、テレビをほとんど見ない。
子供たちはよくテレビでアニメやバラエティを見ているが、私はその横で一人で本を読んだり家事をしたりしている。テレビの電源をつけるのは、ストリーミングサービスで映画を観るときだけだ。
両親が禁止したとかそういうわけではないのだけど、昔からテレビを見るより本を読む方が好きだった。友達がバラエティ番組やドラマの話で盛り上がっている中、全然話についていけず、さすがに見た方がいいかなと思ったこともあったが、友達に「無理して見なくていいんじゃない」と言われて、「それもそうだな」と思ってやめた。
だけどこの間、テレビでニュース番組を見て、その情報量の多さに驚いた。
普段、ニュースはネット記事で読んでいる。久しぶりにニュース番組を見ると、現地の様子や当事者の表情などがうわっと目の中に飛び込んできて、「すごくいろんなことが伝わってくるものだな」と実感した。
それに、自分が知ろうとしてこなかったニュースもランダムに伝えられるので、「へえー、そういうことがあるのか」と新しく知ることも多いなと感じる。ちょっと見ただけで、全然知らなかった情報が次々と入ってくることにとても驚いた。
でもその分、普段より自分の気持ちが揺れて疲れるのも感じた。テレビをつけると部屋全体にその色が滲んでくるような気がして、ちょっと心の準備がいる。
そんな話を友達にしたら、「ラジオニュースにしたら」と言われた。ランダムにいろんな情報が摂取できるし、視覚情報が入ってこない分、テレビより少し楽かもよ、と。
§
なるほど!と思い、最近、朝ご飯のときにラジオニュースを聞き始めた。
夫が出かけた後、子供たちと一緒に食卓を囲み、スマートフォンのアプリでラジオニュースを聞く。
初めて聞いた時は驚いた。なんと、AIがニュースを報道しているのだ。最初は気づかなかったけれど、アクセントやリズムがどこかロボットっぽい。
「これ、人間じゃないね」
私がそう言うと、子供たちは「えっ」と言って、ちょっと恐ろしそうな顔をして耳を澄ませた。
「ほんまや」
「なんか、ちょっと怖いね」
「うん、ちょっと怖い」
そう言い合って、人間のアナウンサーが話しているラジオ番組を探す。
「やっぱり人間の方が落ち着くなぁ」
長男がつぶやいているのを聞いて、時代はどんどん進んでいるのだな、と感じた。
朝ごはんを食べながら、3人で静かにラジオを聞く。時々長男が「今なんて言った?」とか「なんで値上がりするの?」とか聞いてくるが、私は「しっ」と言って静かにするように言う。まだ慣れていないので、集中しないと聞き取れないのだ。
ニュースは合図をすることもなく、すっと終わった。
「終わった?」
「終わったね」
「もうしゃべっていい?」
そんな、ちょっと変わった習慣が始まった。
§
慣れてくると、ニュースに対してリアクションやコメントができる余裕が出てきた。
「えっ、そんなに値上がりするの」と驚いたり、「なんでそんな発言をしたんだろうね」と憤慨したり。
私が反応すると、子供たちは嬉しそうにその様子を見る。私が表情を変えるのがおもしろいらしい。それに合わせて、子供たちも「ええ!」とびっくりしたり「なんでや!」と笑ったりする。
長男がある時、こんなことを言った。
「お母さんが『へえー』とかって言うの見ると、なんか嬉しい」
「えっ、どうして?」
思いがけない言葉にそう尋ねると、
「しゃべってくれるから」
と彼は言った。
そう言われてみれば、ラジオを聞く前までの私は、さっと朝食を食べ終わって、「早く食べなさい」「早く準備しなさい」しか言わなかった。やることがいっぱいあるので省エネモードで動いていて、ほとんど無表情で無言。
でも、ラジオを聞くようになってからは、なんだか感情表現が豊かだ。まるで、食卓にひとり、よく喋るお客さんが増えたような。
まだ子供たちは、ニュースの意味があまりよくわからない。でも、同じ場所で同じ言葉を聞き、私が反応してそれを真似ることが、ちゃんとしたコミュニケーションになっているんだなと気が付いた。
もしかしたら、テレビを囲んだ家族団欒ってこういうことなのかな。同じものを見て、一緒に笑ったり泣いたりする。その時間自体が、コミュニケーションなのかもしれない。
そのことを、朝食を共にする新しい存在が教えてくれた。
「ねえ、ニュース聞こうよ」
子供たちが食卓について、ラジオが流れるのを心待ちにしている。
“ ラジオの声届く範囲で作られる小さな世界にともに身を置く ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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