【私の転機】竹島水族館・小林さん(後編):弱点はわるいことばかりじゃない。そこから良くなるためのチャンスだと思う

ライター 川内イオ

古くて、小さくて、閑古鳥が鳴く竹島水族館に新卒で就職した小林龍二(こばやし・りゅうじ)さん。働き始めた頃は「好きな魚を飼って給料をもらえて、こんなに嬉しいことはない」と自分を納得させていたが、募る違和感を無視できなくなり、お客さんを呼ぶために行動しようと先輩たちに呼びかけた。

それが裏目に出て煙たがられ、いよいよ耐え切れなくなってきたタイミングで、SNSで知り合い、意気投合した同業の戸舘真人(とだて・まさと)さんが竹島水族館に転職。同志を得た小林さんは、水を得た魚のように次々と集客作戦を実行していく。

前編のはじめから読む

 

ほとんどのお客さんが解説を読んでいない

小林さんがアイデアを出し、戸館さんが実現に向けて調整する。そうしていざ実行に移す時には、協力して事に当たる。ふたりのコンビは少しずつ、お客さんがいなくて、どんよりした雰囲気だった竹島水族館の風通しを良くしていった。

例えば、前編に記した妙にゆるい魚の解説もそうだ。これは、ヒントを求めて頻繁にほかの水族館の視察に行く小林さんが「お客さんはほとんど解説を読んでいない」と気づいたことから始まった。お客さんはなにを求めているのかを知るため、来場者の会話に耳を澄ませると、想像以上に「おいしそう」という言葉が交わされていることがわかった。

そこで、「図鑑に載っている内容は書かない」「手書きする」「お客さんの気持ちになって文面を考える」「魚の担当者が書く」「他人が修正を入れない」などのルールを決めて、竹島水族館に提示する解説文を変えた。

それまで水族館業界でタブーとされてきた、「食べたらおいしいかどうか」「どんな味がするか」も記した。するとそれがTVやSNSで紹介され、解説目当てのお客さんが来場するようになったのだ。この改革も、一筋縄ではいかなかった。

「実は戸館が来る前から僕ひとりでやっていたんですが、上司から『描いて貼る前に必ず見せなさい』と言われ、思うようにできませんでした。

でも、戸館がきてから調子づいて、それまでの解説を剥がして勝手に変えたりし始めました。もちろん、先輩たちは怒りましたが、僕らが書いた解説と先輩が書いた解説を読んだ人の秒数を測ってその差を伝えたり、実際にお客さんが楽しそうに僕らの解説を読んでいる姿を先輩たちに見せたりしているうちに理解してくれる仲間が一人、また一人と増えていきました」

水族館の飼育員はバックヤードで作業をしていることが多いが、小林さんは館内を歩き回って、お客さんがなにを見ているか、なにを話しているのか、入口から出口まで何分かけているのかなどを観察する。この徹底した「観察」の姿勢は、著名な水族館プロデューサーで、小林さんが師匠と慕う中村元さんからの教えの実践。

予算が限られた竹島水族館で、いかにお客さんを楽しませるか。その答えは、お客さんが持っている。「キモイ!」と言いながら、ウツボをじっくりと見ているお客さんの姿から、水道管に入ったウツボ50匹の顔が並ぶ展示が生まれたのだ。

こうした異色の取り組みによって、来場者は右肩上がりで増えていった。

 

雑談を促すことで生まれるユニーク企画

▲竹島水族館の館長・小林さん。今回の取材は現地に行くことは叶わずZoomでお話を伺いました。

蒲郡(がまごおり)市は2015年、竹島水族館の運営を民間業者に委託する「指定管理制度」を導入することを決めた。そこで小林さんらが中心になって会社を設立し、指定管理者として立候補。ほかに競合がいなかったため、小林さんの会社が指名を受けた。それと同時に、小林さんが館長、戸館さんが副館長に就任した。

この頃から、小林さんは「水族館をもっと良くするための勉強をしよう」と、経営に関する書籍を読み始めた。そのなかで特に役に立ったのが、トヨタやホンダに関するもの。そこには、世界的な企業になった今も、成長するためにどんな取り組みをしているのかが描かれていた。それを参考に、バックヤードの改善にも乗り出した。

「水族館の飼育員って、一日の大半を魚のそばで過ごしているんです。やろうと思えば仕事はいくらでもあるし、魚が好きだからそれが幸せなんですよね。でも、それまでの作業を見直して、効率よく短時間でできる仕組みを考えました。

例えば、それまでは飼育員がイカやタコを切ってエサを作り、手作業であげていたんですが、養殖で使ってるようなペレットのエサに変えて、時間になると自動的にドラムが回転してエサが出てくる機械を導入しました。これでエサ代がだいぶ安くなって、エサやりの時間も半減しました」

手間暇かけてエサを作り、それをあげる時間は、飼育員にとって楽しい時間かもしれない。しかし、水族館の生き物は飼育員が愛でるためではなく、お客さんが楽しむためにいるのだ。

こうして作業の効率化を進めると、飼育員に空き時間ができる。その時間にほかの仕事をしよう、という話ではなく、小林さんは飼育員たちが事務所に集まってざっくばらんに話をするような雰囲気づくりに務めた。

「さあ会議をしてなにか提案しましょうと言っても、誰もなかなか発言しないんですよね。でも、事務所で肩ひじ張らずに話をしていると、いろいろなアイデアや日頃の悩み、課題がパッと出てくるんです。これは、わいわいがやがや話す『わいがや会議』と言って、ホンダの本に書いてあったやり方です」

わいがや会議で生まれたアイデアが、展示に活かさせることも多い。今年5月末から6月半ばまで行われた「水族館で野球展」も、事務所で「最近、中日(ドラゴンズ)が負けてんだよね」という飼育員のなにげない一言から会話が弾み、中日ドラゴンズ、阪神タイガース、ヤクルトスワローズにちなんだ魚が展示され、話題を呼んだ。

 

飼育員が自力でとってきた生き物が展示の3分の1を占める

さまざまなビジネス書を読み込み、展示にも活かしてきた小林さんは、「ほかの水族館でやっていることは二番煎じになっちゃうし、大きな水族館のマネをしようと思ってもできないので、独自にやっていくことを意識しています」と語る。

その独自路線は、展示する魚の調達にも貫かれている。なんと、竹島水族館で飼育されている生き物の3分の1は、職員が釣ったり捕ったりしてきたもので占められているのだ。

一般的な水族館では、インターネットショッピングをするようにパソコンで欲しい生き物を注文すれば、卸業者から送られてくる。竹島水族館はもともと資金難だったので、小林さんが入社した当時から自力調達するか、漁師に貰うことが多かったのだが、小林さんが館長に就任してから今に至るまで継続されている。自力調達は非効率に思えるが、そこには意外な効果があるのだ。

「なにがいいかというと、まず自分でストーリーを伝えられるんですよね。例えば、『雨の日に館長に言われて釣りに行ったけど、全然捕れなくて大変だった。3日目でようやく捕れた』という解説を書いたり。それがお客さんにウケるわけです。その魚がどういうところにいたのかもわかるから、それを再現した水槽を作ることもできる。もうひとつは、自分が釣ってきた魚だから、愛着を持って一生懸命に飼うんですよ。そういう個人的な思い入れが、竹島水族館の強みに変わるんです」

 

漁師とその家族からは入場料をもらわない

竹島水族館は今、深海魚の展示数で日本一を誇るが、それは地元の漁師たちのおかげだ。ある日、小林さんは考えた。

「ほかの水族館にはない、うちの水族館唯一の強みは、地元に深海魚の漁師がいること。その強みを活かさない手はない」

それから、小林さんは全国の水族館、一軒、一軒に一般人のふりをして電話をかけ、「僕、深海の生き物が大好きで、そちらの水族館に行きたいんですけども、何種類ぐらい展示してますか」と尋ねた。覆面調査の結果、静岡県の沼津にある深海水族館が最も多い80種類(当時)の展示をしていることがわかった。

そこで小林さんは地元の漁師を訪ね、「深海水族館の80種類よりも多くしたいから、協力してください」と頭を下げた。「よし、じゃあやろう!」と答えた漁師たちは、それから珍しい深海魚をどんどん持ってくるようになり、あっという間に80種類を超えて、約120種類に。今では竹島水族館に展示されている生き物の3分の1は地元の漁師から譲り受けたもので、漁師との関係は今も良好だ。

「漁師とその家族は、無料で水族館に入れるようにしてあります。それで、『この前遊びに行ったら、魚おらんかったから持っていくよ』と言ってくれたり、『この前、どこどこの水族館に行ったら竹島水族館にいない魚がいたから、持っていくよ』と言ってくれたりします。そうそう、じゅんさんとたつやさんという漁師がとった新種のエビは、その漁師さんの名前をとって『ジュンタツヒメセミエビ』と命名して展示していますよ」

 

水族館の枠を超えて

お客さん目線での展示の工夫、バックヤードの改善、資金不足という弱みを強みに変える生き物の調達など、あらゆる手を駆使した改革によって2019年、竹島水族館は過去最高の来場者数47万人を記録した。

その後、新型コロナウイルスのパンデミックによって来場者数も減ってしまったが、コロナ禍に翻弄されたこの2年も、小林さんにとってはポジティブなものだったと振り返る。

「緊急事態宣言で閉館になった時、お客さんがぜんぜんいなかった昔に戻ったような感覚になったんですよね。その頃の潰れそうだった時のほうがいろいろアイデアも浮かんできたし、こんなことしたらこうなるんじゃないか、もっとこうしてやろうっていう思いでやってたので、毎日楽しかったんです。

ダメなことがたくさんある状態というのは、必ずしも悪いことではなくて。そこから良くなるためのチャンスなんだなって感じます」

コロナ禍が長引いている影響で、今も完全には客足が戻っていないものの、むしろ小林さんのモチベーションは高まっている。これからも大手の水族館には思いつかない、できないような企画をどんどん実現するつもりだ。そこには、ある想いが秘められている。

「魚や生き物を見て楽しんでもらう、魚のことを考えたり感じてもらうだけじゃなくて、もっと大きなことをやれたらなと。

コロナもまだ続いていますし、いろいろな悩みを抱えていたり、大変な思いをしている人も多いと思うんです。だから、うちみたいに小さくてお金もない水族館でも、一生懸命やると面白いことがたくさん生まれるという姿を見せることで、なにか生きるためのヒント、楽しくなるヒントを伝えられたらなと考えています。

他ではまだそういう動きが見られないので、気付かれないように密かに進めて、また盛り上げていきたいですね」

子どもの頃から海の生き物に夢中になっていた少年は、お客さんが来ない水族館の飼育員になった。逆風のなかで「海の生き物のため」に知恵を絞り、館長に就いてV字回復を果たした。そして今、水族館という枠を超えて「人」に想いを馳せている。

(おわり)

 

【写真】太田昌宏


もくじ

 

小林 龍二

1981年蒲郡市生まれ。地元高校卒業後、北里大学水産学部(現海洋生命科学部)を卒業して竹島水族館に勤める。さまざまな改革を繰り返して入館者増を図り、2015年より館長に就任。人間環境大学客員教授、専門学校浜松ルネサンス・ぺット・アカデミー講師。「愛知メダカ愛好会」会員でもある。近著は『驚愕!竹島水族館ドタバタ復活記』(風媒社)。

 


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