【眠るまえのショートストーリー】vol.3_鳴く虫コンクール
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
夕暮れの町を自転車で走っていたら、ふと、手書きの看板が目に入りました。
「虫の音コンクール会場」
そこは、きわめて小さな公民館でした。
不思議に思って近づいていくと、
「おつかれさまです。出場者の受付はこちらですよ」
と、看板の陰から声がして、腕章をつけた人がふたり出てきました。
「いえ、わたしは…」と言いかけると、ふたりは「見学者!」と目を見ひらき、
「それはそれは!どうぞあちらへ!」とそろって奥の部屋へといざないました。
ちいさな部屋の中は、虫かごを持った人たちでいっぱい。
「今日は、年に一度の虫の音コンクールなんですよ」と、ひとりが言うと、
「全国から集まったわれわれ愛好家が、手塩にかけた虫を連れてきて、自慢の音色を聴き比べるんです」
と、別のひとりが教えてくれました。
「審査会場は隣です。今審査しているのはマツムシかな」
と、また別のひとりが言うと、
「マツムシは、チンチロリン、チンチロリン。スズムシは、リーン、リーン、ですよ」
と、最初のひとりがあとをひきとりました。
ひとりが話すと、もうひとりがあとを継ぎ、また次の人も話し始めて。
まるで虫の音が広がるように、静かな会話がはじまります。
長机の上には、竹の虫かごが並んでいました。
「こちらは、本日の競技には参加しない虫たちです。
せっかくですから、連れてきたんですが、ね、どこかのんびりしているでしょう」
中を覗くと、さまざまな虫が、じっとしていたり、露を飲んだりしていました。
と、一匹が羽をふるわせはじめました。
フィリリリリリリ。
フィリリリリリリ。
周りの人たちがふとおしゃべりをやめて、耳を傾けます。
フィリリリリリリ。
フィリリリリリリ。
「良く鳴いているね」と一人がにっこりし、
「虫の居所がよかったんだね」と、別の人が頷いています。
パッと扉があいて、審査員が入ってきました。
「皆様、お待たせいたしました。いま、厳正なる審査が終わりました。鑑賞会を始めます」
途端に、会場の空気がふわっとゆるみました。
皆でぞろぞろと隣の部屋へ向かうと、入り口には分厚い暗幕が垂らしてあって、中は真っ暗。
「さあ、いきましょうか。お足元に気をつけて」
皆がなんとなく小声になっています。
何人かで手を繋いでいる人たちもいます。
「暗くて、危ないですからね。どうぞ、お手を」
「おそれいります、それでは」
ささやきあいながら、誰もが喜ばしげな顔をしています。
なんだかドキドキしながら、暗幕をたぐって中にもぐりこみます。
そうやって、真っ暗ななかに佇んでいると。
リーン、リーン。
チンチロリン。チンチロリン。
ルルルルルル。
リーン、リーン、リーン。
虫たちがせいいっぱい、音色を響かせています。
「ああ、良い声ですね」
「これは、素晴らしい音色だ」
ささやく人たちの声も、虫たちの音色に溶けていきます。
外へ出ると、すっかり日が暮れていました。
家路に急ぐ人たちと、その脇を駆け抜けていくバスや自動車、いつもと変わらぬ街の姿。
それでも、道端の草むらから、素敵な音色が聞こえてくるのでした。
リーン、リーン。
チンチロリン。チンチロリン。
ルルルルルル。
リーン、リーン、リーン。
文・ヒツジ雲/おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト・杉本さなえ/鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」発行。
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