【眠るまえのショートストーリー】vol.5_流星群と猫
あわただしい一週間をかけ抜けている皆さまへ。眠るまえの、ちょっとした時間でも読める、童話のようなショートストーリーをお届けします。本を手にとる元気がない日、心に余裕がない日でも、ひととき現実を忘れて、物語の世界へもぐり込んで。今日という日が心地よく幕をとじ、よい眠りにつけますように……
ヒツジ雲
ミチオさんが朝刊をひらくと、すみっこのほうにこんな見出しがありました。
「今晩、しし座流星群がピークを迎えます」
「そうそう、今晩だね」とミチオさんはつぶやいて、コートをとりだしました。
ミチオさんが流星群を観察するようになってどれほどたつでしょうか。
ニュースになるような大きな流星群はもとより、ほんのちいさなものも、必ずたしかめにいきます。
双眼鏡も望遠鏡も持ちません。星座表もコンパスも携えていません。
夜になると両手をコートにつっこんで、身軽な姿でひとりぶらりと家を出ます。
見晴らしのよい土手に腰をおろすと、空を見上げて星を待ちます。夏は草の香りが、冬は夜のとばりが、ミチオさんを包み込みます。
ミチオさんが流星群を見にいくようになったのには、理由があります。
知人からこんな話を聞いたのです。
ねえ、空にのぼった猫たちが、どうやって暮らしているか知っているかい。
あいつらは、空の上で、本当の自由を手に入れるんだ。雲の上や星の間を走り回り、雨のバケツをひっくり返し、太陽の粉をまきちらす。
その間に仕立て屋が、新しい服を仕立てるんだ。
空には猫専属の仕立て屋がいる。
たなびく雲の糸をつむぎ、とびきりの生地を織り上げる。そいつを月の糸で縫い上げ、太陽でプレスして、それぞれのいっちょうらをこしらえる。それなりに時間はかかるらしいが、良い仕立てらしいよ。
ふわふわのがいい、と注文をつける猫もいる。模様の面白いのがいい、という猫もいる。なかには仕上がりを待てない猫もいて、仮縫い部屋にかかっているだぶだぶのガウンを着込んでご満悦なんだって。
新しい服を着込んだ猫たちは、流星群の夜を待つんだそうだよ。
街が寝静まった真夜中、降り注ぐ光は雨粒のようにちらばって、地上に触れた瞬間に猫になる。
そうして猫になったら一目散、それぞれの場所に向かって駆けていくんだ。
ミチオの猫もきっと、新しい服を着込んで戻ってくるんじゃないかな。
今晩も、流星群が空を走ります。
のんびりと川辺を歩くミチオさんを、猫の爪のような月が追いかけてきます。
じっとしているうちにだんだんと目がきいてきます。頭上には数え切れないほどの星がまたたいています。
「急がなくても、いいからね」
そうつぶやきながら、ミチオさんは流星の時間を待っています。
あわてなくても、大丈夫。いつか自分めがけて降ってくる星が、きっとあるのです。
文/ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット
イラスト/杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」発行。
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