【力を抜きたい日の食卓へ】第七回:卵焼きの味。

麻生 要一郎

子供の頃、母が作ってくれるお弁当のおかずで好きだったのは、少し焦げ目がついた焼き目に甘い味つけの「卵焼き」。

まだ僕が幼稚園の頃に母が入院した時、父も仕事が忙しかったので、祖父母の家に預けられる事になった。僕は入院期間を確認すると、カレンダーに、母方、父方と、滞在日を均等に割り振りして、父を通して両家へ伝達。当時、自分ではどういう思いでそうしたのかは、記憶にないけれど、両家への気配りをしたものと思われる。

その時に食べた、母方の祖母の卵焼きは、母と似たような甘い味付けで、父方の祖母は、甘くない味付け。同じ料理でも、作る人によって味は随分と違うなあと、子供心に感じた事は今もしっかり記憶しているし、それぞれの味を尊重する今の考え方にも結びついている。

料理の仕事をしていけば、人生どうにかなるかなと思っていた時、編集者をしている友人から「要一郎さん、お弁当作ってよ」と言われた。撮影の時に、現場でお昼ごはんに食べるのだと言う。そんなニーズがあるものかと思いながら、言われるがまま届けた。

少し経つと、そこで食べて下さったという方から、また違う撮影の時にお弁当をお願いしたいと依頼を受けた。どこかへ届けると、また違うどこかへ、そんな事が続いた。あっと言う間に口コミでお弁当が広まって行くと同時に、僕の世界も広がっていった。

ある時、雑誌のお弁当についての取材で「ところで屋号は?」と質問された時に、名無しの弁当である事に気がついた。今更、取って付けたような屋号をつけても仕方ない、毎回筆ペンで書き添える、お品書きの最後には「麻生」とだけ記している、それが僕の原点だ。

お弁当の容器、おかずも様々に工夫をして来たけれど、必ず入っている甘い卵焼き。食べて下さった方からの、「甘い卵焼きが美味しかった」と言う声はありがたい事に多い。子供の頃に食べた母の味に似ているという感想を頂くと、亡き母と一緒に仕事をしているような感覚にもなれて嬉しい。

同じ時期に、実家の片付けを夢中でしていると帰るのが遅くなって、お腹が空いたので、もう誰の気配も感じられないリビングで、近所で買ってきたお弁当を一人わびしく食べた。今の家から、実家までは電車でも車でも2時間弱の距離。実家へ行く時に食事をするなら、地元の友人を誘うか、知り合いのお店へ行くようにしていた。色々運び出した実家で、何かを食べる事を無意識に避けていたのかも知れない。

そのお弁当屋さんは、注文するとその場で調理したものを詰めてくれる家庭的な味わいが人気で、実家にいる頃にも忙しい時にはよく利用したお店だった。一口食べたその時に、急に悲しみが押し寄せて、母の焼いた甘い卵焼きが無性に恋しくなった。もう少し作業をするとキリが良かったけれど、チョビに会いたくなって、家路を急いだ。

その夜に感じた事は、今の僕が作る料理やお弁当に、影響を与える貴重な経験だったと振り返る。その時に、僕が追い求めている味は、究極の美味しいレシピと言う訳ではない、誰もが持つ郷愁の味であり、静かにそっと寄り添うような優しい味わいだと思ったのだ。

お弁当箱を広げて、一番最初に卵焼きを詰めながら、食べている間、安心してホッと出来るようにといつも願っている。

甘いのが好き、甘くないのが好き、具が入っているのが良いとか、きっと好みも千差万別。甘くないのが好きだったのに、家族が出来て、甘い味が好きになったという話を聞いた。そうやって、自分の味を紡いで行くのだと思います。これが正解なんてないけれど、参考までに、僕の甘い卵焼きのレシピをご紹介。

卵焼き
材料
・卵 4個
・砂糖 大さじ2
(我が家では優しい甘みの甜菜糖を使っています。ご家庭でお使いになっているお砂糖の味わいによりお好みで加減して下さい)
・醤油 大さじ1.5
・味醂 大さじ1
・油 適宜

作り方
1. ボールに卵を割り入れて、調味料も全て加えて、よく混ぜておく。
2. 中火にかけた卵焼き器に、キッチンペーパーなどを使用して、油を均等に馴染ませる。
3. 中弱火にして、1の1/4位を注いで、焼けたら奥から手前へと3回で折り返す。これを4回繰り返す。(油は卵液を注ぐ前に足りないと感じた時に、キッチンペーパーに染み込ませて塗る)
4. 焼終えたら、巻き簾で巻いて、粗熱を取りながら形を整える。

※焼き立ても美味しいけれど、冷蔵庫に置いていれば2日位は美味しく食べられます。

魚売り場へ出かけると、隅っこの方に置かれている、魚のあらを品定め。鯛のあら、鮪の血合いがあると、僕は必ず買い求める。

養親の姉妹が、鯛のお刺身を食べさせてくれた時、あらの部分を使って昆布出汁と合わせて潮汁を作ってくれた。澄んだ上品な味わいは、子供でも大人でも美味しく味わえると思う。この中に、素麺を入れて煮麺にするのも、おすすめ。ちなみに、鮪の血合いは、焼いたり、煮たり、揚げたり、役に立ち栄養価も高い。

潮汁
材料
・鯛のあら 1パック
・昆布 2枚(12g)
・水 800cc
・酒 大さじ1
・三つ葉 適宜
・柚子 皮を適宜

作り方
1. 鯛のあらは買ってきたら、パックから取り出して、水分をよく拭き取った後に、塩をして30分程おいて出てきた水分を拭き取っておきます。(すぐ使わない場合は、キッチンペーパー等で包み、ジップロックなどに入れて冷蔵庫へ)
鍋にお湯を沸かし、あらを霜降りにして、冷水にとって、鱗や滑りを掃除しておく。


2. 鍋にお水と昆布を入れて10分程置いてから、1を加えて弱火にかけます。ふつふつと湧いてきたら8分ほど、旨味を引き出しながら加熱。仕仕げに酒を加えて、もう2分。灰汁が出てきたら丁寧にすくう。

3. 器によそって、三つ葉と柚子の皮を散らす。(ネギや木の芽、せりも相性が良いです)

僕は、母親、祖母、それから養親の姉妹、それぞれの味を受け継いで、日々の食卓に活かしています。

僕にとっての美味しいが、誰かの役に立ち、いつかその味を恋しく思う人がいたら、そんなに幸せな事はないと思う。さて、今夜は何を作りましょうかね。

 

家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについてのエッセイなどの執筆を経て、初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を発行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。

Instagram:@yoichiro_aso

 

フォトグラファー。1974年3月東京生まれ。雑誌、単行本で主に暮らしまわりを撮影。 好きな被写体は人物と料理。著書に、17組の人とその人の作った料理を撮り、文章を綴った『人と料理』(アノニマスタジオ刊)がある。他に『まよいながら、ゆれながら』(文・中川ちえ)など。

Instagram:@wakanababa

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