【連載|朝、いろいろ】第二回:たんぽぽさん
石田 千
この町に住み、4年。
うねうねした路地と、坂がおおいこと。学校や公園が近くて、いつでも子どもたちの声やすがたがある。巣ごもりの日々のなか、いい町での出会いに、ほんとうに、希望をいただき、励ましてもらっている。
ひとり暮らしから、ファミリータイプまで、いろんな間取りのあるアパートで、年配のかたも、あかちゃんも、会えば、こんにちは。ドアをあければ、笑顔になれる。ことに、朝はにぎやかで、外出をしなくても、廊下から、元気な声がきこえてくる。
おとといは、エレベーターのところで、お母さんとこどもたちに会えた。
さいしょあったときは、お母さんと、坊やと、赤ちゃんだった。いまはもう、お母さんと、お兄ちゃんと坊や。ベビーカーは、もう乗っていない。
お兄ちゃんは、ランドセルをしょっていた。この春から、一年生で、ランドセルの背には、交通安全のきいろいカバーがかけてある。一年生、おめでとう。
声をかけると、おっとりと、小さい声で、ありがとう。
はずかしそうに、そっぽをむく。
……おにいちゃんは、1年3組で、ぼくは、たんぽぽ組。
お母さんにくっついている坊やは、おおきな声で教えてくれた。保育園のね、お母さんが説明してくださった。
そうなんだ、たんぽぽさん、おめでとう。
たんぽぽさんは、元気いっぱいにお礼をいってくれた。
じつはね、おばちゃんは、きみの赤ちゃんのころも知っているんだよ。毎朝、洗たくものを干すころに、廊下で泣いたり笑ったり、よろこんだりしていたのも、知っている。そうして、もう、たんぽぽさん。うれしいなあ。
通勤や帰宅時間の町なら、お父さん、お母さんたちが、電動自転車の前後に子どもたちをのせて、坂をぐんぐんのぼっていく。すごいなあ、たくましいなあと、見ほれて、あたまがさがる。10時をすぎて、買いものにでるころには、保育園の子どもたちのお散歩といっしょになる。
おおきなカートのなかに、ちいさな子どもたちを乗せて、保育士さんがゆっくり押していく。歩けるようになっている子は、ふたりずつ手をつないで、列をつくっていく。おなじ階のたんぽぽくんも、きっと歩いてお散歩なんだろうなあ。元気なお返事をまた思い、いっしょに信号を待った。
たんぽぽさん、たんぽぽさん。歌うように歩いていった。スーパーマーケットでも、きいろいものに目がいって、買いものメモにはなかった菜花を、一束買った。たんぽぽさんのおかげで、お昼に、夕飯に、おひたしが食べられる。
お昼まえの、のんきな町を帰ってくると、すみれのとなりに、咲いていた。見つけたくて、路地をえらんで歩いていたから、うれしかった。
ちいさかったころ、元気な日は空をみあげて、しょんぼり歩けば、たんぽぽの香に、つんと呼びとめられた。
しゃがんで、つみとると、茎からしろいお乳がでてくる。そうして、みるまに、しおれてしまった。
自転車に乗れば、風のなかの香で、花のありかを見つけられた。けれど、だんだんと背がのびるにつれて、たんぽぽの香は、遠のいていった。
あのころの練馬は、しろつめ草やたんぽぽの咲くあき地があって、おねえさんたちに、お花のかんむりを編んでもらった。あたまにのっけて、夕方まで遊んで帰るころには、やっぱりたんぽぽは、しょんぼりしていた。
部屋にもどり、窓をあけると、小学校から歌声がながれてきた。
ゆったりとなつかしい旋律は、きっと校歌。一年生も、がんばって歌って覚えているころ。
たんぽぽは、お店で買えない。いつかベランダに、綿毛のって届く日を、たのしみに待っている。
作家・石田千。1968年福島県生まれ、東京育ち。2001年「大踏切書店のこと」により第一回古本小説大賞受賞。16年、『家へ』(講談社)にて第三回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。『窓辺のこと』(港の人)、『バスを待って』(小学館)、『箸もてば』(筑摩書房)など著書多数。
写真家・齋藤圭吾。1971年東京都生まれ。雑誌や書籍、広告、CDジャケットなど様々なメディアで活動。主な仕事に『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)、『melt saito keigo』(TACHIBANA FUMIO PRO.)、『記憶のスパイス』(アノニマスタジオ)、『高山なおみの料理』(角川書店)、『自炊。何にしようか』(朝日新聞出版)、『ボタニカ問答帖』(京阪神エルマガジン)などがある。
Instagram:@keigo.saito
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