【新連載|5秒日記】第1回:本当に夏休みみたいだと、気づくとどうも照れくさく、照れかくしにどんどん食べた
古賀及子
日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい。5秒あれば物理も心理もそれなりに動く。何ごとかが輪郭をもった姿で目の前にあらわれる。
朝から晩まで、あったことを記録的に書く日記とはちょっと違う、ほんの一瞬をつかまえて日々をつなぐ、それがこの「5秒日記」です。
2018年の秋からブログで日記をつけています。40代でライター、エッセイストの私・古賀及子と、ふたりの子ども(高校生の息子、中学生の娘)の3人暮らしの様子を書きとめるうち、5秒をすくう楽しさに気がつきました。
日々をすごしたっきりにして忘れてしまう贅沢もすてきだけれど、私は貧乏性だから、家のちょっとした瞬間を残して覚えてわかっておきたいと思うのです。
§
7/3(月)
朝、化粧がうまくいき驚く。いつもと同じ段取りでやったはずなのだけど、今日はいったいなにが違ったのか。肌はやわらかくなめらかで、目にはうるおいと輝きがある。髪はうねりがなく1本1本が素直にまっすぐだ。
よほど昨晩よく眠れたのか、それとも手がうまく動いて粉が上手に肌に乗ったのか、鏡に近づいても起きていることがよくわからない。
ただこんな感心な日も、会社に着いてトイレに行くと、結局いつもとなんら変わらない私の顔がただ映るばかりだから重ねてわからなくなる、朝の驚きはなんだったのか。
7/14(土)
晩はアジフライとキャベツの千切りと玉ねぎとわかめの味噌汁、ご飯、冷奴、希望者は納豆も。
冷奴にかけるのにしょうゆ差しを冷蔵庫から出し、そのまま食卓へ持って行きそうになるも、はっと気づいて台所へ戻った。詰まった注ぎ口と空気穴をつまようじでつついて開通させる。
この家の醤油差しは古く、使うたびに詰まる。いつも食卓に出して傾けてから詰まりに気付いてつまようじを取りに台所へ行くはめになる。
「今日はあらかじめ開通させておきました」と食卓へ置くと、子どもたちから「えらい!」「冴えてる!」と称えられ、冷奴を食べるのもいい気分だ。
7/19(水)
箱入りのDoleのアイスキャンディーを買ってきた。夏になるとスーパーの冷凍ケースに並ぶ、4種類の味のキャンディーが16本入ったやつ。
学校から帰ってきた娘が早速冷凍庫を開けて見つけて、在宅勤務中の私に食べていいかと聞くから、どうぞどうぞとこたえる。
「私いま、箱を開けたんだけど」
「うん」
「縦と横、どっちから開けたでしょうか!」
このアイスの紙箱は縦からも横からも開けられるようになっている。どちらから開封したか聞いているらしい。
娘はちょっとしたことをすぐクイズにする。まだ保育園に通っていたころから、中学生になった今でもずっと、日々こうして試される。
「……横!」
「正解です!」
正解した。
7/25(火)
数年前、アボカドの種を水栽培で発芽させ、たっぷり根が出て芽も伸びたところで鉢に移した。今では小さな木にまで育った。冬場は室内でじっとこらえてやりすごしてもらい、春になるとベランダに出す。夏はどんどん新しい葉を出し、毎日明るい緑色の葉を風にそよがせる。
けれどここ数日、酷暑に耐えかねてか傘を閉じるように葉が下を向いてしまった。
元気がないな、このまま枯れてしまいやしないだろうか、私にできることは水やりくらいで、でも水はやりすぎても根がくさっていけないはずで、気づけばずいぶんおもんばかって気を揉む。いつもより、じょうろの水を少し多めにした。
生きているものと暮らすことは気がかりそのものだ。気にして、安心して、心配する。元気の調子が伝染する。
夕方になって徐々に葉を広げたから、そのままつられて元気になった。
7/27(木)
子どもたちが夏休みに入った。なにか夏休みらしいことがしたいんだと、焼肉用のタレのついた肉を買ってくると息子が言って出かけ、本当に買ってきた。
夜になり、台所のコンロを囲むように3人、皿を持って集まった。フライパンで肉を焼いては食べていく。
以前焼肉に使っていたホットプレートは壊れたタイミングで処分してしまって、それでみんなで肉を焼くならコンロを使うしかなくこうなった。台所にはクーラーがないから暑くて外みたいだ。
思いもよらずバーベキューの雰囲気で、本当に夏休みみたいだと、気づくとどうも照れくさく、照れかくしにどんどん食べた。
7/30(日)
箱入り6本セットのガリガリ君は、1本で売られる袋入りの普通のガリガリ君よりもぐっと細い。
朝食後にしめしめという様子で冷凍庫から出した娘が、ソファに座って「あっ」と言った。見ると、半分くらいのところで折れている。
折れたところで総量が減ることもないし、私などはなんとも思わないのだけど、娘は「せっかくのガリガリ君が……」とちゃんとテンションを下げていて、やっぱりガリガリ君は棒を持って食べるのでなきゃ、という理想を持っているのだと、ガリガリ君に対して真摯だなと思った。
7/31(月)
食後にソファでスマホを見ていると、娘がやってきて「おならって茶色いよね?」と聞くから「透明だけど、気持ちの上では茶色いんじゃないかな」と答えると腑に落ちたようだった。
茶色いはずなんだけど、そういえば茶色くないな? と思ったから、私のところまで確認に来たそうだ。
§
8/1(火)
午前中は在宅勤務をし、ひるご飯を食べてから午後に出社するつもりで炊飯器のご飯が炊けるのを待っていたらだんだん空が黒くなってきた。天気予報アプリの雨雲レーダーを見ると真っ赤に表示された雨雲がぐんぐんこちらに向かってきている。
あわてて昼食はあきらめ、炊けたご飯を冷凍し、荷物をまとめて飛び出すが、10歩歩いたところで一気に大きな雨粒がたたきつけるように降ってきた。風も急に強く吹き、持ち手の部分で傘を持つと、ぶるんぶるんとあおられてしまう。軸の根本を両手でつかみ、中腰で風を押すように進むしかない。
前を行く部活帰りらしい近所の中学生グループは誰も傘を持っていないようで、げらげら笑って大雨にあたりながら集団全体で左右に揺れながら歩いている。
追い抜きながら、「大丈夫? どこかで雨宿りしてくださいねー!」と声をかけると「はーい」「大丈夫でーす」と元気で、ビジネスカジュアルが半分浸水した私の方が傘をさしてなおずっとみじめだ。
なんとかたどりついた最寄り駅も全体が昼とも夜ともつかない不気味な明度でただ事でない。線路にごうごう雨が打ちつけ、もやもやけむりが立って、近くでがりがり雷が鳴る。通過する特急電車がいつもよりずっと速く見えて怖かった。
8/3(木)
夕飯の酢豚を食べながらテレビをつけると、ニュース番組で高校野球の組み合わせ抽選会のようすが流れた。今年は運営上のさまざまなルールがコロナ禍前同様に戻り、負けたチームが砂を持ち帰る伝統も復活するという。
観ながら娘が「甲子園の砂ってどうするの? 捨てるの?」と、まるで屈託のない様子で聞くから、「大変な思い出なんだから、飾ったりするでしょう、捨てるなんてことはないよ」と、失礼だと怒る人はここにはいないのに、なんだか慌てて打ち消した。
砂を拾ってどうするという野暮なことばが、行動をからかう意図なく純真に出たのが貴重に感じられて、あとから思い出してかみしめた。
8/7(月)
会社の事務所に、オフィスグリコが設置されている。小さな組み立て式の棚にお菓子が並び、カエルのかたちの貯金箱に小銭を入れると買える。
お腹がすいたときではなくて、仕事がつまらなくなったときに買うことが多い。うまく捗らず、どうしたものかとうめいて悩んで面白くなくなって、すがるようにポッキーを買った。
会社で小銭で菓子を買う。子どもの頃には思いもよらなかった。ポッキーのチョコレートを、こっそり少し歯でこそげた。
8/8(火)
風呂から上がると、保湿用のクリームのチューブが定位置の棚の上にない。朝、ヘアアイロンを使う手がぶつかって棚の後ろに落としたのを思い出した。
朝の私は、夜の私が拾うだろうとそのままにしたのだ。朝はそれで良かったろうが、夜になってみればうとましい。
過去の自分を他者として線引きし恨むのは、大人になってからかもしれない。子どものころは前日まったく勉強せずに迎えた試験の朝でさえ、昨日の自分を恨む前にちゃんと後悔した。
以前より、過去の自分に他者を感じる。反省せず恨んでばかりだ。
文/古賀 及子(こが ちかこ)
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。ライター、エッセイスト。 どうってことない日々を書くのが好き。日記の傑作選をまとめた著書『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』を2023年2月に素粒社より刊行。
note:https://note.com/eatmorecakes X(twitter) :@eatmorecakes
イラスト/芦野 公平(あしの こうへい)
イラストレーター、TIS会員。書籍、雑誌、広告等の分野で活動中。イラストを提供した仕事に、Honda N-ONEカタログ、坂角総本舗130周年カタログ、新国立劇場「シリーズ 声」ビジュアル、田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)、瀬尾まいこ『傑作はまだ』(文藝春秋)など。
X(twitter) : @ashiko
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