【繋ぐこと】後編:手間暇をかけても伝わるとは限らないから。地道に、誠実に(「Pheeta」デザイナー・神出奈央子さん)
編集スタッフ 藤波
「繋ぐ服」をコンセプトに、手しごとの魅力が詰まった服を作っているファッションブランド、「Pheeta(フィータ)」。
多くの選択肢の中でどんな服を選べばいいのか自信がなくなったときに出合い、ずっと心を掴まれています。
この服を作った方にお話を伺えば、長く大切にできる服選びのヒントがもらえるかもしれない。そんな思いで、ディレクター / デザイナーの神出奈央子(こうで なおこ)さんにお話を伺いました。
前編では、ファッション業界で経験を積んだ神出さんがご自身の目指す物づくりの在り方を見つけ、ブランドを立ち上げるまでのことを聞きました。
後編では、「Pheeta」の物づくりを通して考えていることや、ブランドコンセプトである「繋ぐ服」のこれからについて伺います。
言葉はわからなくても、大切にしてくれている
現在「Pheeta」の製作はほとんどインドの工場で行われているそう。
前職で各国の工場を訪れた中で、インドを選んだ理由が気になりました。
神出さん:
「初めてインドを訪れたのは10年以上前でした。古くから綿花を栽培していたこともあり、州によって全く違う刺繍の文化があったり、木版を使ったブロックプリントが盛んな町があったり、布に対する造詣がとても深い国です。
そういった印象を持って訪れたのですが、実際に売られている服の種類が意外にも限られていることを現地で感じました。
例えば、伝統的なサリーなどの民族服か、対極にある大きな工場で生産される現代的なテイストのもの。
せっかく継承されてきた手しごとを現代の装いにももっと活かせる服づくりがあるんじゃないか、もっともっといいものが作れる可能性があるんじゃないか、という想像を長らくしていました」
▲インドでもっとも古い刺繍方法のひとつ「カンタ」。私 藤波はこの細かな刺繍に一目惚れしました
神出さん:
「服づくりを始めた当初、現地の職人さんたちは、インドの伝統的な刺繍を使って私たちが作りたい服がどういうものなのかイメージできなかったと思います。
けれど、小さな試作を繰り返し図案をやりとりするうちに少しずつ目指すものを共有できるようになり、5年経った今では私と同じくらい『Pheeta』のことを大切に思ってくれているのを感じます。
それは決して言葉で交わすわけではないのですが……。リクエストしたサンプルは一向にあがってこないけれど、別件でお客様に手しごとを紹介するための生地サンプルを作ってほしいとお願いしたら、そちらだけすぐにやってくれたことがあります。
きっと、自分たちの文化に対してのリスペクトを彼らなりに感じ、喜んでくれているのかもしれないなと。お金だけじゃない、そういう心の繋がりを感じさせてくれるところが不思議でありとても嬉しいです」
長く着てほしいからこそ、お手入れは簡単に
繊細なディテールが美しい「Pheeta」ですが、神出さんの目指す「繋ぐ服」の特徴は何かあるのでしょうか。
神出さん:
「一番は、目立たないところまで細かくこだわり、手しごとならではの美しさを存分に感じていただけるようにしていることです。
こちらのドレスは、この長さの10倍ほどの生地をたっぷりと使っていて、ひと山ずつ手でステッチをかけ、ぎゅっと寄せて、さらに同じ手作業を3、4列行って……という途方もない工程から生まれています。
タックの間隔が見えないほど細かく、かつボリューム感のある仕上がりを機械で再現するのはまず不可能なので、職人さんの技術があってこそのディテールだと思います」
神出さん:
「長く着続けられるよう、サイズ感も工夫しています。出産や加齢など、女性は大きく体型が変化することもあるので、どんな年代の方でも着ていただけるようゆったりとした作りに。
それから、もしかしたら意外に思われるかもしれませんが、長く着続けてほしいからこそ機能面も大切にしています。
私が着ている『Trinity(トリニティー)』というシリーズの白いドレスはブランド設立当初から作り続けているものですが、経年変化で黄ばみや化粧汚れが気になる襟の裏だけ薄いベージュの生地を使っています」
▲手織りでしか作れない細かなタックは、細かいゆえに型崩れすることはないそう
神出さん:
「繊細な見た目から汚してしまったらどうしよう、と心配される方もいらっしゃいますが、実はウールを除いてほとんどの服が自宅で手洗いOK。
私自身、洋服を選ぶ際にはお手入れのしやすさだったり、気楽に色々なシーンで着られることを重視するので、そういった部分は大事にしています」
誠実な物づくりはきっと届くから
神出さん:
「もちろん大変なこともあって、『思っていた以上にこの手しごとが難しいのでこの図案はできない』と言われてしまうことも。
時間をかけて考えたデザインなのでやっぱり少し落ち込むのですが、どういう図案だったらできそう?と職人さんに聞くと別のアイデアをもらえて、そうやって出来上がったものはむしろすごく素敵になったりします。
何かができないとなったとき、『いや、これがいい』と固執するのではなくて、ピンチはチャンスじゃないけれど、諦めずに向き合うことは自然と意識しているかもしれません」
神出さん:
「働くなかで自分の力ではどうしようもないことは必ず起こるけれど、そんなときマイナスなことは言ってもしょうがないな、と思っています。
それより大切にしているのは、誠実であることです。お洋服を買ってくれるお客さまに対しても、作ってくれる職人さんに対しても、嘘偽りなく物づくりを続けることだけが大事なのかなと。
織布、刺繍、縫製、それぞれプロの職人さんが別の場所で行うので、『Pheeta』の服づくりにはかなりの時間がかかります。
けれどそうやって誠実にいいものを作り続ければ、信じてくれる人はきっと少しずつ増えていく気がしています。そう信じたいですね」
変わらないための新しい挑戦
▲こちらのニットは「Clara」(クララ)。作曲家のクララ・シューマンから名前をとったそうです
「Pheeta」の10回目のコレクションとなる23AWでは、はじめてニットが登場しました。
神出さん:
「ブランドを始めた当初から、一般的にオーダーが減ってしまう秋冬にもインドの職人さんにお仕事を出し続けることで雇用を安定させたいと考えていました。そのため、これまでは織物にまつわる洋服しか作ってきませんでしたが、いつかはニットも作れたらと思っていました。
暑い国なのでニットの文化は少ないですが、ヒマラヤ山脈を挟んだインド側とネパール側の標高が高い地域では伝統的なハンドニットの文化が残っているんですよ」
神出さん:
「今回のコレクションでは、原毛はインドの羊のものを、紡績からニットの生産はネパールで行いました。試作を繰り返して、複数の編み方を組み合わせた『Pheeta』らしい繊細なニットができあがったのではないかと思います。
『Pheeta』を好きでいてくれるお客さまはレースやタックなどの繊細なディテールに惹かれてくださる方が多いので、それをハンドニットでも表現できたらとデザインしました」
神出さん:
「実はヒマラヤの標高の高い地域で刈り取られた羊毛は、持って降りるのが大変でほとんど捨てられてしまっている現状もあります。
ネパールでのニット作りと並行してそういった羊毛をなんとか活用できるよう、インド側でもハンドニットが作れないかと構想しているところです。
現地でお話を伺うと自分たちの伝統的なハンドニットの技術を残したい、繋いでいきたいと思っている職人さんが多くいることを感じるので、そういった方々の思いにも応えながら、これからも一緒に仕事をしていけたら嬉しいです」
「繋ぐ服」を、繋いでいくために
最後に、「Pheeta」のこれからについて今考えていることを伺ってみました。
神出さん:
「まだまだ道なかばです。『繋ぐ服』と言うからには、繋いでいかないと意味がないと思っているので……20年後、30年後に別の方に繋げるように、これからもブランドを作っていきたいですね。
ブランドを続けることは、5年間ずっと一緒に服を作ってくれている職人さんたちにずっと変わらずお仕事をお願いできるように、という意味でもあります。
大切なものを守るために、変わらず繋いでいくために、国やカテゴリーに捉われない様々な取り組みをしていきたいです」
神出さん:
「どんなに手間暇かけた物づくりをしていても、それはパッと見て伝わるものではないというのも感じています。
もちろん伝われば嬉しいけれど、そうじゃない方にも知ることで愛着を持っていただけたらすごく嬉しいので、コレクションごとに発行する冊子にはその服に使った手しごとの技術だったり、その歴史を詳しく記載するようにしていて。
そうやって地道に伝えていくことも、きっと『繋ぐ』ためには必要なのではないかと思っています」
実は、先日初めて「Pheeta」の服を買いました。最初に心を掴まれた「Paula(ポーラ)」というシリーズのコート、嬉しくてひと足先にラックにかけて眺めていたのですが……。
「Pheeta」の物づくりを深く知った取材のあとは、時間をかけてバトンを渡しながらこの一着を作った方たちのことがふわっと浮かんで、前よりもっと愛おしく見えました。
自分が愛着を持てるものを知ること、そして洋服が作られた背景を知ること。長く大切にできる服選びは「知る」ことから始まるのかもしれません。焦らずじっくり、これからのおしゃれを楽しみたいです。
(おわり)
【写真】井手勇貴、神出奈央子(4枚目)
もくじ
神出奈央子
セレクトショップの企画、チーフデザイナーやディレクターなどの経験を経て、2019年春夏より「繋ぐ服」をコンセプトにしたブランド『Pheeta(フィータ)』を立ち上げる。Instagram:@pheeta_official / @naoko_koude
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