【繋ぐこと】前編:いつか白髪になっても着続けたい。そんな服ができるまで(「Pheeta」デザイナー・神出奈央子さん)
編集スタッフ 藤波
好きだと思って手に取ったはずのニットが、次の年にはたんすの奥で眠ったままだったり。引っ越しのタイミングで服を手放すことになったり。
本当に身につけたいものってなんだろう?と考えても答えが出ず、どんな服を選べばいいのか自信がなくなっていたとき、「Pheeta(フィータ)」というブランドに出合いました。
セレクトショップで目に留まった一着のコートは、一針一針手で刺しゅうされたことが分かる繊細なデザイン。その布地に触れたら、考えるより前に「こんな服を着てみたい」という思いが湧き上がったのです。
もしあのコートに惹かれた理由が分かったなら、きっと今の自分に足りない洋服選びの視点が見つかって、長く大切にできる服を選べるかもしれない。
そんな思いで、「Pheeta」ディレクター / デザイナーの神出奈央子(こうで なおこ)さんに会いに行きました。
きっかけは、Tシャツのリメイク
「Pheeta」は神出さんが2018年に立ち上げたブランドで、今年で5年目になります。
前職も含めると20年ほど洋服づくりに関わっているとのことですが、ファッション業界を志すきっかけはあったのでしょうか。
神出さん:
「元々洋服は好きだったのですが、『作りたい』と最初に思ったのは高校生の頃です。
まだインターネットにたくさんの情報が載るような時代ではなかったので、シーズンごとに出版される、パリコレクションやニューヨークコレクションをまとめた雑誌を読んでいました。
素敵だなと思う洋服はたくさんあるけれど、学生なのでお金がなくて買えない。どうしたら近いものを着れるだろうとあれこれ考えて、簡単なリメイクをしてみました」
神出さん:
「シンプルな無地のTシャツの丈を短くしてみたり、違う洋服から切り取った装飾をつけてみたり。
もちろん手縫いで、今思うと本当に原始的なんですけれど、きっと自分なりには目指すものがあったんだと思います。
なんとかして憧れの服に近いものを着たいという気持ちだけだったけれど、思いがけず周りの人たちに『いいね』と言ってもらえたのが嬉しくて。
そんなところから始まり、高校卒業後は服飾系の短大に進学しました」
服が好きでも知らなかった、一着が生まれるまでのこと
服飾学校卒業後はアパレル会社に就職。入社当初はデザインだけでなく生産管理など幅広く関わっていたそうです。
神出さん:
「ファッション業界に足を踏み入れて一番はじめに驚いたのが、想像していたよりずっと多くの人に支えられて一着の服ができることでした。
洋服を製作してくれる工場、それを輸出入してくれる貿易会社、挙げればきりがないのですが、日本に届いてからも店頭に並ぶまでに色々な人の手を経ていて、一着に対してこれだけの期間と労力がかかるとは想像できていませんでした。
デザイナーやプレスが表に出る機会が多く華やかなイメージを持たれるかもしれませんが、物づくりは裏で支えてくれている方たちがいないとできないのだと、身に染みて感じたことをよく覚えています」
神出さん:
「数年勤めた後、『Another Edition』(アナザーエディション)というブランドのデザイナーとしてユナイテッドアローズに転職しました。
デザイナー、ディレクターと立場を変えながら10年ほどブランドに関わるなかで、世界中の工場を訪れ職人さんとお話しする機会があったのですが、そこで少しずつ物づくりに対する考えが変わっていった気がします」
1から10まで知って、物づくりがしたい
神出さん:
「たくさんの工場を訪れて改めて知ったことの一つは、それぞれの国の文化や歴史の流れのそばにファッションがあること。
例えば、インドは綿花の生産地として有名ですが、植民地時代に手織りの布(=カディ)を使って独立運動をした経緯があり、今でもカディが自由の象徴として根付いています。
80年代、若者の社会に対する不満が1つの文化となってパンクやロックファッションが流行ったのと同じように、いつも洋服は文化とともにあったんです」
神出さん:
「もう一つは、継承されてきた美しい技術が失われつつあること。
これもインドですが、例えば『Pheeta』でも採用しているブロックプリント。スタンプのように色ごとに木版を用意し順番に重ねて一つの柄を作りあげる技術ですが、この木版を掘るのが本当に難しく、職人さんはかなり減っています。
木版を掘るだけでも相当な手間がかかるので、今は逆にこのブロックプリント風のデザインを機械でプリントすることもあるそうです」
▲一押しずつ重ねてプリントしていくので、わずかな滲みやズレが生まれます。これが手しごとならではの風合いなのだとか
神出さん:
「もちろん考え方は様々だと思いますが、背景を理解し10ある選択肢の中から一つ選んでできたものを、私は届けたい。
機械のプリントとブロックプリント、人によっては同じように見えるかもしれないし、実際似ているかもしれなくても、1から10まで知ってデザインしていきたい。次第にそんな思いを持つようになりました」
白髪になっても着続けられる服を
長年関わった『Another Edition』が終了するタイミングで、それまで考えてきたことを自ら『Pheeta』の企画書に落とし込んだといいます。
神出さん:
「希少な技術に触れて目指したいものが見えてくる一方で、忙しさから自分自身が消費されたり、すり減っていくような感覚もありました。
ファッション業界はどうしても社会潮流や流行に左右されてしまう部分があるので、そこが楽しさである反面、流されすぎると疲れてしまうのかもしれません。
そんな中でも、5年、10年と長く愛着を持って着られるもの。自分が白髪になってもずっと着続けられるようなブランドを作りたいという思いが生まれていました」
神出さん:
「じゃあ、愛着を生むものってなんだろう?と考えたら、私にとってはそれが手しごとだったんです。
エリック・ホグランというスウェーデンのアーティストのガラス作品が好きなのですが、彼がデザインした作品の人の顔や動物モチーフは一つ一つ表情が違っています。
ガラス職人さんが一つ一つ仕上げるからこそ生まれる違いなのですが、デザイナーとして手しごとの揺らぎのようなものを良しとする姿勢にとても共感しました。揺らぎがあるからこそ生まれる温かい美しさに、心惹かれるのだと思います」
「繋ぐ服」のはじまり
そんな神出さんの思いからはじまった「Pheeta」。
初めてコートを手に取ったときにもらったコレクションブックの最初のページには、こんな言葉が書かれていました。
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フィータは<繋ぐ>をコンセプトに服づくりを行います
世界中の継承すべき希少な技術や
家族に引き継がれるような特別な服を
価値観を共有する仲間とともに繋いでいくことを願っています
手のかかる まるで生き物のような物づくりは
伝承される中で文化を育み 愛着を生んでいきます
大切な一着を 人から人へ繋げるために
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神出さん:
「歳を重ね、娘が生まれ、自分自身にも変化がある中で、目指すものがより明確に削ぎ落とされていっているような感覚があります。
取りこぼされてしまいそうな技術を繋いでいくこと、そして、娘に繋ぎたいと思えるような服づくりがしたいという思いから、『繋ぐ服』というコンセプトを掲げました。
一筋縄ではいきませんが、今やっているのは心からやりたかった物づくりだということは、一つ言えるかもしれません」
▲立体的なタックを何十メートルもテープ状に織り、図案に合わせて手で縫い付けた付け襟
「Pheeta」の服を手に取ったときに感じた高揚感、その正体は手しごとの温もりと美しさに惹かれた気持ちなのだと、答え合わせができたような気がします。
こうやって強く心を動かされた瞬間を大切に切り取っていけたら、自分だけの選ぶ基準のようなものが育っていくのかもしれません。
続く後編では、インドの職人さんとの服づくりや、「繋ぐ服」を作るための地道で誠実な取り組みについてお伺いします。お楽しみに。
【写真】井手勇貴、神出奈央子(8,9枚目)
もくじ
神出奈央子
セレクトショップの企画、チーフデザイナーやディレクターなどの経験を経て、2019年春夏より「繋ぐ服」をコンセプトにしたブランド「Pheeta(フィータ)」を立ち上げる。Instagram:@pheeta_official / @naoko_koude
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