【あの人の本棚】前編:本は「人のよいところ」の結晶だなと思うんです(ライター・小野民さん)
ライター 瀬谷薫子
誰かの家を訪ねると、つい本棚を見てしまいます。どんな本が、どんなふうに並べられているか。そこにはその人ならではの個性があって、だから興味が尽きません。
そんな本棚を通じて人を知りたい。今回訪ねたのは、編集者・ライターの小野民(おの たみ)さんです。
のびやかな文章で、雑誌やwebで魅力的な記事を書いている小野さん。山梨に暮らし、2児の母でもある彼女に、今回は本とのエピソードを伺いました。
子どもの頃、図書館のような家に住んでいました
玄関を上がると、真っ先に目に入るのはリビングの大きな本棚。部屋の壁一面、天井に届く高さまで、本がずらりと並んでいます。
この家に越してきた8年前、りんご箱を重ねたり、既存の本棚とDIYの棚を組み合わせて、この大きな本棚をしつらえたそう。その眺めは圧巻ですが、小野さんにとっては身近な光景。子どもの頃から本に囲まれて育ってきたのだといいます。
▲天井近くまで、DIYで棚を作り本を飾っています
小野さん:
「実家には本がたくさんあって、2階には図書館のように本棚がいくつも連なっていました。
同居していた祖父が本好きで、多くは彼の蔵書。でも、家の本は全部そこに集められていたので、子ども向けの本も置いてありました。棚と棚の間にもたれて本を眺めたり、床に座って本を読んだり、そこで過ごす時間が好きでした。
昔は動画もSNSもなくて、今より暇つぶしの選択肢が少なかったですよね。だから、本を読むことの楽しさが今よりも大きかった気がします。
特に好きだったのは、福音館書店の月刊絵本。『かがくのとも』や『たくさんのふしぎ』など、年齢別にシリーズが分かれているのですが、母がずっと定期購読してくれていて。毎回違うテーマの絵本が届くのが楽しみでした」
食のエッセイに夢中になった学生時代
リビングとは別にもうひとつ、台所のある部屋にも本棚が。ここには小野さんだけの本、中でも食の本が集められています。
小野さん:
「本の中で一番好きなジャンルはと聞かれたら、やっぱり食だと思います。
料理本は昔からよく買います。レシピを読み込むのは仕事柄かな。文章や写真を眺めていたくなるような本も好きですね。
家にひとりでいる時に、昼ごはんを食べながらよく読みます。つぎの食事は何にしようかなと考えながら、パラパラと気ままにめくっています」
▲棚の容量に限りがあるので、溢れてきたら定期的に見直している
小野さん:
「それから、食のエッセイも昔から好きです。きっかけは料理家・高山なおみさんの『日々ごはん』(アノニマスタジオ)。今はもう手元にないのですが、学生時代、夢中になって読んでいました。
私、実はすごく忘れっぽくて。日々の中で起きたことを、どんどん忘れていってしまうのがコンプレックスなんです。それに面倒くさがりだから、日記もつけられません。
だから、こうやって暮らしが丁寧に記録されているものには憧れる気持ちがあるのかもしれません。
今も変わらずエッセイは好きですが、最近自分の暮らしがてんやわんやなので、誰かの暮らしを落ち着いて読む心の余裕があまりないかな。またいつか、読みたくなる時期がくるんだと思います」
今の道に進むきっかけは、母からすすめられた本
▲『日本の食生活全集』(農文協)
小さい頃から本に囲まれて育ってきた小野さん。そして、大人になって志したのは本の仕事。進路を決めたきっかけは、母からすすめられた1冊の本だったといいます。
小野さん:
「母は学芸員の仕事をしていて、選ぶ本のセンスが良いんです。昔からすすめてもらった本は心に残るものが多かったですね。
『日本の食生活全集』はそんなひとつで、日本の各都道府県に残る、伝統的な食文化を記録した本。全国を巡り5000人から現地取材を行なった、各都道府県の食の記録がつぶさに残されています。
売れるためではなく、大切な文化を残すために本を作る。こんな仕事がしたいなと思って、この出版社を志望しました。
今も時折眺めていますし、いつかこのシリーズを全都道府県揃えるのが夢なんです」
その後、農や食に関する書籍、雑誌の編集を経てフリーランスになった小野さん。この本は、今も仕事の原点にあるそうです。
本を読むのは「人のよいところ」に触れたいから
小野さん:
「今は子育てにバタバタしていて、なかなか読書の時間がとれませんが、それでも本はよく買います。
雑誌ならコンビニや本屋を定期的にチェックして、気になる特集を見つけたら。本なら友人や仕事先でおすすめされたものは買ってみることが多いです。
同業者として、しっかりお金を払って応援したいという理由もありますが、考えてみると私は『知りたい』という気持ちが強いのかもしれません。今の世の中の動きや、人が考えていること、とにかくいろいろなことが知りたいんです。
本って、誰かが何かについて一生懸命考え、心を込めて書いた言葉が残されているものですよね。それって『人のよいところ』の結晶だなと思う。本を読んでいると、そこに触れられている気がして、だから好きなんです」
小野さん:
「考えてみれば、取材して記事を書くという自分の仕事も同じです。人の話を聞きながら、その人のよいところを見つけて、うまく言葉にして差し出すという作業。やればやるほど難しいですが、やっぱり楽しい仕事です」
今も読み返す、幼い頃から好きな絵本
▲『ほら、いしころがおっこちたよ ね、忘れようよ』(田島征三著・偕成社)
そんな小野さんが幼い頃、繰り替えし読んでいたという絵本。それは今でも元気をもらうという大切な一冊です。
小野さん:
「これも母が買ってくれた本なのですが、とにかくたくさん失敗をする、おっちょこちょいなおじいさんの話です。失敗を繰り返してしまうんですけど、その度に石ころをひとつぽとんと落として『ね、わすれようよ』と明るく一言。そうしてまた仕切り直していくっていうストーリーです。
子供の頃、眠れない時に母が読んでくれて、幼心に、なんだか励まされるなって。本を読んでそう感じたはじめての経験でした。
暮らしって失敗ばかりですよね。子どもに八つ当たりしちゃったなとか、そうそう、この間は大事な約束を1ヶ月間違えてすっぽかしちゃって、本当に落ち込みました。
でもそんな時、この本を見返すと『よし、忘れちゃおう』って気持ちが軽くなるんです」
離れて暮らす家族とも、同じ本でつながっている
▲最近母から送られてきた『しりとり』(安野光雅著・福音館書店)。イラストがかわいらしく、娘と共に楽しんでいるそう
小野:
「母や姉も本好きなので、昔からすすめてもらった本を読んできました。それは今でも変わりません。
姉とは漫画をシェアしていて、読み終わった好きな漫画を送ってきてくれたり、お互いの好きな漫画が出たあとは、感想をLINEで送り合ったり。
母からも定期的に本が送られてきて、これ面白かったよって新しい本を教えてもらったりしています。少し前になりますが、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)を母にすすめました。『面白かった』と感想をもらえると、すごく嬉しくなります。
思えば、離れて暮らす家族とは、そうやって本を通じてコミュニケーションをとっているのかもしれません。日々何を考えているのか、直接話を聞くことはないけれど、同じ本を読んでいるとなんとなく通じている気がします」
幼い頃から今も続く、本を通じた家族との関係。後編はそんな小野さん自身の母としてのエピソードと、本との付き合い方を伺っていきます。
【写真】志鎌康平
もくじ
小野 民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。人間4人、猫4匹と山梨県在住。
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