【ラジオ|チャポンと行こう!】第172夜:カゴ愛、再燃中! シルバニアや赤毛のアンなど、カゴ好きのルーツも紐解いてみました
【5秒日記】第6回:これは極めつけに、ともに暮らす人らしい人としてのひとことではないか
「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい。私は貧乏性だから、家のちょっとした瞬間を残して覚えてわかっておきたいと思うのです」 エッセイストの古賀及子さんと、高校生の息子、中学生の娘の3人の暮らしの様子や、自身の心の機微を書きとめる日記エッセイ。月一更新でお届けします
古賀及子
1/3(水)
朝、起きてすぐに年賀状の返事を出しにポストまで。
長く東京で暮らす私は、季節はずれの寒風を受けたり、北へ旅したり、冷たく乾いてきりっとした空気を頬に感じるときにいつも「正月の朝みたい」だと思う。比喩としてとしてもっぱらなじみ深い「正月の朝」、それの本物をしっかり感じ取る。「みたい」と思った日より、きっとずっと清い。
ポストに年賀状を差し込むと向こうから自転車がやってきた。たっぷりしたふわふわの、ミントみたいな色のマフラーをぐるぐるに巻いた人が漕いで通り過ぎる。目に明るくて美しく、振り返って去る背を見た。
1/8(月)
子どもたちの冬休みが今日で終わる。
昼に肉まんを買ってきて、いつものように蒸し器に並べると、息子が「今年、つぶし焼きまだやってないね」と言う。あっ! と声が出た。
私たちの家には「肉まんのつぶし焼き」というメニューがある。
市販の肉まんはレンジや蒸し器で蒸かすようにパッケージに書いてある。あれを無視し、油をひいたフライパンでヘラで押しつぶしながら両面焼いて温めるのがつぶし焼きだ。いつか息子がネットで見つけてきてこの家に伝来した。
表面がカリカリになって、ふわふわの肉まんとはまた違うおやきのような食感がおいしい。
肉まんといえば蒸かすイメージは強固だから、今シーズンはついつぶし焼きのことを忘れて蒸かしてばかりだった。今日は鋭意、つぶして焼く。
「つぶし焼き、あぶなく存在を忘れるところだったね」「ほんと! つい蒸かしちゃうんだよね」「次もつぶし焼きがいいな」
この食べ方を忘れるべからずと食べながら約束しあった。
1/13(土)
午後になって急に雨。そのうちみぞれに変わった。
夕方をすぎると風も強まり、友人と約束の時間に間に合わせるべくもう日の落ちて暗くなった歩道を歩くと、吹く風と通りをゆく車の風圧で体のまわりをみぞれがつつむ。傘がゆがんだ。
「さむい~~~」と、弱音と一緒に到着した居酒屋には、同じく外ですっかり冷やした体を解凍するようにまだふるえる友人がいて、手を取り合ってあたためあう。「元気?」「元気、元気、でもさっむい」
せっかく頑張ってここまで来たのだから良いものを食べようと、ぶ厚い肉を焼いたのなんかを頼んで2人で小さく新年を祝った。
私は自分の悪評を見るのが苦手で、自分の名前をSNSで検索するいわゆるエゴサーチというものができない。友人はそれを知っているから、私の目の前で私の名前を検索して、あたたかい評判を選んで読んで聞かせてくれた。
たくさん読んで、それから友人は「果物をむいてあげているみたい」と言った。
1/15(月)
夕方から打ち合わせがあり帰りが少しだけ遅くなりそうで、晩ご飯はご飯を炊いて生協で届いたカット済みの材料と調味料がセットになったミールキットを調理して食べるように子どもたちに伝えてある。
20時ごろ帰宅。「ただいま~」と玄関を上がると台所から息子が顔を出した。
「おかえり、っていうか、ご飯いるの? 外で食べてくるのかと思った」
はっと顔が上がった。「ご飯いるの?」。これは極めつけに、ともに暮らす人らしい人としてのひとことではないか。
「おわ、ちゃんと伝わってなくてごめん、おかず残ってる?」
「残ってる残ってる、残しといてよかったよ」
誰もがみんな生まれたときは赤ん坊だとはよく言うし、それは圧倒的な事実でもある。そうして、赤ん坊だったことを私が誰よりも一番よく知っている人物が、こうしていまや人なのだ。人間がすごい。
1/17(水)
夕方、仕事を終え買い物に出ようとすると娘がおやつが欲しいからついて行くという。
連れ立って向かった先は自宅の最寄りのスーパーで、この店は最近セルフレジを導入した。レジの列に並ぶと、商品のスキャンまでは店員さんがやってくれて、そのあと各自支払い機で画面に従って支払う。
支払い機には、お客を上から眺めるように大きめのスマホくらいのサイズの画面がついており、操作する様子が映し出される。万引き防止だろうか。
「いまお金払うから、先に買ったものをエコバッグに詰めてもらえる?」と娘に声をかけると、娘はぼんやりその画面を見上げている。私の頭頂部が映し出されている。
「どうした」と呼びかけると、はっとして「興味深々になってた……」と買い物かごを受け取った。
自分の様子を客観的に見て「興味津々」と言い表すくらい、たしかに娘は興味津々の様子であった。
1/19(金)
天上の高い大きな駅のコンコースにあるような、雨風はしのげるけれど空調はそれほど行き届かないカフェが好きだ。
とくに冬は、耐えられる程度の寒さのなかで、ちぢこまって温かいコーヒーを飲みながら人の行き交う喧噪を聞いて眺めるのがおもしろい。都市のキャンプみたいだ。
お昼どき、打ち合わせと打ち合わせのあいだの時間つぶしだった。頼んだサンドイッチを食べ終えて、大きなカップに入れてもらったコーヒーも少し冷えてきたころ、がやがやとスーツにコートを着たひとたちがやってきた。
「この店、寒いなあ!」と嬉しそうに席をとった。
1/27(土)
私には “ロイヤルホスト友だち” がいる。折に触れ、そのおいしさとサービスの良さを連れ立って行って堪能することにしている。示し合わせ、今日の昼に行くことにした。
こういう日は朝からネットでメニューを見る。お店に到着してから注文を考えるのではもったいない。楽しみはできるだけ長く味わいたい。それに単純に、おいしいものの写真が早く見たい。
顔はすんとし、脳はしめしめとだらしなく欲を全開にしてスクロールする。
子どもたちは2人とも家で昼を食べてから出かけるというから、そばを茹でて食べてもらう算段だ。メニューが映し出されたノートパソコンの画面の向こうに、ソファに寝るように座ってスマホの画面を見て笑う息子と、床に寝転がってマンガを読む娘が見える。
1/28(日)
息子がチョコレートが苦手だから、チョコレート系のアイスを箱で買うときは、別途、チョコの入っていないアイスも買ってくる。
今日はチョココーティングのアイスクリームと、メロンのシャーベットを調達した。箱を見て、驚いた。「ねえ、カロリーが、チョコの方がシャーベットの3倍もある……!」
するとソファに寝そべっていた娘が鋭い目をして「見たの?」と咎めるように言った。そうだ、カロリー値は健康を考慮し見ねばならないものであるいっぽうで、味わいを楽しむうえで見てはいけないものでもある。
息子も横から顔をのぞかせ、栄養成分表示を見た。
「へ~、アイスの単位って、グラムじゃなくてミリリットルなんだ、溶けるからかな」と言った。
そういえばそうだ。
1/31(水)
山崎ナオコーラさんの家事にまつわるエッセイ集『むしろ、かんがえる家事』を読む。
ベランダのプランターで、お子さんの誕生記念樹として購入した桜を育てているという一節がありはっとした。
かつて小学校で、年度末だか年度初めに記念樹の販売リストが配られなかったか。
桜のような花の咲く木だけではなく、キウイや柿のような実のなる木も充実していた。私はマンション住まいだったから、自分には関係のないことと思ってすこしさみしく感じていた覚えがある。友人の家の庭には、入学記念に買ったというレモンの木が植わっていた。
記念樹の販売リストのこと、もうずっと忘れていた。もし本を読まないでいたらこのままずっと忘れたままであっただろう記憶だ。
追憶に驚くとともに、そうか、ベランダのプランターで育てる手があったのかと今になって気づかされた。
§
2/1(木)
息子は早寝で、風呂に入って髪を乾かすとあとはさっさと自室にひっこみ電気を消す。
暗がりのなかでスマホでYouTubeを観たり、枕元のあかりを小さくつけて本を読んだりしているようではあるけれど、戸を隔てた向こうはいつもしんとして静かだ。
今日もいつものように戸が閉まるとあとはもう様子はうかがえず、こちらも気にもせずに残った家事など片づけていた。
ひゅっと急に、勢いつけて息子の部屋の引き戸があいた。驚く間もなく息子が飛び出してきて、すごい歌があったと、手に持った本の短歌を一首読む。
寝た者から順に明日を配るから各自わくわくしておくように
佐伯紺
枡野浩一・pha・佐藤文香 編著『おやすみ短歌』実生社 収録
そうしてすぐにまた部屋に戻って戸は閉じた。何事もなかったように静まった。私もわくわくして寝る。
文/古賀 及子(こが ちかこ)
1979年東京生まれ、神奈川、埼玉育ち、東京在住。ライター、エッセイスト。 どうってことない日々を書くのが好き。著書に日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)。2024年2月に日記エッセイの続編『おくれ毛で風を切れ』(素粒社)、エッセイ『気づいたこと気づかないままのこと』(シカク出版)を刊行。
note:https://note.com/eatmorecakes X(twitter) :@eatmorecakes
イラスト/芦野 公平(あしの こうへい)
イラストレーター、TIS会員。書籍、雑誌、広告等の分野で活動中。イラストを提供した仕事に、Honda N-ONEカタログ、坂角総本舗130周年カタログ、新国立劇場「シリーズ 声」ビジュアル、田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と溪谷社)、瀬尾まいこ『傑作はまだ』(文藝春秋)など。
X(twitter) : @ashiko
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