【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第七回:はだか
山本 ふみこ
ね、あなたには、こんなことはありませんか?
伝えるはずだった「ありがとう」や、云いたかった「ごめんなさい」を告げられず、そのままになっていること。
わたしにはあります。なぜか気後れしてタイミングを逃したことが、これまでどれだけあったでしょう。
そうして伝え損なったあれやこれやには、あらためて伝える機会がなかなかめぐってはこないのです。
あるとき、ふと、
遠く離れた
「あっちゃん」「たけくん」「タムラサン」……という具合に、つぎつぎと。
落ち着きのないわたしが、少しは冷静でいられる入浴時間に呼んだのです。そうするうちだんだん、この気持ちはきっと伝わる、と思えるようになってゆきました。
あっちゃんやたけくん、タムラサンと連絡がとれるようになると、皆そろいもそろって「ふんちゃん(わたしです)、祈っててくれてたでしょう」「同じ月をわれわれは見上げている、と思っていたよ」と云ってくれるのです。
それからのち、お風呂に入って湯船に浸かるとき ─── つまるところはだかで ─── わたしはひとの名前を呼んだり、幸運を念じたりするようになりました。
「◯◯さん、あなたに、信じられないほどの幸運が起こります」
友人や知人、仲間、娘たち、甥ばかりでなく、「きょう買いものをした魚店のお兄さん」を思ったりして、ぶつぶつと。これでどういうことが起こったかというと、それまでカラスの行水だった入浴が、ずいぶん長くなりました。
冒頭の伝え損なった「ありがとう」と「ごめんなさい」のはなしに戻りますが、これも湯船のなかでとなえています、はだかで。
伝わると信じること、誰かさんの上に幸運が降ること、これを信じることが何より大切だと思うんです。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
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写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
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