【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第十回:ちくちく
山本 ふみこ
裁縫道具をとりだして、縫いものをしたくなります。
「このブラウスの衿、どうしてもとりたいわ」
「ボタン、全部替えます」
というくらいの洋裁ですが、こんな手仕事を「ちくちく」と呼んで大事にしています。
30歳を過ぎた頃のことです。
世のなかに「孤独」や「さびしさ」を好きでないひとが多いことに気がつかされました。仕事も人づきあいも、「孤独」や「さびしさ」に陥らないことが約束だと云わんばかり。
驚きました。
わたしにとって「孤独」はなくてはならぬものであり、「さびしさ」は友だちだったからです。アメリカの詩人・小説家であるメイ・サートンの『独り居の日記』(みすず書房)と出合ったのはそんな頃でした。
メイ・サートンには友だちも、情熱をかけて愛する恋人もありましたが、この本のはじまりのページでこのセンテンスと出合いました。
それでも私は、ここにただひとりになり、〝家と私との古くからの会話〟をまた始める時ようやく、生を深々と味わうことができる。
(武田尚子・訳)
これを読んだとき息をついたわたしは、ときどき「さびしいのも素敵」なんてことをつぶやきつぶやき、きょうまで生きてきたのです。
「孤独」と「さびしさ」の嫌われっぷりは、このところますます激しくなっています。社会的な大事件も、わたしのまわりで起こる小事件も、「背景に『孤独』が存在する」「よほどさびしかったのね」という解明の道を進みがちです。
「孤独」と「さびしさ」はひととして生きるわたしたちの、大切な大前提ではないでしょうかね。これらはしかも単独で存在するのではなく、いろんなものと抱き合わせです。
感謝。充足感。出会い。なつかしさ。日常愛。共有。共感……とも。
いまよりもっと歳をとったわたしを支えるのは、「ちくちく」と、孤独を愛する気持ちだろうなと、考えています。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
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写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
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