【日常の入り口】後編:思い切って、まちの人に聞いてみる。日常のおもしろさと愛おしさに出会うには

編集スタッフ 藤波

今住んでいるまちは好きだけれど、絶対にここがいいという確信はまだ持てません。自分はどんな場所で、どんなふうに生きていきたいんだろう?

答えの出ないモヤモヤにヒントをくれたのが、地域に根ざす人々を取材した雑誌『日常』と、編集を担当する “泊まれる出版社” 「真鶴出版」のおふたりでした。

この特集では、「真鶴出版」の出版業担当の川口瞬(かわぐち しゅん)さんと、宿泊業担当の來住友美(きし ともみ)さんご夫婦にお話を伺っています。

前編では、“泊まれる出版社” はどのようにして生まれたのか話を聞きました。続く後編では、日常を見つめてきたおふたりと一緒に、私たちの日常に潜むおもしろさについて深ぼりします。

前編から読む

 

まちに住む人が糸なら、日常は布みたいなもの

「真鶴出版」も加入している日本まちやど協会の発行する雑誌『日常』ですが、改めてどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

來住さん:
「コロナの流行で宿が休業せざるをえなくなって会員みんなでZoomをしたときに、本をつくろうという話が出たんです。

それをきっかけに、どうして自分たちは『まちやど』を運営しているんだろうと改めて考えてみたら、みんなまちの日常を大事に思っていたんですよね。

この日常をずっと守りたいし、もっと豊かにしていきたい。そのために必要な手段が宿泊施設なだけだったね、と」

なるほど。おふたりにとっての日常はどんなことなのか気になりました。

川口さん:
「うーん、そうですね。僕自身、元々は人と話すのがとくべつ好きな方ではなかったんですよ。

だけど今朝子どもを保育園に送った帰りに近所の肉屋に寄って、馴染みのおっちゃんとなんでもないことを20分くらい立ち話していたとき、これがたまらなくいいんだよなあとふと思って。

うまく言えないけど、真鶴に来て気がついたそういう時間が日常ですかね

來住さん:
「タイで住んでいたまちを7年ぶりに訪れたら、毎週土日に屋台で飲み物を売っていたおじさんが、全く変わらない姿でそこにいたんです。使っていた壺やのれんも、本当にそのままで。

ああ、きっとこのまちではあれからずっと同じ日常が繰り返されていて、そこに私はまた帰ってこれたんだと思ったら、なんだか感動してしまいました。

真鶴に住んでいると、友だちが仕事仲間だったり、時にはお客さんになったり、関係の境界線が常に曖昧です。その人自身や生活のことをよく知っているから、これまで経験したことがないくらい個々がはっきり見えている状態というか。

そんなまちのみんなが1本の糸で、それらが織られてできた布があったとしたら、それこそが日常だなと思います。小さなまちではパン屋さんが閉店するだけでも大事件。一人一人の存在が自分の暮らしに直結しているからこそ、ずっと日常に興味があるし、愛おしいのかなと」

 

マンションのお隣さんも、たしかに存在しています

話を聞いていて、いつも行く豆腐屋さんと豆腐以外の話ができた日に「今日はなんだかいい日だったな」と感じたことを思い出しました。

まちの人や日常との距離を縮めるにはどうすればいいでしょうか。

川口さん:
「僕も以前は同世代の同業種の人としか知り合う機会がなかったです。でも考えてみたら大きなまちにも肉屋や魚屋はあるし、話したことがないマンションのお隣さんもたしかに存在していたんですよね。

些細なことから能動的になってみる。たとえばまちの個人商店で買いものをして、購入した食材のおすすめの調理法を聞いてみると自然な流れで話せておすすめです」

來住さん:
「私だったら、近くにおすすめのご飯屋さんはありますか?と聞いてみます。人に贈りたいんですけど、いいお菓子屋さんを知らないですか?とかも良さそうですね。

話しかける言い訳をつくるのではなくて、生活の中で自分が本当に知りたいと思っている情報を思い切ってまちの人に聞いてみるのがいいと思いますよ」

川口さん:
「あとはやっぱり、『まち歩き』ですかね。普段は通らない裏道や古道を探して歩いてみるだけでも、いつものまちが全く違った表情に見えてくることがあります。

いたって平凡に見える用水路も、『徳川家康が江戸幕府を作る直前に初めて手がけたもので、用水路界では重要な存在です』と聞いたら貴重に見えてきませんか? 『日常3』の取材でまち歩きをした川崎で、建築史家の陣内秀信さんに、実際にそういう用水路を教えてもらいました。

歴史や地形を知っているだけでまちの見方が180度変わるので、今住んでいるまちとの関わりを深めるチャンスはまだまだたくさんあると思いますよ」

 

「歩いて知る」ことで、まちをもっと好きになれる

そんな「まち歩き」は真鶴出版でも定番の取り組み。希望する宿泊ゲストと一緒にまちを歩き、出会った町民を紹介することもあるのだそうです。

來住さん:
「あるとき、海外からのゲストを夕飯のお店に案内するついでに簡単にまちの紹介をしたらとても喜んでくれて。それをきっかけに希望があるゲストにまちを案内するようになって、だんだん定番化しました。

最近では、はじめに真鶴の概要を説明してからその人の好みに合わせたコースでだいたい1〜2時間ほど歩きます。つい話しすぎて、最長4時間くらいかけてしまったこともありました(笑)

來住さん:
歩いていると必ず知り合いに会うのですが、誰に会うかによって展開が変わります。それもなぜかゲストとぴったりの人に巡り合うことが多くて不思議なんです。

真鶴で家探し中のゲストと歩いていたら偶然不動産屋さんに会って、そのタイミングで空いた家を紹介してもらい、そのまま移住が決まったり。

若い女の子ふたりと歩いていたら漁師さんに会って『明日、朝日見せてやるから船に乗っていいよ』と言ってくれて、実際に翌朝漁船で朝日を見に行けたり。

私たちさえ見たことないような景色や体験をゲストがどんどん経験していくのもおもしろいし、目立つ出来事がなくてもまち歩きを通して真鶴の解像度がぐんと上がって、この場所を好きになって帰ってくれるのが嬉しいんです」

川口さん:
「僕も偶然性のおもしろさはすごく感じています。これは旅行先に限った話ではなくて、自分がずっと住んでいるまちも『まち歩きをするぞ』という心持ちで一度歩いてみたらおもしろいと思いますよ。

歩きながら自分がアンテナを張っているかどうかも大事です。心をオープンにしているかどうかで、見える景色も出会った人との会話も全然変わるので」

來住さん:
まち歩きをしながらお伝えする知識は、基本的に全部まちの人が教えてくれたこと。真鶴の場合は、歩いていると地元のおじいちゃんおばあちゃんが自然と歴史やお店の変遷、素敵な背戸道のことを教えてくれるんです。

一人ではなく誰かと歩いてみるのもおすすめ。何百回と歩いた道でも、壁や生垣などいつも気に留めない景色に着目してみたら、きっと新しい発見があるはずです」

 

まち歩き、体験してみました

取材の終わりに、少しだけまち歩きを体験させてもらいました。

真鶴半島の歴史や、地場産業である採石業のこと、まちの景観を守るために制定されている「美の基準」についてレクチャーを受け、いざ出発です。

來住さん:
「真鶴で採れる石は総称して小松石と呼ばれていて、天皇や将軍の墓石としても使われる、高級墓石の一つです。その中でも、墓石を削ったあとの端材を木端石と言います。

木端石は端材なので本来石屋さんは使いたがらないのですが、うちの目の前にある石垣はちょっと珍しくて、土台となる石の上に木端石が積まれているんです。

というのも、この家を最初に作ったのが石屋さんだったから。お客さんの家には使えないけれど自宅になら、ということで使われたのだと思います」

來住さんの説明を聞くと、なんの変哲もないように思えていた石垣がなんだかかっこよく見えてきました。ほかの石垣はどうなっているんだろう?とさらに興味が広がります。

▲「まだまだ行ってもらいたい場所があるんです」と、まち全体を見渡せる高台や昔から使われている井戸、最高の角打ち酒屋などの情報をたくさん教えてくれました

その後も、険しい斜面に建っているために専用の立派な背戸道を持っているお宅や、用水路として使われている小道、希少になった木製の電柱。みんなで細道を歩きながら來住さんのまち案内は続きます。

最近移住してきたパン屋さんや焙煎コーヒー店のこと、席借りで月に数回営業していた美容師さんに50人も顧客がついた話を楽しく聞いていたら、あっという間に30分が経過。

半径100m圏内にこんなにもぎゅっと日常のおもしろさが詰まっていることを実感して驚きつつ、取材に来たときよりも確実にまちが生き生き見えることに嬉しくなりました。

笑顔で見送ってくれたふたりと別れたあと、まち歩きを続行しました。おすすめしてもらったスポットを一つずつ巡り、取材で訪れたまちに終電近くまでいたのは初めてのこと。

不思議な達成感に包まれながら帰りの電車に乗っていたら、そうか、私はこんなふうに日常を味わいたかったんだと気がつきました。真鶴での時間で得たのは、まさに日常の入り口に立てたような感覚。

ちいさなアクションで自分と日常との距離を縮めていったら、きっと今のまちで見える景色はぐんと広がって、どんなまちで、どんなふうに生きていきたいかの軸も見えてくる気がします。

 

【写真】土田凌


もくじ

 

來住友美 川口瞬

神奈川県の南西部に位置する小さな港町・真鶴に2015年に移住。出版物を発行しながら宿泊施設も運営する “泊まれる出版社” 、「真鶴出版」を営む。雑誌『日常』第3号はオンラインショップや全国の取り扱い書店で販売中。

【真鶴出版/Manazuru Publishing】
神奈川県足柄下郡真鶴町岩217
キオスク:毎週金・土 (不定休あり)
宿泊可能日:金〜火
Instagram: @manazurupublishing
https://manapub.com/


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