【日常の入り口】前編:移住して9年。ちいさな港町の泊まれる出版社「真鶴出版」を訪ねました

編集スタッフ 藤波

働くことと、暮らすこと。そのつながりやバランスに興味があります。

今住んでいるまちは好きだけれど、絶対にここがいいという確信はまだ持てません。自分はどんな場所で、どんなふうに生きていきたいんだろう?と、折に触れては考えています。

特に、理想の住環境を求めて自然豊かな土地に移り住んだ友人の話を聞くと、憧れが芽生えつつも、あたらしい場所でゼロから暮らしと仕事を積み上げていくのはあまりに大きなことのように感じていました。

そんなとき、一般社団法人 日本まちやど協会が発行している、地域に根ざす人々を取材した雑誌『日常』と、編集を担当している「真鶴出版」を知りました。

「真鶴出版」は、2015年に神奈川県真鶴町に移住した夫婦、出版業担当の川口瞬(かわぐち しゅん)さんと宿泊業担当の來住友美(きし ともみ)さんたちが運営している “泊まれる出版社” 。

夫婦それぞれがやりたいことを叶えるための移住……大胆で理想的にも思える選択は、どうしてできたのか気になりました。

日常のおもしろさを見つけられるのは、
先入観をなくし、自ら日常に入り込もうとした人だけだ。
“本来出会わなかったはずの人” とつながったとき、
日常という世界は一気に広がり始める。

(雑誌『日常』より抜粋)

『日常』の表紙裏にはこんな言葉が書いてあります。住む場所や仕事、そういった外枠にばかり目を向けていたけれど、すぐそこにある日常にこそ何かヒントがあるのかもしれない。

そんな予感もたずさえて、残り桜と新緑が交わるころ川口さんと來住さんを訪ねました。

 

フラットに人と人をつなぐ場を作りたくて

神奈川県の南西部にある小さな港町、真鶴町。

まちの景観を守るために制定された「美の基準*」があることで高い建物はほとんどなく、首都圏とは思えない、海と山にかこまれた懐かしいまち並みが広がります。

大学時代に出会ったというふたり。川口さんは山口県岩国市、來住さんは神奈川県横浜市出身で元々真鶴には縁がなかったそうですが、なぜ移住を決めたのでしょう。

來住さん:
「私は宿泊業、夫は出版業がやりたくて。その拠点は地方がいいねというのは、初めから話していたんです。

大学卒業後、私は青年海外協力隊としてタイに行き日本語教師をしていました。日本と海外をつなぐ仕事がしたいという思いで決めた就職先でしたが、次第にもっとフラットに人と人をつなぐ場をつくれたらと考えるように。

そんなとき偶然宿泊したタイ・チェンマイにあるホシハナ ビレッジという宿がとにかく居心地よく、宿泊がエイズ孤児たちの生活施設への支援にもなっており、外から来た人と地域を結ぶ循環に惹かれたんですよね。宿という仕組みを使えば色んなことができるんだ、と感激しました」

*美の基準:真鶴の美しい風景を守るために1993年に制定された「真鶴町まちづくり条例」(通称「美の条例」)に示されたルールの一つ

來住さん:
「その後、縁あってフィリピンのバギオというまちのゲストハウスをしばらく手伝うことになり、そこで前職を退職した夫とも合流しました。真鶴に来る前の年のことです。

ゲストハウスでの日々は充実していましたし、住めば住むほど顔見知りが増えてインターネットに載っていない情報を知れるのも楽しくて、大好きなまちでした。けれど観光地ということもあって、毎日の業務は精一杯で。

日本に戻ったら観光地ではない落ち着いた地域に住み、ゲストともっと深くコミュニケーションをとれる宿を開きたいと考えるようになりました」

川口さん:
「日本に帰国後、2〜3週間くらいかけて住む場所を探す旅をしたのですが、どのまちも魅力的でなかなか決められませんでした。

空気が綺麗で、食べ物が美味しくて、人が優しいところ、という3つの条件をふたりで決めましたが、それでも当てはまるところが多くて難しかったですね。

真鶴は、知人である写真家のMOTOKOさんがおすすめしてくれたまち。出版業では営業で都心に出ることもよくあるので、アクセスの面でもちょうどよかったんです。

最終的に、真鶴町のお試し移住体験を経て住むことを決めました」

 

縦に深く掘り進んだら、何が見えるんだろう?

來住さんが移住前から宿泊業に携わっていた一方で、東京のIT企業に勤めていたという川口さん。

出版業を立ち上げたきっかけが気になりました。

川口さん:
新卒で入社した会社は休みも取りやすく、私服通勤で、人もよくて。とにかく働きやすかったですが、いつかは自分で仕事をつくりたいという思いがあった僕にとっては逆にそれが不安でした。

このままだとずっとここにいてしまうかもしれないという焦りになっていったんです。それで何か行動を起こしたくて、社会人1、2年目に学生時代の友人たちと雑誌を制作しました。

大学時代に渋谷にある本屋『SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)』でインターンをしていたので、少しは編集の経験もありました」

▲川口さんがサラリーマン時代に仲間と制作した雑誌『WYP』。Vol.0から始まり3刊まで発行しているそう

川口さん:
「創刊号のテーマは “働きながらインドを探る” でした。会社の夏休みを使ってみんなでインドに行き、観光客が行かないような田舎町の若者の夢を聞いたり、名門大学のエリートに野望を尋ねたり。

はじめての雑誌づくりは予想以上に大変で結局完成までに2年くらいかかりましたが、普段マスメディアが取材しないような人たちへのインタビューは刺激的でおもしろく、その経験が今の仕事につながっているように思います」

たしかに、「真鶴出版」が取材しているのはひもの屋の店主やカフェの店員さん、大工さんなど、地域の日常をつくっている人たち。

手がけるパンフレットや冊子は、著名人より市井の人に密着した内容が多い印象です。

川口さん:
「せっかくリトルプレスをつくるなら、これまでのメディアが取材してきたスタイルとは違う姿勢でいたいというのはずっと考えていて。だからこそ、真鶴という場所でローカルメディアを始めました。

横に広くというよりは、縦に深く。ひとつの地域をひたすら掘り進んで行った時に何が見えるんだろう?と興味があるんです。そうなると必然的に、普通に生活している、日常をつくっている人に焦点を当てることになるので、地域に密着した内容の出版物が多いです。

ピュアな気持ちというよりは他の人がやっていないことをやりたいという気持ちが強いですね。僕にとってはそれがおもしろいんです」

 

出口が同じなら、それでいいと思うんです

宿泊業と、出版業。はじめに聞いたときは結びつかないような気がしていましたが、川口さんと來住さんそれぞれの構想にぴたりと当てはまるのが真鶴だったのですね。

來住さん
「そういえば、フィリピンで次はどこで暮らそうかと相談していたとき、夫がしきりに『これからは地方がおもしろいよ』と言っていたのを思い出しました。そっちの方がきっと新しさもあるからって。

私はどちらかというと個人的な体験や感覚を軸にやりたいことを決めてきましたが、夫は自分なりに時代の流れを読んで筋道を立てて、ある意味戦略的に判断することが多いみたい。

やりたいことはもちろん、改めて考えるとそのプロセスも全然違いますね。それでも『真鶴に住みたい』という出口が一緒なら、きっとそれでいいのかな」

川口さん:
「 “泊まれる出版社” をやっていると、僕たちが発行した出版物をきっかけに宿に泊まりに来てくれるお客さんも多いです。一緒の出口からスタートしてみた結果、嬉しい循環が巡っているのを実感します。

移住から3年経ったころに『日本まちやど協会』に加入したのも良い転機でした。ある日、協会代表であり東京・谷中でhanareという宿を手がける宮崎さんが泊まりにきて『ここはまちやどですね』と言ってくれて、わりと軽い気持ちで入ることになったのですが(笑)。

地域に対してこういう存在でありたい、という目標を共有できる全国のオーナー仲間と出会えたのはありがたい出来事でした」

 

「まちの日常の入り口」を目指して

「まちやど」とは、どんな宿を指すのでしょうか?

川口さん:
協会では『まちを一つの宿と見立て宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上していく事業』(公式HPより引用)と定義しています。

その施設に宿泊することで、たとえばまちの銭湯やカフェ、居酒屋に案内されて、結果的にまち全体を回遊できるような、地域と密接なつながりのある宿のことです。

2017年ごろからAirbnb(民泊仲介ウェブサイト)の登録が爆発的に増え、アパレルブランドがホテルを手がけたりと宿泊業の概念が広がっていったのですが、『まちやど』もその流れの一つだったと考えています」

來住さん:
「まちの普通の日常って、観光客の方はなかなか入っていけないことが多いですよね。住んでいる人が普段行く店と、ガイドブックに載っている店は少し違っていたりします。

そんな普段入り込めない場所と人をつなぐような、『まちの日常の入り口』になろうとしている宿なのかなと。

地域の人と外から来た人をつなぎたいと思って始めた宿泊業なので、まさに私たちがやりたいことと同じなんです」

まちの日常の入り口、分かりやすいですね。

川口さん:
もう少し具体的に言うとしたら、地域の若者だけでなくお年寄りや子どもと関わりながら、さらに地域の中と外もつなぐ場所を目指しています。

都会に住む人に、ローカルに住む楽しさや日常とつながるおもしろさを知ってもらいたい。まちの魚屋や肉屋の店主と話してみる、そんな些細なきっかけでも、日常を見る目は全く違ったものになってきますよ」

やりたいことや考え方が違っても、出口が一緒ならそれでいい。

大胆に思えたおふたりの選択は、それぞれの確信が土台にあったうえでの自然な決断だったことが分かりました。

続く後編では、「まちやど」の活動を通して日常を見つめてきたおふたりと、私たちの日常に潜むおもしろさについて深ぼりしていきます。

 

【写真】土田凌


もくじ

 

來住友美 川口瞬

神奈川県の南西部に位置する小さな港町・真鶴に2015年に移住。出版物を発行しながら宿泊施設も運営する “泊まれる出版社” 、「真鶴出版」を営む。雑誌『日常』第3号はオンラインショップや全国の取り扱い書店で販売中。

【真鶴出版/Manazuru Publishing】
神奈川県足柄下郡真鶴町岩217
キオスク:毎週金・土 (不定休あり)
宿泊可能日:金〜火
Instagram: @manazurupublishing
https://manapub.com/


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