【道端にあるふしぎ】前編:ルーペひとつで別世界へ。コケの暮らしをみつめる「苔旅」をしてみたら
編集スタッフ 藤波
大人になると、身の回りの自然を不思議に感じることはあまりない気がします。
子どもの頃は「どうして空は青いの? 花は咲くの?」と、目に映る色や形すべてが新鮮だったものですが、一体いつから当たり前の存在になってしまったんだろう。
そんなことを考えていたとき、ベルギーの映画『Here』をきっかけにコケに興味を持ちました。道端のブロック塀や樹木をびっしり覆っている、あのコケです。
▲ヒナノハイゴケ
映画に登場した美しいコケに感動してその生態を調べてみると、「根はない」「乾いても枯れずに休眠する」など全く知らなかった情報ばかり。
これまで気に留めたこともなかった身近な自然を心底不思議に思えること、それは忘れていた小さな宝物を見つけたような、なんともうれしい経験でした。
コケのこと、自然のことをもっと知りたい! そんな気持ちを出発点にコケの研究者である上野健(うえの たけし)さんと歩いた、「苔旅」のもようをお届けします。
ルーペひとつで、誰でもコケの世界へ
訪れたのは、東京都の調布市、三鷹市、小金井市にまたがる都立野川公園。豊かな緑と水場のある、思わず深呼吸したくなるような気持ちのいい場所です。
コケを見て歩く日帰りの旅、「苔をみる旅」を毎月開催している上野さんの、特におすすめの公園なのだとか。
上野さん:
「樹木やブロック塀、湧水のせせらぎなど、いろんな場所で暮らしている20種類以上のコケを観察することができるんですよ。
コケをじっくりみたことがある方はあまりいないと思いますが、その美しさや健気に生きているようすはきっと面白く感じてもらえるはず。まずは色々みてみましょう」
早速立ち止まったのは、なんの変哲もない、ただ雑草が生えているように見える場所でした。
上野さん:
「コケの観察のいいところは、ルーペひとつあれば誰でもすぐにできること。気がつかずに通り過ぎていた散歩道の足元にも、実は美しい世界が広がっているかもしれませんよ。
さあ、ルーペをのぞいてみてください!」
▲上野さんにお借りした「東海産業(PEAK)」のシュタインハイル・ルーペ。本日の相棒です
▲ルーペでのぞいてみると、こんな世界が広がっています。写っているのはエゾスナゴケ
細胞はひとつ、根っこもない。最古の陸上植物?
最初に観察するのは、湿った土の上などによく生えているコツボゴケ。全長は3cmほどで、透き通った緑色をしています。
上野さん:
「コケは、4億6000万年くらい前には地上にいた最初の陸上植物と言われています。
ルーペで見てみると、茎があって、その周りに葉がついていますね。ここまでは身近にある普通の植物と似ているように感じます。
さらに根元を辿っていくと、茶色い毛のようなものがふさふさっとついている。これは仮根といって、実はいわゆる根っことは違うもの。これが地面にしがみつく、もしくはコケ同士が絡まることでその場にゆるーくくっついているだけなんです」
▲目のすぐそばにルーペを近づけ、見る対象を動かしてピントを合わせます
ルーペを目の近くに固定し、光の差す方向を向きながらコケの位置を調整すると……ピントが合った瞬間、視界いっぱいにみずみずしい若草色が広がりました。
上野さん:
「根がないのにどうやって生きているんだろう?と思いますよね。コケは体の表面から水を吸収して生きています。
ここ数日は雨が降っていなかったから、葉っぱが乾燥して少しチリチリしていますが、水を含むともっとプルプルして透明感が出ますよ」
▲取材が始まってすぐの公園の入り口。ルーペでコツボゴケの観察をしているところ。観察したコケはまた元に戻します
上野さん:
「この透明感にも理由があって、それはほとんどのコケの葉っぱが究極に薄っぺらいから。
ほかの植物は多細胞で葉も分厚くなるのですが、コケの場合はたった1つの細胞が平たく一層に並んでいるだけ。なので薄っぺらく、独特の美しい透明感があります。これがすごくきれいですよね」
根がなく、細胞も一層だけ……それだけ聞くと、どっしりと根を張る野菜や花と比べるてなんだかすごく頼りなさそうです。どうして長い年月を生き残ってこれたのかが気になりました。
何もしていなさそうで、ちゃんと考えて生きている
続いて移動してきたのは、ブロック塀が続くエリア。街中でもよく見かける光景です。
上野さん:
「パッと壁を見て、全体的にくすんだ緑色だけれどまだら模様になっていますね。これは何かというと、何種類かのコケがそれぞれに塊をつくって生育している様子です。
コケは種子をつくらず、胞子を風に飛ばして子孫を残すので、特にざらざらした素材の塀には引っかかりやすいです。
こうして同じ種が集まって塊をつくることで、みんなで水や養分を蓄えさらに殖えていくので、その過程でもツルツルよりはでこぼこした面の方がしがみつきやすいのだと思います」
▲休眠中のハマキゴケ
上野さん:
「この中から、街中にもよくいるハマキゴケを観察してみましょう。全体的に茶色っぽく先端だけくすんだ緑色をしているのがわかりますが、これは古いコケの上に新しいコケがつくられたため。
そして、その新しいコケは乾燥して葉を内側に巻いている状態。つまり休眠中です。
休眠といってもただ眠っているのではなく、光合成や呼吸などの活動は全くしていないので仮死状態と言ってもいいくらい。こんなにカラカラになっても、いちいち枯れたりしないのがコケのたくましいところなんです。
霧吹きで水をかけると……巻かれた葉っぱが開いて、あざやかな緑色になりました。劇的に変わりましたね」
▲霧吹きをかけると、数十秒ほどで葉が開きました
上野さん:
「さらにすごいのが、水を失ったからって適当に縮んでいたわけではなく、休眠中も紫外線から自分を守っているのではないかと私は考えていて。
乾燥していく途中で葉が ①内側に巻いてパタンと一つ折りのような状態になる ②全体がクルッと丸まる という順番で縮むことで、それまで光を受け取っていた面の逆側が表にでた状態で休眠しているんですね。
洗濯バサミを野外に出しっぱなしにしているとだんだん劣化してある日バリッと割れるように、紫外線は植物にもなんらかのダメージを与える。休眠中に葉の裏側を表に向けることで、なるべく紫外線の影響を受けないようにしているのだと思います」
私たち人間と同じように、紫外線を避けながら頑張って生きているんだ。そう思ったら、コケが身近な存在に思えてきました。
工夫して生きることが、ほかの生物を助けることに
▲すぽっと抜けないコケの場合は、自分自身がぐっと近づいて観察します
次に観察するのは、銀色で硬そうな見た目をしているギンゴケ。こちらは近所でも見たことがあります。
上野さん:
「ギンゴケは、身近な公園や街中はもちろんのこと、北極や南極、富士山の山頂など過酷な環境にも生育するとても丈夫なコケ。地球のあちこちに生育していると言っていいです。
白っぽく見えるのは、葉の先端が色素を失い透明になっているからなのですが、やはりこれも紫外線などの強い光対策になります。白っぽい色は光を反射したり、軽減したりしますからね。
ほかの植物は表面にうっすらと毛のようなものがあったり、組織で光を軽減できる仕組みがあることが多いですが、コケはいつだってむきだし。だからこそ、それぞれで工夫して暮らしているんです」
▲白っぽく見えるのがギンゴケ
上野さん:
「大学院時代にコケの調査をする機会があった北極圏のスピッツベルゲン島にも、ギンゴケはいましたよ。
草木が生育できないような、凍った平原やゴロゴロした岩場にもコケは生えている。
そうすると何が起こるかというと、その苔むした場所がほかの植物が根を張る土壌のような役割を果たすようになります」
上野さん:
「コケ自身が生き延びるためにつくった塊が水を蓄え、体に溜め込んだ養分を時に放出し、まるで土のような役割を果たす。
生態系にとって重要な役割を持つバクテリアも、コケの表面を住処にすることがわかっています。つまり、コケはただ生きているのではなく、植物を含めたほかの生物のことをしっかり助けているんですね。
小さいですし、街中ではちょろっと生えていて取るに足らない存在に見えますが、なんとも健気に、頑張って生きていると思いませんか?」
「同じようにブロック塀が続いているのに、この場所だけコケが枯れているのはどうしてだろう?」「日の当たり方が違うのかな?」
取材中、昨日までは何の感情も持たず通り過ぎていたであろう道でどんどん疑問がわきます。ほんの少し知るだけで、感じる世界がこんなにも豊かになることにうれしくなりました。
続く後編では水辺に生えているコケを中心に観察します。お楽しみに。
【写真】濱津和貴、上野健(6枚目のみ)
もくじ
上野健
コケ研究者。専門は植物生態学、日本蘚苔類学会所属。大学の非常勤講師をしながらコケの研究を続け、「苔をみる旅」の案内人や各地でのコケの観察会の講師としても活動中。共著書籍に『コケの手帳』(研成社)、監修書籍に『こけをみつけたよ』(福音館書店)など。
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