【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第十六回:虫たち、と
山本 ふみこ
家の裏手に洗濯ものの干し場があります。
埼玉県熊谷市の家に住むようになった3年前の春、干し場でクモに逢いました。思わずわたしはこう告げたのです。
「ここは、わたしの干し場です。あなたは、どこか別のところに巣を張ってくださいな」
「……」
クモは何も云いませんでした。
けれどもつぎの日の朝、洗濯ものを干そうと干し場に行って、圧倒されました。それはそれは立派なクモの巣ができあがっていたのですもの。
以来干し場はクモとわたしの共有の場となりました。
ことしの春先、ようようあたたかくなってきたころ、干し場でクモに挨拶しました。
「クモさん、ことしも仲よくしてください。そうして干し場のことだけど、アナタはこっち。そのほかはわたしに使わせてね」
近年、虫を苦手なヒトがふえているそうです。
そのため、小学生が使う学習帳の表紙からも、虫ケア用品の容器からも、虫の写真や絵がなくなってきているのですって。一度虫を苦手と思うと、虫という虫が全部苦手になりがちではないかな。毛虫は怖いけど、テントウムシはわりと好き……なんてことにはならない、というわけです。
だけどだけど、子どもたち・後輩たちには、伝えたいと思います。
あなたが虫を好きでも嫌いでも、ともかく、虫は大切な存在なのですよ、と! ヒトがいなくても地球は在りつづけるけれど、虫がいなくなったら環境は成り立たない、ということを、最近わたしは読書によって学びました*。
そうそう、わたしのもとには、ときどきあの世に旅立ったなつかしいひとが、ハエになって会いにきてくれます。
アゲハ蝶があらわれます、と云うひとのはなしも聞きますが、わたしの場合はなぜかハエなのです。
「あのひとだったら、どうとらえるだろう」「亡き父も、これをおもしろがっているかな」なんて思ったりすると、ハエがまとわりついて、何かを伝えようとするのですよ。
先日はオンラインの会議に参加して、仕事仲間を驚かせました。
*『昆虫絶滅』(オリヴァー・ミルマン/中里京子・訳/早川書房)
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
https://www.fumimushi.com/うんたったラジオ/
写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
https://067.jp
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