【あの人の生き方】後編:どうやって次の道を見つける?「新しい芽」が生まれる、その日のためにできること
ライター 嶌陽子
人生後半をどう自分らしく、豊かに生きるかのヒントをもらいに、デザイナー・SyuRo(シュロ)代表の宇南山加子(うなやま ますこ)さんを訪ねる特集。
前編では、宇南山さんが10年間かけて準備をした末に、昨年、東京を離れて長野県御代田町に移住した経緯を伺いました。後編では、移住してから変わったこと、またずっと変わらず大切にしていることなどについてお聞きします。
朝6時に起きて、畑仕事もして。心地いい時間が増えました
パートナーの松岡智之(まつおか ともゆき)さんと一緒に、自然豊かな御代田町に暮らして1年半。宇南山さんに、最近はどんな生活を送っているのかを聞いてみました。
宇南山さん:
「毎朝6時ごろに起きて、朝ごはんを食べて、時々そのあとにウォーキング。午前中は畑仕事や家の仕事をして、午後からギャラリーを開けます。ギャラリーがお休みの日は他の仕事。日が暮れたら夕食をつくって食べます。
友人たちが遊びに来ることもけっこう多くて、その時はみんなで料理したり、庭の作業を一緒にしたりしていますね。
自然の中に身を置くようになったら、常に光や風を感じられるので、心地いいと感じる時間が増えました。両親が山形出身で、私も昔から毎年祖母の家に行って畑仕事を手伝っていたので、元々こういう暮らしには馴染みがあったんです。
仕事についても、東京のスタッフを含めて皆が無理なく働けているなあと思います」
「こっちに来てから草刈りとか薪割りといったこともやらなくちゃいけなくなった。でも、それらも ”暮らしの仕事” って考えると、デザインの仕事も草刈りも全部仕事。自分のなかでは境界がなくなってきましたね」。松岡さんもそう話してくれました。
橋渡し役として、この土地に呼ばれたんだ
それまで縁がなかった土地にふとした偶然で出会って暮らし始めた宇南山さんと松岡さん。ところが、土地を購入したあとで意外なことが分かります。
宇南山さん:
「ゼロから新しいコミュニティをつくるぞってワクワクしてたんですが、実は思いのほかデザイナーなどの知り合いがたくさん住んでいたことが分かって驚きました。
それともうひとつ、不動産屋さんにも聞いて調べてみたら、この辺りのエリアは今から60年ほど前に写真家やデザイナー、アートディレクターなど、クリエイターの人たちが移り住んで開拓した土地だったんです。ああ、私たちはこの土地に呼ばれたんだなと思いました」
宇南山さん:
「元々そういう地域だったから、私たちがやっているもの作りについてもすごく理解があるのがありがたいです。すぐ近くに開拓初期のメンバーであり、今は90歳を越えるアートディレクターの方がいたりして、そういう人たちからもの作りの精神を教えてもらえることにもワクワクします。
その人たちの精神を引き継いで次の世代に渡すために、私たちはここに来たんだと思っているんです」
東京でも長野でも、やりたいことは同じです
宇南山さん:
「次世代に伝えていく、というのはこれまで東京のSyuRoでもずっとやってきたことです。
蔵前という下町の歴史のなかで、いいところ、未来に生かしていくべきと思うところを自分なりにピックアップして、どうすればそれが次の世代に伝わるかをずっと考えながらお店をやっていたので。実際、蔵前には若い人たちがたくさん来てくれるようになりました。だからここでも同じようなことをしたいと思っているし、そのことへの不安はあまりないです。
暮らす場所は変わったけれど、私の中でのやりたいことや思いは全然変わらないんですよ」
拠点は変わっても根っこの思いは同じ、と話す宇南山さん。変わったことといえば、「来てくれるお客さんがもっと喜んでくれるようになったこと」と語ります。
宇南山さん:
「SyuRoを始めたとき、ものをただ並べて売るというより、周りの空気も一緒に買ってもらいたいなっていう思いがありました。普段の暮らしの中でものが生きるようにしてほしいといつも思っていたんです。
こっちに来て、ものだけではない、暮らしの提案がさらにしやすくなったと感じています。SAMNICONは、単にギャラリーというより、この場所や環境、さらには私たちの暮らしも含めてのものだと思っていて。自然豊かな環境で風や光が気持ちいいと感じてもらいながら、こういう暮らし方もいいよねって考えるきっかけを提供できること、それが自分の喜びにもなっている気がします」
次の世代に残せることって何だろう
東京で暮らしていたころ、宇南山さんはあるモヤモヤした気持ちを抱えていたといいます。
宇南山さん:
「子育てしながらがむしゃらに仕事をするうち、自分のエネルギーが次世代に残せるようなことや、循環になるようなことに注げているんだろうかと悶々としていたんです。どうせなら、自分のエネルギーを自分が納得できること、心地いいと思うことに使いたいと思った。それも移住の大きな理由ですね。
ここで循環型の暮らしを実践しようとしているのは、それが自分にとって心地いいし、次世代に継いでいけるような暮らしを提案していきたいという思いもあるから。
地球や宇宙の長い歴史の途中過程に、ほんの一瞬私がいるだけだから、自分が死んでそれで終わり、とは思っていなくて。次に何を残せるかは、自分の生きる意義みたいなものだと思っています」
「今この一瞬」を楽しめば、幸せはずっと続く
宇南山さんのお話を聞いているうち、「もっと物事を広く、長いスパンで見るべき」と思えてきます。そう口にすると、返ってきたのはこんな言葉でした。
宇南山さん:
「物事を俯瞰で見るのも大事だけれど、私は今この一瞬一瞬を楽しむことも大事だと思っているんです。ギャラリーの名前、SAMNICONは禅宗の “作務” 、つまり仕事や暮らし、全てを含めた身のまわりのことと、“而今” = “今この瞬間” とを組み合わせた造語です。
過去や未来と比べず、今のこの瞬間を楽しむことで幸せはずっと続くし、皆が幸せになれる。そういう提案をしたくてつくった場所なんです。
一瞬一瞬を大切にすると、実は奥深くでいろんな素敵な物事とつながっていて、循環していく。普段はあまり意識していなくても、それが結果的には、長いスパンになってつながっていくんですよね」
今のこの一瞬一瞬を楽しもう。その思いは、思い描いていた自然の中での暮らしを10年越しで実現させた宇南山さんの生き方そのものに通じている気がします。
宇南山さん:
「長い年月をかけて気持ちいいと思える場所を探したり、エネルギーのことを勉強して家を設計したり、庭をつくったり。私たちがしてきたことって、自分たちが心地いいと思えること、好きなことを探してただけの話なんですよね。
好きなことを見つければ、自分のなかで新しい芽が出て、これまでの人生から枝が分かれて、何か新しいことが始まるかもしれない。だからアンテナを張って、日々の暮らしの中で何が自分にとって心地いいと思うのか、どういう時間が嬉しいと感じるのかを見つけることが重要な気がします。『このコップが好き』っていうような、小さなところからでいいと思うんです。
嫌いなところにフォーカスするより、好きなところにフォーカスした方が絶対にいい。ポジティブなことに目を向けていれば、絶対にそっちのほうへと導かれていくはずだと思うから」
お話を伺ったあと、人生後半に対するワクワクが前よりふくらんできた気がしました。
宇南山さんたちが10年かけて思いをかたちにしていったように、焦らなくたっていい。そして、いきなり大きなことをしようとしなくても、まずは身の回りの小さな「好き」を探して増やしていけばいいんだ。そう考えると「これからどうしていこう」という思いのなかの楽しみの部分が、不安や迷いを上回っていきそうです。
実はここ最近、自分の中にも「いつかはこんな暮らしがしてみたい」という思いが芽生えていました。とはいえ、日々起きるさまざまなことを前に「無理かも」と思ってしまうことも。でもせっかく生まれた気持ちなのだから、ゆっくり、大切に育てていこう。宇南山さん言葉や、あの日の気持ちいい風にそっと背中を押してもらった気がしました。
(おわり)
【写真】メグミ
もくじ
宇南山加子
生活日用品のプロダクトデザイン、店舗などの企画・ディレクションをするデザイン会社、『SyuRo』の代表取締役、デザイナー。商品企画、オリジナル商品の卸売販売、直営店の運営など幅広く手がけている。
Instagram @masukounayama
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