【本屋の本棚から】後編:その不思議さ、ままならなさに目を向けて。身体にまつわる4冊(不動前・フラヌール書店)
ライター 嶌陽子
本屋に訪れ、本棚をゆっくり眺める時間そのものをお届けできたなら。そんな思いで企画した特集。
前編に続き、今回は東京・品川区にある「フラヌール書店」の久禮亮太(くれ りょうた)さんに今の気分に寄り添うテーマで本を選書いただき、特別な本棚をつくっていただきました。
本日選んでいただいた本棚のテーマは、「身体にまつわる本」です。それでは本屋さんでの時間をゆっくりお楽しみください。
今日の本棚
身体にまつわる本
昔から身体への関心が高く、書店でも身体に関する本のコーナーを度々つくっていたという久禮さん。その理由は一体何なのでしょう?
久禮さん:
「子どもの頃からあまり体が丈夫ではなかったからか、身体というものにずっと興味がありました。
体と脳と対比して考えることって多いと思うんですが、それについて疑問をずっと抱えていたんです。
『脳が考えて体がそれを実行している』とか『脳や自意識がこうしたいと思ったままに体が動く』のではなくて、自ずと体が動いて、脳はそれを追っかけてるのではないだろうか。
そうした興味がずっと自分の中にあるので、『ままならない体』について書かれた本を見つけるとつい集めてしまいます」
【本棚リスト】
『第三の脳』傳田光洋 朝日出版社
『腸と脳』エムラン・メイヤー 紀伊國屋書店
『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー 築地書館
『急に具合が悪くなる』宮野真生子、磯野真帆 晶文社
『震えのある女』シリ・ハストヴェット 白水社
『習得への情熱』ジョッシュ・ウェイツキン みすず書房
『エフォートレス・マスタリー』
ケニー・ワーナー ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス
『緊張をとる』伊藤丈恭 芸術新聞社
『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』鴻上尚史 講談社文庫
『風邪の効用』野口晴哉 ちくま文庫
『日々のぽかん体操』川崎智子 雷鳥社
『二つ以上の世界を生きている身体―韓医院の人類学』キム・テウ 柏書房
『椿宿の辺りに』梨木香歩 朝日文庫
この本棚の中から4冊をピックアップ。久禮さんにコメントをいただきました。
皮膚ってこんなに面白い
久禮さん:
「1冊目は、皮膚ってこんなに面白いんだということを教えてくれる本です。
色を識別したり、外からの刺激をキャッチして情報処理をしたり、信号でやりとりしあったり。腸はよく『第二の脳』といわれますが、皮膚もまた脳と同じような構造を持って、脳と同じような働きをしている、タイトルの通り『第三の脳』のような仕組みを持っているということに驚かされます。
著者は化粧品メーカーの研究員。私たちが日常で感じる皮膚の感覚から、 “第六感” と呼ばれるような少しスピリチュアルなことまでも含め、身体の中と外を隔てたりつないだりしている皮膚というものの役割や働きを、とても分かりやすく教えてくれる内容です。
頭でっかちに自分のことを考えすぎてしまって閉塞的な気分になったときに読むと、『体って外の世界とこんなふうにつながっているんだ、体や皮膚もまた環境の一部なんだ』と思わされ、少し視界が開けるかもしれません」
『第三の脳』傳田光洋 朝日出版社
難しいことは考えず、ぽかんとゆるめて脱力
久禮さん:
「50代の整体師の女性による本。『ひらく』『かがむ』『まげる』といった動詞を使って簡単な体操を紹介してくれています。基本的には全てほぐして緩めるための体操です。
一応、季節ごとの体に応じた体操が10日ごとに紹介されているんですが、それにとらわれず、ぱっと開いたところをやってみればいいのでは。難しいことを考えず、いろんな動きによって体をぽかんと脱力させてみましょう、その動きがあなたの心境をこっちの方向に導いてくれるかもしれませんよということが書かれています。
読んでいると人間の感情や思考って実に単純に体の状態に左右されているんだなあと思います。
ちなみに、紹介されている動詞のなかには『よむ』もあるんですよ。確かに、本を読むと心身がほぐれるなって思いました」
『日々のぽかん体操』川崎智子 雷鳥社
「痛み」をきっかけに自分のルーツをたどる
久禮さん:
「肩から腕にかけての原因不明の痛みに悩まされている30代の男性が、とある謎めいた鍼灸師のアドバイスを受けて自分のルーツをたどっていく物語。話は途中から古事記をモチーフにした日本の古代神話の幻想性みたいなものと並走していきます。
主人公は、痛みをきっかけに自分の体に対して意識が向くようになる。と同時に、自分がどこから来たのだろうという内面的なことも追究していくんです。それまでずいぶんと離れていた肉体と精神が、自分のルーツをたどる旅をしていくなかで一つに収れんしていきます。それで痛みが快方に向かうという不思議な話なのですが、美しく幻想的な物語をふわふわした気分で読むなか、すとんと腑に落ちる瞬間があります。
僕たちも普段、体と心が乖離しているなと感じることってあると思うんです。体はやたらと客観視してしまう一方で、精神については主観的になりすぎてしまって突き放せないというか……。そうした体と心を物語の力を借りてまとめ上げていくような感覚になりました」
『椿宿の辺りに』梨木香歩 朝日文庫
体が失われていくなかで交わされた、真摯な往復書簡
久禮さん:
「最後に紹介するのは40代の哲学者と人類学者の間で交わされた往復書簡を収めた本です。
そのうちの一人、宮野真生子さんという哲学者の方ががんを患ってしまい、題名の通り『急に具合が悪くなる可能性があると医師に言われた』というところからやり取りが始まります。
半年間に及ぶやり取りの果てに宮野さんは亡くなってしまうんですが、死期が近づいて刻々と体が失われていくなか、かえって生きていくことについて鮮烈に考えさせられる、そんな内容です。
お互いに忌憚なく語れる相手とのやり取りのなかで、体の変化についてのリアルな声や、生きることについて語り合う飾らない言葉を読むことができます。
読み終わって思ったのは、否応なく変化していく体というものを感じるのは自分一人であり、それを誰かとシェアすることはできない、ということ。でも、その大きな孤独が “生きる” ということを考える力になるのではないでしょうか。
病気であるかないかにかかわらず、自分の体がいつか失われるということ、体が有限であることに直面する際のヒントになる1冊だと思います」
『急に具合が悪くなる』宮野真生子、磯野真帆 晶文社
***
生まれた時からずっと一緒にいる自分の身体。親しんでいるようで分からないことも多いその存在にあらためて向き合いたくなったり、これからどう付き合っていくかを考えたくなったりする4冊でした。
つかの間の本屋さんでの時間、いかがでしたでしょうか?
知らなかった本との出会い。そこから思考や感覚が刺激され、広がっていく体験。本屋さんならではのそんな時間を、少しでも味わっていただけたならとても嬉しいです。
【写真】土田凌
久禮 亮太
大学在学中に書店でアルバイト勤務を始めて以来、書店員歴25年以上。三省堂書店の契約社員勤務、あゆみBOOKS小石川店店長などを経て2015年、フリーランス書店員として独立。ブックカフェ・神楽坂モノガタリ、書店Pebbles Bookの立ち上げに携わる。2023年3月に「フラヌール書店」をオープン。著書に『スリップの技法』(苦楽堂)
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