【あの人の生き方】第1話:得意なことは「人を好きになること」。文筆家・イラストレーターの金井真紀さんを訪ねました
仕事のこと、子どものこと、親のこと、自分のこと。毎日さまざまなことが次々と押し寄せてきて、何だか気持ちががんじがらめになるときがあります。
そんなときにふと手に取り、読むのが止まらなくなったのが文筆家・イラストレーターである金井真紀(かない まき)さんの本でした。
たとえば『パリのすてきなおじさん』(柏書房)は、パリに暮らす民族も宗教も背景もさまざまな「おじさん」たち40人のインタビュー&スケッチ集。『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)は日本に暮らすいろいろな外国人18組20人の話を聞いた本。
温かく気取りのない文章と、相手への愛が感じられるイラストに引き込まれてぐいぐい読み進めるうち、気づけば人生の深淵や知らなかった歴史、今なお続く社会問題についても考えさせられます。
読み終わってじわじわと胸に広がるのは「世の中には本当にいろんな人がいて、いろんな生き方をしているんだ」という思い。狭まっていた視界が少し開けたような、ぎゅっと縮こまっていた体がほぐれていくような気持ちになるのです。
さまざまな人から率直な話を引き出して私たちに伝えてくれる金井さんは、一体どんな人なんだろう。数々の取材を通じて、金井さん自身が考えてきたこととは? じっくり聞かせてくださったお話を、全3話でお届けします。
得意なことがなくて、いじけていた10代
好奇心の強そうなくりくりした目と、思わずひき込まれる大きな笑顔の金井さん。この笑顔でこれまでたくさんの人たちの心をほぐして、話を聞き出してきたんだろうなあと想像させられます。
金井さんは1974年生まれ。これまでに10冊以上の本を出していますが、文筆家・イラストレーターとして活動するようになったのは、意外にも40歳を過ぎてからなのだそうです。まずはこれまでの金井さんの道のりを聞きました。
金井さん:
「子どもの頃は得意なものが何もなくて、劣等感みたいなものを持っていました。
中学・高校時代は、わずかに好きなのは国語と世界史くらい。あとの科目は授業にあまりついていけない感じでした。絵も描いていなくて、芸術選択コースでは絵ではなく書道を選んでいたんです。今思うと、絵をやればよかったなあ。
同級生には勉強ができる子とか運動が得意な子、ピアノが上手な子、センスがいい子なんかがいっぱいいました。そんななかで、自分は何もできなくて。学校や友達は好きだったし、朗らかに振る舞ってはいたけれど、心の中ではどこかいじけてましたね」
金井さん:
「好きだったのはお相撲とか落語とか。渋好みだったんです。あとは本を読むのも好きでした。スタッズ・ターケルという人の『仕事!』という本が大好きで。1970年代頃のアメリカで130人くらいの市井の人にインタビューした本なんですが、いろんな人がごちゃごちゃ混ざって世の中を構成しているというのがいいなと。今の自分の本のスタイルにもつながっている気がします。
うちは父がちょっと窮屈なおじさんというか、私が何かしようとすると必ず『うまくいかないからやめたほうがいい』とか『危ないからやめたほうがいい』とかいうタイプだったんです。
自分がそういう窮屈さを感じていたから、その本を読みながら『世界はもっと広いんだな』って思っていたんだと思います。
2017年に出した『パリのすてきなおじさん』という本も、自分が元々おじさん好きだったことから実現したもの。父親が窮屈だった分、昔から風穴を開けてくれる面白いおじさんを外に求めていたんですよね」
出版社やテレビの仕事。どれも楽しかったけれど……
大学の日本語日本文学科を卒業後、金井さんは絵本の出版社に就職。営業の仕事をすることになります。
金井さん:
「その時の上司やお世話になった人たちとは今も仲良くしていて、私の仕事も応援してくださっています。でも当時は編集の仕事がやりたくて出版社に入ったので、2年で辞めてしまったんです。
その後は小さな出版社や編集プロダクションで働いたりしていました。ある時から先輩に誘われて、『世界ふしぎ発見!』というテレビ番組のクイズを作る仕事をするようになって。
担当するテーマが決まったら、それに関することを調べてクイズを作るんです。専門家に話を聞きにいくこともあったんですが、メインは本で調べることだったので、国会図書館に行ったり、東京都内のいろんな図書館を渡り歩いて関連本を借りてきたり。いつも大きなかばんに何冊も本を入れて持ち歩いてましたね。歴史も本も好きだったので楽しかったけれど、なかなか大変でした」
金井さん:
「そのうち仕事を通じて知り合った人からまた別の仕事を頼まれて、本の編集やテレビの仕事をしていくように。フリーランスでいろいろなことを細々とやっていました。
どの仕事も面白くて、気に入ってやっていたけれど、『これこそが自分の仕事だ!』とも思ってはいなかったかもしれません」
30代になって気づいた「もしかして、これが得意かも」
そのようにして、さまざまな仕事を続けていた金井さん。30代になるとテレビの仕事はクイズ作りから、あちこちへ取材に行く内容へとシフトしていきます。
金井さん:
「図書館で本を探すのも楽しかったけれど、資料を探して読み込むのが得意な人はほかにもたくさんいて。途中から『私は人の話を聞いてくるほうがずっと好きだし、貢献できる気がする』と思って、上の人にそう伝えたら、地方に行って取材をしてくる仕事が多くなってきたんです。
大工さんとか漁師さん、学校の人など、いろんな人にインタビューして、それを元にとある番組内のコーナーの台本をつくっていました」
金井さん:
「そうしているうち、30代半ばくらいのときにはっと気づいたんです。私、得意なものが何もないってずっといじけてたけど、もしかしたら人のことを好きになるのが得意かもって。人と比べたことがなく、当たり前のことだと思っていたんですが、周りの人に言われたこともあってそう思ったんですよね。
本当にそうなのかは今もまだ確定はしていないんですが、何となくそう思えたときはうれしかったです。このデータ化できない “好き” っていうものを自分の武器にしていこうって。
人が好きで、人の話を聞くのが好き。どちらかというと、有名人よりも街の人の話を聞くほうがおもしろいです。『俺に話すことなんかないよ』って言う人が最終的に『こんなこと今まで話したことなかったのに……』ってなると、しめしめって思っちゃいます(笑)」
金井さんの本には、まさにそうやって市井の人々から聞き出した、読んでいるとその人を好きになってしまうような話がぎゅぎゅっと詰まっています。けれども人々の物語を集めて書くのを生業とするようになるのは、もう少し先の話。
続く第2話では、金井さんが30代半ばで出合ったとある場所とそこでの宝物のような日々、そして文筆家デビューまでの話を伺います。
【写真】馬場わかな
もくじ
金井真紀
1974年、千葉県生まれ。文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』(ちくま文庫)、『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など多数。「多様性をおもしろがる」を任務とする。難民・移民フェス実行委員。
HP:uzumakido.com X:@uzumakidou
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