【あの時の子育て】後編:自分の人生を楽しむことが、子どもの人生を広げていく

ライター 瀬谷薫子

人生の先を歩く先輩は、どんな風に子どもと生きてきたのか。振り返って何を思うのか。今回は、子育てを卒業した今だから話せることを、前後編で伺っています。

お相手は愛知県で長く愛される食料品や雑貨の店「りんねしゃ」を営む大島幸枝(おおしま さちえ)さんです。

前編では自身の子ども時代のこと、子育てに悩んだ時、軸に置いてきた想いについて聴きました。後編は、子どもが幼少期から大人になるまでのエピソードを。変わりゆく悩みにどう立ち向かっていったのか、聴いていきます。

前編はこちらから

頼れる人は、意外とたくさんいるのかもしれない

シングルマザーとして2人の子を育てた大島さん。子どもたちが小学校低学年の頃までは、目が離せない彼らと仕事との両立が、物理的な意味でとても大変だったといいます。一人で頑張ろうと思っていたけれど、やっぱり手が回らない。そんなとき力を貸してくれたのは、意外にも仕事の仲間たちでした。

大島さん:
「お店をやっていたので、週末にマルシェやイベント出店の誘いをもらうことが多くて。どうしても出たいけど誰にも子守りを頼めないからって、仕方なく一人を抱っこし、一人の手を引いて連れて行ったことがありました。

そうしたら、ちょうど母親と同じくらいの世代の人が『私が見てるわよ』って口々に。どこに行っても、必ずそうやって声をかけてくれる人がいました」

子守りを楽しそうに買って出てくれる人がいる。自分より少し年上の、かつて子育てを経験した人たちに、大島さんもまた助けられてきたといいます。

大島さん:
「それまでは、自分や家族や身近な人、半径50メートルくらいの人までしか頼っちゃいけないものだと思っていました。だからできるだけ自分でがむしゃらに頑張らなくちゃと。でも、やっぱり限界があったんですよね。

もう無理ってなったときに、ちょっと勇気を出してそこから飛び出してみたら、世の中って捨てたものじゃないと思えたんです」



子どもの不登校をきっかけに、親子でニュージーランドへ

子どもたちが大きくなるにつれ、だんだんと物理的な負担は減っていきました。でも、代わりに現れたのは心理的な悩み。思春期以降は、人間関係のトラブルから子どもが不登校になり、学校へ行けない期間も長く続いたといいます。

大島さん:
「自分の力ではどうにもならない悩みがあることを知りました。ただ見守っているしかない。あのときは本当にしんどかったですね。

親は、子どもが何かにつまずいたとき、自分のせいだと思ってしまうことを知りました。今思えば誰のせいでもないのに、自分がこう育ててきてから、あんな言葉を掛けたからいけないんだって。あの頃はそんな風にばかり考えていました」

当時は、家に居る子どもをただ見守ることしかできなかったと、大島さん。でも、次第に思考がシンプルになり、何をすべきかがわかってきたといいます。

大島さん:
鬱々とした日々の中で、それでも子どもが『今日のごはん、おいしいね』と笑って言ってくれるとか、本当に些細なことで、救われた気持ちになったんです。この笑顔を見るために、自分はなんでもしようと思いました」

娘が笑顔になれる方法を探したい。衝動的にそう思い、今、いちばん何がしたい?と尋ねると、娘の口から出てきたのが「海外へ行きたい」という言葉でした。今の自分が好きじゃない。今居る場所から逃げ出したい。そんな風に助けを求めているように感じたといいます。

そこからの行動は早かった大島さん。娘と共に考え、知人の伝手を頼り、見つけた留学先がニュージーランドでした。

大島さん:
「当時中学3年だったので、高校に上がってからの方がキリがいいんじゃないかとは思ったんです。でも娘は1日も早くここから出たいと。ならばもう、すぐに動こうと思いました」


子育ては、子どもの人生まで一緒に体験できること

義務教育の中学校を中断して留学へ。大きな覚悟が必要だったはずです。でも、大島さんの思考はシンプル。今の場所が嫌ならば新しい居場所を作らなければと、ただその一心だったといいます。

大島さん:
「大人はつい子どもの進む道に意味を求めがちがちです。この先どうするの、なんのために、って。でも、当時は先のことを考えるよりも"今” で。この場所が嫌なら、そこを離れるために留学をするのもありだと思いました。

あの頃を振り返って思うのは、”今だ” と直感したのなら、そうやって衝動的になるのも間違いじゃなかったということです。不安ももちろんありましたが、動いてみればなんとかなる。少なくとも状況は動いていきますから」

こうして始まったニュージーランド留学。娘は次第に現地で新しい居場所を見つけていきます。そして大島さんらしいのは、彼女自身も、この留学を自分の人生に繋げていったこと。

現地で質の良いメリノウールを扱う人と知り合い、その後、日本へ輸入することに。今でも付き合いのある、大事な仕事仲間になったといいます。

「子育ては、子どもの人生を一緒に体験できること」。

ニュージーランドへの留学を振り返りながら、大島さんはそう言いました。それは、子どもの人生を思うように動かそうとするスタンスとは逆。子どもが進む道に自分もついて行ってみようという、前向きな”受け身”の言葉に聞こえました。

大島さん:
「昔はもっと、自分が導いてあげなければいけないと思っていました。でも、子育ては自分の思ったようになんていかないことだらけで。こんなはずじゃなかったっていうことばかり起こるうち、逆に悟りが開けたのかもしれません。

だって娘が不登校にならなければ、ニュージーランドに行くことなんてできなかったわけですしね」

自分の人生は一度きり。でも、子どもの歩む道が、自分には体験できなかった新たな人生を教えてくれる。今、大島さんは息子と娘、そして自分と3人分の人生を一挙に経験しているようだといいます。


自分の築いてきた世界が、子どもの世界を広げる

とはいえ、そのままハッピーエンドになった訳ではなく……その後、留学は予期せぬコロナ禍で断念することになります。娘が日本へ帰国できない状況が続いたり、反対に帰国したら向こうに戻れなくなったり。人生は一筋縄にはいきませんでした。

それでも次第に大島さんは、さまざまな気づきをもらえたといいます。

大島さん:
「子どもが大人になるにつれ、直面する悩みは複雑になって、自分ひとりではどうにもできないことが増えました

でも、あの人に相談してみたらどうだろう、と頼れる人は多くて。自分が築いてきた人のつながりが、子どもの新たな選択肢になることを知ったんです」

不登校になったとき、泊まりにおいでよと海外から娘を呼んでくれた仕事仲間がいたといいます。留学をするときには、エージェントの仕事をする友人が力になってくれた。息子が働く先に悩んだ時には、昔、りんねしゃの施工を頼んだ友人が「うちの現場で修行すればいい」と受け入れてくれた。

今の自分にできることがあるとしたら、自分が経験してきた他の世界を、彼らに見せること。今、悩んでいる世界なんてこんなにちっぽけなもので、どんな経験にも無駄なんてないと、伝えてあげることだと気づいたといいます。

「だからやっぱり、母親だからこうしなきゃ、という価値観に縛られるんじゃなくて。自分の人生をおもしろく築いていくことが大事だと思う」と大島さん。

母の言葉に背中を押されるように、がむしゃらに仕事と子育てをしてきた時間。そこから長い時を経て、大島さんはようやく今、答え合わせをしているような気持ちなのかもしれません。

悩みが尽きなかったあの頃も、振り返ればなつかしい記憶に。今、2人の子どもは成人になりました。ある時さっと家を出て、気づけばそれぞれに、自分の人生を歩むように。大島さんの前にも再び、自分だけの道が広がっているよう。

大島さん:
今は息子が会社を立ち上げようとしていてね、経理の勉強をしなきゃと話していて。私も父から会社を任されながら、肝心の経理は父に頼ってばかりだったから、いい機会だし一緒に学んでみようかなと思っています」

まだまだパワフルに。息子が持ってきた新たな世界に、再び好奇心をもって踏み出そうとしています。


子どもを持った途端、子ども以上に自分の人生が充実してはいけないような気持ちになっていました。誰に言われたわけでもなく、ただ自分で、自分に、そう言い聞かせていたような気がします。

子どものために生きるのではなく、自分を生きることが、子どものためになる。同じようで全く違う人生の捉え方を、教えてもらったような気がします。

子育てが終わり、これからどんなことがしたいですか? 最後に大島さんに聞いたら、「銭湯の番台さん」という答えが帰ってきました。

大島さん:
「70歳くらいまでは今のお店を頑張って、それからは町の銭湯で番台にいるおばあちゃんになりたいです。

子育てに疲れたお母さんお父さんが、あったかい湯に浸かりに来れるような銭湯です。今の悩みとか、なんでも聞いて、私が子ども見てるから、たまにはお風呂にゆっくり入ってきなさいよ〜って。ちょっと力が抜けて、帰ってご飯作ろうかなってまた思えるような、そんな場所が作りたいです」

温かい湯に浸かったように、重たいものを取ってもらったような気持ちで。取材の後、軽やかな足取りで家に帰る自分が居ました。


【写真】橋原大典
【撮影協力】match

大島幸枝

愛知県津島市で自然食のお店「りんねしゃ」を、三重県多気町visonで薬草カフェ「本草研究所RINNE」を運営。オリジナルの防虫線香「菊花せんこう」の製造販売や、食や暮らしのイベント企画を手掛けながら、全国を駆け回る。

Instagram: rinnesha_sachie


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