【見えなくても、ある】前編:"これから" が "これまで" を決める。90歳の佐治晴夫先生にお会いしてきました。

時間とはふしぎなものです。私たちは日々、当たり前に時間を積み重ねて生きていますが、時間そのものは、見ることもさわることもできません。
宇宙のはじまりに関わる「ゆらぎ」の理論研究の第一人者で、今年90歳になった理学博士の佐治晴夫(さじ・はるお)先生は、こう言います。
「未来は過去を変えられる」。
やさしく、つよく、私たちが生きるための言葉を伝えてくれる佐治先生。音楽・哲学・詩にも造詣が深く、北海道・美瑛と神奈川を行き来しながら暮らす先生にお会いして、時間のふしぎ、宇宙に生きている私たちのこと、たっぷり伺った前後編をお届けします。
音楽と星、愛するものとの出会い。

1935年東京生まれ、90歳の佐治先生。
まずは、先生のこれまでを伺います。本や授業のなかで「未来が過去を変えられる」と繰り返し伝えてきた背景には、ご自身の経験と、それを支えてきた "出会い" があったからとのこと。
太平洋戦争が開戦して4か月後、国民学校2年生のときに、東京初空襲を経験しました。
友だちと学校からの帰り道、土手の向こうから覆い被さるように飛行機が出てきて驚いたけれど、空襲警報は鳴っておらず、訓練かと思い、操縦士の横顔が見えた瞬間、高射砲がバーンと鳴り、大慌てで友だちも一緒に自宅へ飛び込みました。
▲佐治先生の本。はるか遠い宇宙が、私たちの目の前にある瞬間と繋がっていることを、文学や詩もまじえてやさしく語りかけてくれます
そのすぐあと、父が「いずれ東京は空襲で火の海になる。今のうちに、学校は休んでもいいから、三越デパートにあるパイプオルガンの音を聴いておきなさい」と言い出したのです。
佐治先生:
「兄に連れられて三越本店に行くと、売り場はがらんどうになっていて、パイプオルガンの残響が大きく美しく鳴っていました。
すでに戦争が始まっていましたから、戦闘服を着た青年が『軍艦マーチ』『海ゆかば』などの軍歌を演奏していました。
けれど途中でまったく雰囲気の違う美しい曲がはじまって、あれ?と思っていたら、兄が耳元で囁いたんです。『あれはバッハだよ』と。パイプオルガニストとしての矜持かもしれないし、同盟国のドイツの作曲家だから弾けたのかもわかりません。これがものすごく印象に残り、僕はこのときバッハの洗礼を受けたのです」

空襲では、もう一つ、人生を決定づける出会いがありました。
佐治先生:
「担任の先生が『来週の土曜日は授業をしません。代わりに、君たちを連れていきたいところがあります』と言って、有楽町の東日天文館に連れて行ってくれたのです。
なぜプラネタリウムだったのか。戦時中でしたが、宮沢賢治を毎朝、読んでくれた先生でした。『風の又三郎』や『銀河鉄道の夜』。星は敵味方を区別しません。どんな人にもその姿を同じように見せてくれる。きっと彼は平和主義者だったんですね。
空襲が続けば、プラネタリウムもいずれ焼けてなくなってしまうかもしれない。その前に、子どもたちにぜひ、星というものを見せておきたい。そう思ったんじゃないでしょうか。先生には聞きそびれてしまったので、推測するしかないのですが……。
夕刻から夜へと移行するときにプラネタリウムで流れていた曲が、シューマンの『トロイメライ』でした。だから僕にとって『トロイメライ』はものすごく重要な曲になってしまったのです。音楽と星。すべて、出会いによって僕は作られてしまったわけです」
"これから" が "これまで" を決める?

終戦後、10代後半になって進路を考えます。
パイプオルガンを弾きたい、音楽の道に進みたい。
その気持ちはあったけれど、きちんとお稽古したわけでもなく、とても無理だと考えて、音楽に一番近いと感じていた数学科に行くことにしました。
佐治先生:
「けれど、数学者っていうのは、すごいんですね。助教授くらいにはなれるだろうと思っていたけれど、数学科には本当のずば抜けた天才、としか言いようのない人たちが集まっていました。そこでまた『どうしよう?』と」
数学の基礎をいかせば、物理学の研究者になれるかもしれない。そこで大学院では理論物理学の世界へ進み、研究を重ねました。
東京大学物性研究所にいたときは、研究費が少ないうえに、ものを買うには11人の判子がいる世界。そんな事情を数学科時代の同級生にこぼすと、ちょうど松下電器東京研究所の立ち上げをするからと、紹介してもらえることに。
無からの宇宙創生に深くかかわる「ゆらぎ理論」の研究を応用して、1/fゆらぎの扇風機を開発をしたり、NASA(アメリカ航空宇宙局)のボイジャー計画に参加して、バッハの平均律クラヴィア曲集第1番プレリュードを搭載しようと提案したり、その後の人生に繋がっていきました。

佐治先生:
「僕は、音楽に憧れながらも、音楽家にはなれませんでした。だからこそ、数学と物理学を学んで、研究者の道を進むことになりました。
人間は、いろんな挫折を味わうけど、それが挫折だったかどうかは、後になってみないとわかりません。もしも私が音楽大学に入っていたら、その後の出会いはなく、物理学者としてNASAで仕事をすることもなかったでしょう。
そして、これが人間の運命のおもしろいところで、定年になる頃に突然、大阪音楽大学の大学院から客員教授になってくれと連絡がありました。
ずっと愛していた音楽と、晩年にこういう巡り合わせがあるとは思いもよらず、嬉しかったです。ピアノ、作曲、声楽科の学生と、円周率で作曲をしてみようとか、僕にしかできない授業ができたと思います」
過去があって今があるように思えるけれど。

人生を決定づけた「音楽や星との出会い」もあれば、思いもよらない扉を開いた「人との出会い」もありました。
一方、研究室に集まった学生たちからは、あの大学に行けなかったから出世ができないとか、あの人と結婚できたらもっと幸せになれたとか、よく人生相談を受けていたそう。
佐治先生:
「過去にとらわれている人が多いのを見て、これはまずいなぁと思いました。
過去というのは、記憶の中にしか残っていません。未来は、こうありたいという期待の中にしかありません。どちらも、脳の中にしか存在しないんです。
たとえば、神様の目で時間を見れば、川のように、過去から未来へずっと流れているのを眺めることができるけれど、その流れの中にいる人間の感覚は、内側から眺めているようなもの。過去もなければ、未来もありません。
この『今しかない』という考え方は、初期キリスト教の最大の教父であるアウグスティヌスも『告白』に書いていますし、インドの哲学者ナーガルジュナ(竜樹)も『中論』に書いています。
現在は、過去の集積ですが、未来への出発点です。過去のできごとは変えられなくても、その意味や価値は、『これからの生き方』で変えられます」
私たちには「選びとる自由」がある

佐治先生:
「ダライ・ラマ法王とお話したときに、彼は『善悪というものは、すぐにはわからない』と言っていました。
たとえば、誰かに叱られたとしたら、それは悪=嫌なことですが、それによって気づくことがあるとしたら善にもなりえます。
どんなことも、その意味や価値はその時点ではわからない。これからをどう生きるかで、過去はいくらでも塗り替えられるのだということでした。
現代宇宙論では『マルチバース』という考え方がありますね。宇宙は無数に分かれていって、あらゆる可能性がある。そのなかで、これを選ぶとこっちへ行くというふうに、枝分かれしている。
チャンスはたくさんあり、どれを選び、どんな未来にしていくか。あらかじめ用意された選択肢があるとしても、無数の中から選びとる自由と偶然性みたいなものが、人間にはあるんじゃないかと思います」

「幸運の女神は準備された心に降り立つ」。
結核菌を発見したパスツールが残した言葉を、佐治先生が教えてくれました。心に準備があればチャンスに気づくことができるが、そうでなければ見逃してしまう、と。
「出会いによって僕はつくられた」と繰り返していた佐治先生。空襲のときに横顔を見たパイロット、三越で演奏していたパイプオルガニスト、後年になってから彼らに会えないものかと長いこと探したけれど叶わなかったと、残念そうにつぶやいていた姿が印象に残りました。
私たちはもっともっと出会うべきなのかもしれない。この日、先生から聞いた "出会い" は、これまで知っていた出会いという言葉と、まったく違う響きをもって胸に入ってきました。後編につづきます。
【写真】吉田周平
もくじ
第1話(12月10日)
"これから" が "これまで" を決める。90歳の佐治晴夫先生にお会いしてきました。
第2話(12月11日)
宇宙を知ることは、自分を知ること。奇跡としての今日を生きている私たち。
佐治 晴夫
1935年、東京生まれ。理学博士(理論物理学)。北海道・美宙(MISORA)天文台名誉台長。宇宙創生にかかわる「ゆらぎ」研究の第一人者で、NASAのボイジャー計画にも参画。東急線沿線マガジン「SALUS」での連載「宇宙のカケラ」は10年目となる。『この星で生きる理由 ―過去は新しく、未来はなつかしく―』(アノニマ・スタジオ)、『宇宙のカケラ 物理学者、般若心経を語る』『続・宇宙のカケラ 物理学者の詩的人生案内』(いずれも毎日新聞出版)など著書多数。
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