【見えなくても、ある】後編:宇宙を知ることは、自分を知ること。奇跡としての今日を生きている私たち。

宇宙のはじまりに関わる「ゆらぎ」の理論研究の第一人者で、今年90歳になった理学博士の佐治晴夫(さじ・はるお)先生は、こう言います。
「未来は過去を変えられる」。
やさしく、つよく、私たちが生きるための言葉を伝えてくれる佐治先生。音楽・哲学・詩にも造詣が深く、北海道・美瑛と神奈川を行き来しながら暮らす先生にお会いして、時間のふしぎ、宇宙に生きている私たちのこと、たっぷり伺った前後編をお届けします。
後編は、「私たちがなぜ宇宙に生まれたのか」という素朴な疑問について考えます。
前編から読む自分は「自分以外のもの」からできている。

最新の宇宙研究の成果では、今から138億年の遠い昔に、ひとつぶのかぎりなく熱くまばゆい光から、宇宙は生まれたとされています。
まったく変化することのない均一の状態、それゆえに認識することができない状態の中に、ふと起こったかすかな「ゆらぎ」。無からの宇宙創生です。
宇宙がひとつぶの光から生まれたということは、元をたどれば、世界はすべて互いに関わりあっていて、どんなものも独立した存在ではない、ということになります。
佐治先生:
「私たちの体は、数十兆個の細胞でできていて、それを構成する物質は、すべて宇宙でつくられたものです。
星が光り輝く過程で、超新星爆発という終焉を迎え、たくさんのかけらとなって、宇宙空間にばらまかれました。そこから約46億年前に地球が生まれ、約34億年前に植物が生まれ、さらに動物が生まれ、のちに人類が誕生したということがわかっています。
生命を維持するための、呼吸や食事も、自分以外の存在がいなければ成り立ちません。この意味でも、私たちは自然の一部であり、『星のかけら』なのです」
すべてがひとつだと考える、般若心経の「空」の概念。

自分の体は、自分以外の存在があって成り立っている。これは感情論ではなくて、物質の相互依存という、宇宙の成り立ちに基づく科学的な見方です。
この見方が、般若心経の「空」と通じていることをまとめたのが、佐治先生の『宇宙のカケラ 物理学者、般若心経を語る』(2019年、毎日新聞出版)です。
佐治先生:
「僕は『般若心経』は、ちゃんとしたサンスクリット語で読むべきじゃないかと思って、大学院のときに挑戦したんですけどね。途中でやっぱり落ちこぼれました。
けれど、仏教思想をかじっていたおかげで、なにもないところから宇宙が生まれるということの意味がとても明確に理解できたのです」

佐治先生:
「『空』というのは、日常の感覚だと『からっぽ』すなわち『虚無』を想像しますけれど、仏教の世界では『縁起』(あらゆるものが、固定した実体をもたず、他の要因との関係性の中で変化する)と深くかかわり、数学の世界では虚数(私たちの感覚では数えられない数字)の考え方に似ていますね。
たとえば『ここにコップが一つある』と言うとき、物体をコップと名づけて、コップではないものと区別して数えているわけです。
他との区別がなければ、名づけることも、数えることもできず、あるともないとも言えません。
この "ある" と "ない" のすべてを含んだ根源的な概念が『空』です。その意味では、自分も、宇宙も、全部一緒だと考えると、とても理屈に合うわけですよ」
死というものが目の前にあるとき。

ふしぎなもので、般若心経と最新の宇宙研究は、同じような結論に至っている、と佐治先生は続けます。
佐治先生:
「宇宙に存在する基本粒子は1と書いて0を80個つけたくらいあり、すべてのものは、これらの粒子の離散集合によってできている、と現代宇宙論では考えます。すなわち『現象』であり『瞬間的な存在』ということですね。
僕は英語で "Empty is something" と訳しました。『ない、というのは、何かなんだよ』と。講演会や、修行僧やお寺からの依頼で、ずいぶんいろんなところでお話をさせてもらいました。僕は仏教素人ですが、それでよければ聞いてくださいと。
私たちが、人生の終焉、すなわち、最期を迎えるとき、どんなことを思うのか……。
一概には言えないですが、意識がはっきりしていて、余命がそれほど長くないとわかったならば、おそらく『空』のようなことを考えるのだと思うんですね。自分も他者も宇宙さえも、区別されえず、すべてがひとつ。この感覚を信じたいと。それがやっぱり救いになるのではと思います」
宇宙はなぜ、人類をつくったのだろう。

宇宙における、私たち一人一人の誕生と終焉。
その果てしない循環を思ったとき、『宇宙はなぜ人間をつくったのだろう』と、ふと子どものような素朴な疑問を感じました。
佐治先生:
「それにはいろんな答えができますね。
私たちは自分で自分の顔は見られませんから、鏡で見ようとするわけです。もし宇宙に人格があるとするならば、宇宙も自分の姿を見たいでしょうね。それには他者の目が必要になります。
だから宇宙が自分の姿を見るための目として、人間をつくったという感覚。この考え方をアンソロピック・プリンシプル(anthropic principle 人間原理)と言います」

佐治先生:
「もう一つは、数学的な確率論の話です。
生命をつくる原子や分子の一つ一つは、物理法則に従い、ただ化学反応をしているに過ぎなくて、たまたま人類は地球で生まれて進化をしたということ。
最新の宇宙探査の結果も、地球以外に生命が存在する可能性がきわめて高いことを示唆しています。
そうすると、なぜ地球外知的生命体に遭遇しないのか、という話になりますね。一説では、宇宙を観測して恒星間航行ができるくらいに発達した文明は、自己破滅にむかう可能性が高いのではないかと言われています」
つまり、宇宙人(地球外知的生命体)は、かつてどこかにはいたかもしれないけれども、すでに滅亡しているということでしょうか……?
佐治先生:
「ええ、現に今、世界には核弾頭が約1万個あり、全部使えば、地球は滅びてしまうわけです。
戦争を経験している世代ですので、平和についても、いろんな場所でいろんな人と、お話してきました。僕は『星を見てください』と伝えています。中でも『昼間の星』を見てもらいたいです」
▲アークトゥルス ©︎美瑛町美宙天文台
見てみますか?と、パソコンの画面に映し出された昼間の星の映像。佐治先生が名誉台長をつとめる北海道・美瑛の天文台から撮った動画です。しばし息をのんで見つめた後、ふうっと出たのは「すごい。動いてる……」 という言葉でした。
佐治先生:
「綺麗でしょう。望遠鏡で見えるんです、真昼に。感動しますよ。目では直接見えないけれど、確かにある。これを感じていただけたらと思っています」
Pale Blue Dot。淡い青の光。
▲Pale Blue Dot ©︎NASA
息をのむ私たちに、さらに続けて、先生が見せてくれたのは、1977年にNASA(アメリカ航空宇宙局)が打ち上げたボイジャー1号が撮った一枚の写真です。
佐治先生:
「これが有名な『Pale Blue Dot(ペール・ブルー・ドット)』。
1990年、海王星の探査を終えたあと、約60億キロメートルのかなたから撮られた、地球の姿です。漆黒の闇のなかで、針のさきほどの点が、淡く青く光っています。
この写真がボイジャーから送られてきた日のことを、今でもよく覚えています。写真を見たボイジャー計画の推進者の一人であるカール・セーガン博士は、テーブルをバーンと叩いて、これが孤独な地球の姿だ、と熱弁をふるったんですね。
『諸君、これを見てほしい。ここが全てなんだ。この小さい点のなかで、なぜ人は戦っているのか。敵も味方もないだろう。もしここで人類生存の危機に瀕したら、どこからか、助けに来てくれる何かはあるだろうか。その気配はゼロだ!』って」
私たちはもっともっと「出会う」べきかもしれない。

約138億年前にはじまった宇宙と、今日を生きる私たち。
はるか遠くと今この瞬間が、時空を超えて繋がっている感覚。
広い世界で、たまたま、今日ここで生きている自分が出会えたもの。奇跡のようなできごとに、あらためて目をみはります。取材は、長いこと忘れていたけれど大切だったものを思い出すような、とても幸せな時間でした。
「ぜひ天文台にもいらしてくださいね」と佐治先生。自然界の凄さや美しいものを、ぜひ見てほしい。皆既日食、ハワイのマウナ・ケア山から見る星空、ロケット打ち上げ、オーロラ。この四つは、人生を変えてしまう景色だと、教えてくれました。
取材からひと月が経ちました。小さなマンションの部屋から、飼い猫と一緒に夜空を見上げるようになり、彼女がいつも、興味深そうにきょろきょろしていることに気がつきました。人間には聞こえていないもの、見えていないなにか。見渡せば、暮らしのなかにも、その気配はあるのだと感じます。
(おわり)
【写真】吉田周平
もくじ
佐治 晴夫
1935年、東京生まれ。理学博士(理論物理学)。北海道・美宙(MISORA)天文台名誉台長。宇宙創生にかかわる「ゆらぎ」研究の第一人者で、NASAのボイジャー計画にも参画。東急線沿線マガジン「SALUS」での連載「宇宙のカケラ」は10年目となる。『この星で生きる理由 ―過去は新しく、未来はなつかしく―』(アノニマ・スタジオ)、『宇宙のカケラ 物理学者、般若心経を語る』『続・宇宙のカケラ 物理学者の詩的人生案内』(いずれも毎日新聞出版)など著書多数。
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