
親になって、夫婦の真ん中には常に子どもがいます。子どもを最優先するあまり、夫を気にかける余裕がないことも。子どもが巣立ったあと、夫婦の関係はどうなっていくのだろう?
そんな問いが過ぎるとき、身近にいる素敵な夫婦が心に浮かびました。50代と40代で結婚をした飲食店を営むTさんと会社員のKさん。
ひとりからふたりへ。自分で稼ぎ、家事もできる自立したふたりは、どうして一緒にいることを選び、日々を重ねているのだろう。
ある日の食卓から、家族のものがたりを辿っていく連載「かぞくの食卓-table talk-」。第4話は、1年前に移住したふたりの逗子の自宅を訪ねました。
連載のバックナンバー「空想」からはじまる名もない料理
白い壁が眩しい、高台に立つマンション。海の風が草木を揺らし、かつて訪れた断崖絶壁のイタリアの島が想起され、リゾート気分に。自転車で「レンバイ」こと鎌倉市農協連即売所で買い物を済ませたTさんが出迎えてくれました。
Tさん:
「逗子に越してから、贔屓の店を持つというか、地元のものを食べようという意識が強くなってね。小坪漁港にある魚屋『谷亀』とか、漁師の直売所『大竹丸』とか。お店の人と言葉を交わす時間も含め、新鮮な野菜や魚をどう食べるかを考えるのが楽しいんです」
愛知から上京し、デザインの専門学校を卒業後、ゼネコンに入社。設計デザインの仕事を経て、33歳の頃に、神楽坂に店を構え飲食の道に進んだTさん。子どもの頃から父と釣りに出かけ魚を捌いていたこと、上京後のひとり暮らしで「安い食材をいかに美味しく食べるか」を試行錯誤したことが料理の原点。20年以上変わらぬ姿勢で、お店と家の厨房に立ち続けています。
Tさん:
「料理は独学で、レシピ通りにつくることはないんです。大体いつも空想から、手を動かしてみる。ちょうど昨日も“中東空想料理”と題して友人たちを招いていました。貧乏性なので、肉を焼いたときに出た脂さえももったいなくて、捨てられない。冷蔵庫にある余り物とか、副産物から名もない家庭料理が生まれることが多いですね」
トースターで焼いた餃子の皮をクラッカー代わりに。鶏のコンフィをつくった際に出た脂をスープの出汁に。パスタには安価なレバーやコンビニで買える甘栗を加えて。Tさんの食卓には気取らない創意工夫が溢れています。
Kさん:
「仕事としてお店でも料理をしているのに、飽きないみたいで。料理を構造的に捉えて、遊んでいるかのよう。あまりに楽しそうなので、家の台所も彼に任せています」
平日にKさんが出社するときのお弁当に、リモートワーク時のランチ。週末に乾杯して映画を観るブランチに、友人たちを招く夕食。ふたりの暮らしの真ん中には、Tさんの空想と手から生まれる多彩な食卓があります。
委ねても、自分の生活は手放さない
神楽坂の行きつけのワインバーで出会い、Tさんが51歳、Kさんが42歳の頃に結婚して7年。いわく「中年同士の結婚」に当初は戸惑いもあったと振り返ります。
Kさん:
「ふたりで生活を始め、料理を彼に任せることは命の一部を預けるというか、生活を明け渡す感覚がありました。それまでひとり暮らしが長く、自分が食べるものには自分で責任を持っていましたから。
最初は抵抗もあったけど、時間の経過とともに、安心して委ねられるように。彼が楽しんでつくるものを私が喜んで食べる。一緒においしいねって味わいながら。それが私たちのスタイルなんだと思えるようになりました」
料理をするのはTさんでも、食卓にあるのはふたりの生活。だからこそ、Kさんは要望もフィードバックも伝えます。感謝を前提に、からりと。

Tさん:
「僕は酒の肴の延長で濃い味付けが好きなんですよ。お弁当もテトリスみたいに白米の上にもぎゅうぎゅうに詰めちゃうんで『逃げ場のないお弁当はつくらないで』とよく言われます(笑)。彼女はサバサバしているし、嫌味がないから傷つかない。そうかそうかと思いながら僕も結局、自分好みの味になっちゃうんだけどね」
Kさん:
「いい大人同士、気持ちよく一緒にいたいので、言いたいことは我慢せずに伝えます。ささっと手短に。喧嘩もしますけど、なんでだったかすぐに忘れちゃう。引きずらないんです。お互い譲れないこだわりもあるので、前も言ったじゃん!と繰り返すことはありますが……」
相手を信頼して委ねながらも、自分の生活の手綱は放さない。どちらかが上に立つのでもなく、我慢するのでもない、からっとした風がふたりの間には通っています。
相手を変えず、自分も変わらない
料理だけでなく、掃除のやり方に洗濯の頻度。日々の生活のディティールには違いも生じます。
Tさん:
「例えば僕は、布巾と雑巾を一緒に洗っちゃうタイプ。でも、彼女からしたらありえない。そういう違いはありますよ。家事はお互いのやり方に干渉はせず、自分にできるタイミングでできることをやっています」
Kさん:
「夫婦はいちばん近くにいる他人。生活観の違いに驚くこともよくありますが、相手を変えようとはしない。私も変われないから。得意な方、気になる方、できる方がやればいい。諦めに近い尊重がありますね」
自分のやり方を相手に求めるのではなく、自分ができることを率先してやる。個の境界線を侵食しない、自立した大人のほどよい距離感が保たれています。
Tさん:
「ふたりで生活するようになってよかったことは、心地よい気遣いができること。僕はひとりだったらパックごはんをレンチンしてそのまま食べて、生活が自堕落になっちゃう。彼女が見てるから、彼女においしく食べてもらいたいから、張り合いが生まれてちゃんと料理ができる。誰かと生活をするちょっとした緊張感、心地よい気遣いが日々を充実させてくれていると思います」
Kさん:
「生活って消えて残らないものだけど、毎日の積み重ねは文化的な営みだと思うんです。違いを尊重しながら、ふたりから生まれる文化を楽しんでいるのかもしれません。高尚なことじゃなく、洗濯物をどう干して畳むのかとか、そういうこと」
60歳を見据えた、ゆるやかな暮らし
神楽坂から逗子への移住は、友人宅に遊びに来た帰り、海辺を散歩していたときに「ここで暮らせたらいいね」と妄想したことから「成り行きで決めた」そう。
Tさん:
「神楽坂ではほぼ毎日夕方から店に立って、朝まで飲み歩くような生活をしていたのでね。逗子への移住は、60歳を前にゆるやかにペースダウンをしていくためのグラデーション。人生に春夏秋冬があるとすれば、冬は冬でゆっくり楽しみたいなと」
Kさん:
「私は向こう10年は都内でしっかり働くつもりなので、逗子での暮らしはメリハリになっています。平日の生活リズムは合わないけど、週末はふたりでゆっくり過ごせるようになった。神楽坂では基本外食で予定を詰め込んでいたけれど、ここでは散歩に出かけるくらい。そんな暮らしが今は心地良いし、これからの自分たちに合っているような気がします」
夏の朝は、観光客で賑わう前に海で泳ぎ、家に戻ってシャワーを浴びたらバルコニーでビールを開けて、のんびりブランチ。映画を観てあれこれ話して、夕方には鎌倉の街まで歩いて酒場を巡り、ふたりで家に帰ってくる。
Kさん:
「ひとりだったら当然、今の生活にはなっていなかった。逗子で暮らすこともなかったと思います。食事もただお腹を満たすだけじゃなく、おいしいねって言い合える。ふたりだから広がった景色と喜びがあります」
Kさんが学生時代から交流のある、パリでひとりで暮らす100歳の婦人を訪ねた思い出。Tさんが友人から譲り受けた派手な黄色いダウンを着て行ける、冬の北海道の旅の計画。そんな話をしながら、ワインを空けて、コーヒーを淹れて。ふたりの穏やかな時間は続いていくのでしょう。きっと、いつまでも。
台所に立ったままではなく、食卓を囲んでごはんを食べる。「ただいま」と「おかえり」を言い合う。誰かとともに生きることに、おおげさな意味はなく、あるのはそんなささやかな生活の繰り返しなのでしょう。
あまりにも距離が近くなると甘えが生じて、ぞんざいに接してしまいがちだけれど。ちょっとした心地よい気遣いをいつまでも忘れずに。ただ、一緒に生活する今を重ねていこうと思います。
湯を沸かし塩を入れてパスタを茹でる。フライパンに鴨肉(もしくは鶏肉)の脂を乗せて、みじん切りしたニンニクと玉ねぎ、小さく切った鴨肉と血抜きしたレバーを炒めて、塩と白ワインを加える。細かく切ったイタリアンパセリ、裂いた木の子、甘栗を加えて煮込み、茹で上がったパスタを和える。塩で味をととのえ、お皿に盛り付けて、イタリアンパセリを散らして、召し上がれ。
Tさん:
「レバーを少し加えると味に変化が出るんです。栗はコンビニで買えるパウチのもの。木の子は2種類くらい入れるといい出汁に。パスタの種類はなんでも、家にあるものでいいと思います」
photo :井手勇貴(7枚目以外)
Tさん
愛知県出身。デザインの専門学校を卒業後、ゼネコンを経て、神楽坂で創作料理居酒屋を営む。
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