【言葉と生きる】後編:たくさんの人より、目の前の人に届く言葉を選ぶ。(文学者・荒井裕樹さん)

【言葉と生きる】後編:たくさんの人より、目の前の人に届く言葉を選ぶ。(文学者・荒井裕樹さん)

ライター 瀬谷薫子

言葉を信じ、適切に向き合っていくヒントを探して、『まとまらない言葉を生きる』著者であり文学者の荒井裕樹さんにお話を伺っています。

前編では、人にはそれぞれに違う言葉が詰まっているというお話を聞きました。ならば自分自身の中にはどんな言葉が蓄積されているのか。後編では、自分らしい言葉について考えていきます。


前編から読む

自分はどんな言葉に心動かされてきただろう?

今年5月に出版された新たな著書『たった一人の読者を生きる』では、荒井さんがこれまでに触れてきた印象的な言葉の数々が綴られています。

荒井さん:
「人は日々言葉を使って生きていながら、自分がどんな言葉でできているのかを意識する機会はほとんどありません。

ならば、それがなんであるかを確かめてみたい。自分はどんな言葉に反応し、心動かされて生きてきたのかを、一度振り返ってみたいと感じたことが、この本を書いた動機です」

取り上げられているのは、『まとまらない言葉を生きる』と同様に、障害や病気を抱える方々の言葉。小さな会報誌に載る小説から、荒井さんに宛てられた手紙まで、限られた読者に向けて綴られた、個人的な物語です。

著名な作家の作品に比べれば、決して完璧な文章ではないかもしれません。それでも、それらには「街の大きな書店にきれいに並べられた小説や詩集よりも、魂を揺さぶられる力がある」と荒井さんは綴っています。


たくさんの人より、目の前の人に届く言葉を選ぶ

荒井さん:
「学者という立場の自分はよく、世の中の言葉をどうしたらいいか?という質問をされることがあります。けれど正直なところ、そんなにスケールの大きな話になると、あまり実感が湧かないんです。

私が見ているのは、いつも自分の周りにある言葉であって。自分がそれをどう受け止め、どう使うかを考えることの方が大事だと思っているからです。

今回の本は、文体をあえて砕けた話し言葉にしました。まるで私が読者に直接話しかけ、一対一でひそひそ話をしているような。そんなイメージで書きました。

今の世の中は、言葉をどれだけたくさんの人に拡散させるかが重視されていて、たとえばSNSでも、あえてインパクトのある言葉を選び、話をする人が増えているように感じます。ならば私は、この本ではその逆をやりたいと考えたんです」


言葉は、無力ではない。

たくさんの人に向けた言葉と、目の前の人に向けた言葉は、性質が違っていて、想いを届ける言葉としての力は後者にこそあるのではないか。最後に話してくださったのは、身近な家族とのエピソードです。

荒井さん:
「妻とは結婚して20年くらい経ちますが、子どもが物心ついたくらいの頃から、なんとなくお互いの名前に “さん” を付けて呼ぶことが増えてきたような気がします。もともと互いに尊敬するところがあって結婚という選択肢を選んだのですが、一緒に暮らしを積み上げてきた時間が重なるほどに、敬意も増してきたのだと思います。

気の置けない相手だから、あえてぞんざいに扱って関係の深さを確かめ合う、という人もいると思います。これまで自分が生きてきた世界では、親しいからこそラフな言動を許容し合うような価値観がありました。

でも、自分はそうされることが決して心地よくはなかったんです。それに、私と妻が互いに『パートナーにどんな言葉を使うのか』を、息子は毎日目にすることになるので。

長い時間、家族という関係を維持するために、互いが言葉に込めたり、託したりするものが変わってきたような気がするんです」

想いを込めた言葉は、ときに状況や関係性を変えていくこともある。それは、言葉は無力ではないというひとつの証明にも聞こえました。


言葉という容れ物に、自分らしさを詰めていく。

荒井さん:
「難しいことを色々話してしまいましたが、実際のところは、『どんな場面においても、誰も傷つけず、なにも間違わず、全方位的にスマートにやり取りできる言葉』なんて私にもわからないんです。

妻や息子にかけるべき言葉に迷うこともありますし、誰かに的外れなことを言って怒られたり、呆れられたりすることも多々あります。

でも、ある時ふと気付いたんです。自分にとって大事な人や、尊敬する人も、いつもいつも論理的な言葉や完璧な言葉を使っていたわけではない。ただ、"その人らしい言葉" を話していたんだって。

学者として厳密な言葉を扱う一方で、私自身も、自分らしい言葉を守っていけたらいいのではないかと。そう思えるようになって、言葉と向き合う気持ちが楽になりました」

「頑張れ」「大丈夫」「ありがとう」。言葉が持つ意味はひとつで、それを交わせば、誰とでも齟齬なく通じ合えるものだと思っていました。

でも、言葉は容れ物で、そこに息を通しているのは自分たち自身の心。人の数だけ込められている想いは違い、それぞれの言葉に想いをのせていく作業が「自分らしい言葉を作る」ことなのではないかと考えました。

想いが違えばときにすれ違いもあります。それでも、心ない言葉を連ねるより、せめて目の前にいる相手には心ある言葉を使っていたい。そこからは思いがけない喜びや感動が生まれる可能性もあるからです。

同じ言葉の奥にある差異を知り、尊重し合うことが、本当の意味での「対話」なのかもしれません。

自分はどんな言葉を生きたいか。大切な人はどんな言葉を生きているのか。まとまらない言葉と共に生きる勇気が、少しだけ湧いて来る気がしました。


【写真】吉田周平


もくじ

荒井裕樹

1980年東京都生まれ。早稲田大学文学学術院教授。作家、文学者。障害者文化論と日本近現代文学を専門にする。著書に『隔離の文学──ハンセン病療養所の自己表現史』(書肆アルス、のちに増補新装版)、『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)など。2026年5月に最新作『たった一人の読者を生きる』(柏書房)を刊行。2022年、第15回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞受賞。2025年、第47回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)受賞。

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