これから先、不安より楽しみを描けるヒントを探しに、陶器の街・栃木県益子で美しい庭のある家に暮らす信田良枝(のぶた・よしえ)さんを訪ねました。
信田さんは55歳でカフェ「ごはん屋ギャラリー『猫車』」をオープンし、69歳で閉店。70歳からはひとり暮らしを始め、現在は手作り服「coromo」の運営やSNSでの発信をしています。
前編では里山の風景につながる家のこと、カフェのことなどを伺いました。つづく後編では、カフェ閉店後の隠遁生活、いま一番楽しいと語る服作りについてお聞きします。
これからは心に素直になろう、と決めた
多忙で体調を崩し、やむなくカフェを閉店した信田さんは、その後3年にわたり、のんびりした時間を過ごしたそう。
信田さん:
「カフェを営業していたときは、朝起きてからずーっと時間に追われ、こんなに自然豊かな土地で暮らしているのに、鳥の声にも風の匂いにも気づかないような状態でした。
カフェをやめてからは、リビングのベンチで横になって本を読み、お腹が空いたらごはんを作り、空かなかったら食べない、みたいな、一切の決まりごとをなくして自分の欲求だけに従い、生きることにしたんです」
信田さん:
「私はお酒が好きで、夜は晩酌するんですね。少ししか飲まないけれど、ビール、焼酎、ワイン、なんでも飲む。
ごはんは食べずに、おいしいおつまみをちょこっとつまんで寝ると、朝、小腹が空いて目が覚めるわけです。だから朝ごはんがすごくおいしいの。そういうちょっとした発見が続くと、退屈することがありませんでした。
『ひとりで寂しくないですか』と聞かれることもありますが、ひとりでいる時間が好きだということに気づいたのも大きかった。
会いたいと思える人がいないのは寂しいけれど、子どもも含めてそういう相手がいてくれさえすれば、そんなに寂しさ恐怖症みたいにならなくてもいいんじゃないですかね」
信田さん:
「もともと猫みたいにわがままな性格だということにも気づき、ひとりはとても心地よかったです。
でも3年もぼーっと過ごしていると、社会との接点がほしくなるんですよ。人にアップアップしていたのに、不思議なものですね」
そんなタイミングで、自作の服が友人たちのあいだで評判を呼び、服作りを始めることになりました。
きっかけは、いただきもののミシン
手作り服「coromo」は、夏をのぞいて季節の変わり目ごとに販売会をしています。
もともと「なければ作ろう」と考えるほうだから、子どもの服はよく作っていましたし、参観日に着ていく服を作ったこともあったそう。
信田さん:
「手芸屋さんに飛んでいって布を買い、腰巻きみたいなスカートと、ぽんと上に羽織れる服を1日で作りました。舞台衣装みたいなものだから、明日破れても、1日持てばいいって(笑)」
信田さん:
「当時のミシンはダメになってしまったけれど、カフェを閉店したあと友だちが『使わないミシンがあるけど、いる?』って。『あげる』といわれたら、よほどのことがない限り、もらうことにしているの。
昔よりずっと使いやすくなっていて、NHKのソーイング番組を参考に作ったのがズボンです。
ウエストはゴムで、ポケットは必須。ズボンは長さが肝で、上に合わせるものでどれくらいがいいか変わってきます」
頼まれたら全力で相手を喜ばせたくなる
信田さん:
「ワンピースの下ならどんな丈でも合わせやすいとか、短い上着ならずぼっと長い丈がいいとか。色が好きで買った布も、ごわごわして服には合わないとか、薄すぎて透けてしまうとか。
習ったわけではないから、そういうことも作りながらわかってくる。そうした発見がおもしろいし、自己流だからこそ、正解から外れる新しいものができたりするんですよね。
そのうち、友だちが『私にも作ってよ』って。人のために作るつもりなんてなかったけれど、働くことは好きだし、頼まれたら相手を全力で喜ばせたい。それが私の生きる原動力なんです」
信田さん:
「私たちくらいの年齢になると、みんな細いズボンにチュニックを合わせて体のラインを隠して、これを着ていれば安心、って制服みたいになっちゃうんですよ。
それではおもしろくないでしょ、と思っています。家にいるからどんな格好でもいいという発想はなくて、自分が鏡に映ったときにがっかりしたくない。
若作りのための服じゃなくて、70歳でも80歳でも90歳でも、その年齢を輝かせるための服ってどういうのかな、と思って作っています。自分自身もそういう服が着たいし、みなさんにも着てほしい。
お客さまは販売会に来て試着すると、『かわいい、かわいい』と言い合っています(笑)」
やりたいことをやる。人生、楽しまなきゃウソよ。
東京でバリバリ働いていた時期を経て、自然豊かな益子での子育て、カフェオーナー、そして服作りと、自然ななりゆきで歩んできたという信田さん。
これからの暮らしについて、思い描いていることはあるのでしょうか。
信田さん:
「ううん、ない。ないっていうか、行き当たりばったり。
ただ、世間体とかは考えずに、やりたいことをやりたい。未来を自分で決めちゃうくらいおもしろくないことはないんですよ。
お金はね、あったほうがいいに決まっているんだけれど、老後これで生きていけるのだろうか、なんて考えてもどうにもならないことは考えない。
それより健康な体と精神でいることが大切ね」
信田さん:
「若くても、年を取っていても同じで、どうなるかわからない未来を心配するのではなく、今を充実させるためにどうするか。
頭でっかちに考えるより、皮膚感覚で楽しそうなほうに行ったほうがいいんじゃないかと思います。
生涯現役で、やりたいことを一生懸命追いかけることが、一番重要なんじゃないかな」
昨年の秋には、若い友人とベトナム旅行に行き、フランス植民地時代の面影を残すサパという街に宿泊したそう。
“秘密の恋人たちが泊まる”ようなバンガローで素晴らしい景色を堪能。食事はおいしくなかったけれど、それも良い思い出、と笑います。
「人生、楽しまなきゃウソよ。いつ死ぬかわからないんだから、先のことを考えて我慢したりしないの」と信田さん。80歳になったらヨーロッパ旅行に行こうと話しているのだとも。
いろいろ経験したからこそ辿り着いた楽天的な生き方に、憧れが募りました。
(おわり)
【写真】井手勇貴
もくじ
信田良枝
1947年東京生まれ。26歳で結婚し、33歳で益子に移住。一男一女を授かる。55歳で「ごはん屋ギャラリー『猫車』」をオープンし、人気店に。69歳で閉店し、70歳からひとり暮らし。自分のために作った服が評判を呼び、年に数回自宅で販売会を開いている。
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