【78歳、庭をながめて】前編:栃木・益子で一人と一匹。気持ちよく目覚めたら、それが起床の時間です

【78歳、庭をながめて】前編:栃木・益子で一人と一匹。気持ちよく目覚めたら、それが起床の時間です

ライター 長谷川未緒

これから先、不安より楽しみを描けるヒントがあったなら……。そう考えたとき、素敵な先輩の話を聞いてみたいと思いました。

訪ねたのは、陶器の街として知られる栃木県・益子で、美しい庭のある家に暮らす信田良枝(のぶた・よしえ)さんです。

信田さんは55歳でカフェ「ごはん屋ギャラリー『猫車』」をオープンし、69歳で閉店。70歳からはひとり暮らしを始め、現在は手作り服「coromo」の運営やSNSでの発信をしています。

前編では、里山の風景につながる家のこと、カフェのことなどを伺いました。


時間の積み重ねが、こういう家になりました

信田さん宅のリビングは、緑の広がる庭に大きな窓が面しています。テラスは床と同じ高さだから、部屋が庭へとのびていくよう。

信田さん:
「朝日がちょっと差しこむくらいの時間に起きて、逆光のなか飛ぶ鳥の黒い影を見たり、さえずりを聞いたり。風を感じたりしながら、コーヒーを飲む時間が最高なんですよ」

聞いているだけで気持ちがほどけていくような、のんびりした時間が流れます。季節の花のあしらいや、手作りのティーマット、彫刻のような椅子など、インテリアも魅力的。

信田さん:
「こだわりがあって探して買うというより、好きなものとの出合いがあったら、お財布と相談して、という感じなの。

その時間の積み重ねがこういう家になっているだけ。一番のお気に入りは何ですか?と聞かれることもあるんだけれど、そういうことではないんですよね」

東京で育ち、大学卒業後はデパートの広告を作る仕事をしていた信田さん。26歳で陶芸家の卵と結婚し、数年間の別居婚を経て33歳で益子で暮らすことになりました。

信田さん:
「建築家・吉村順三さんの軽井沢の山荘の写真を見て、なんて素敵なんだと衝撃を受けたので、オフィスの仕事机で図面を引いたりして、この家の設計に夢中になりました」


益子には、自分で作る人が多かったから

この家には、信田さんの理想がつめこまれています。

 信田さん:
「窓が額縁のようになって自然を取りこめて、天井が高くてがらんとしていて、木と土と紙でできた家。

アルミサッシが新建材という時代でしたから、大工さんは使いたがりましたけれど、できたときがピカピカであとはボロになるだけ、みたいな家には住みたくなかったんです。

益子にはものを作る人たちが大勢いて、なんでも自分たちで作って、素敵に暮らしていました。

私たちも、ワクワクしながらいろいろなものを作りたいね、と」

 信田さん:
「最初はテーブルとベッドさえあればいいという話になって、材木屋さんに行き、松の丸太から厚い板を切り出してもらいテーブルの天板に。生木でしたから、干しながら使っているようなものです。

東京で働いていたときは、お給料日はワクワクしたし、買う楽しみも知っています。

でもものづくりの里で暮らすようになり、私たちも自分たちなりに工夫しながら、部屋を整えていきました」

2児に恵まれ、専業主婦として過ごした時間も、素晴らしかったといいます。

信田さん:
「私は田んぼと畑の違いもわからないくらいの都会育ちでしたが、夫は田舎で生まれ育ったから、自然を相手に遊ぶことが上手だったんです。

よくやったのは、藪こぎといって道がない藪の中を行くの。先頭を歩く夫が棒で茂みをかきわけ、そのあとに子どもたちと私が続く。

夫は川の遊び方、山の遊び方、いろんなことを知っていて、私も子どもたちと一緒に学んだような感じです。本当に楽しかったし、いまでは野に咲く花も畑の植物の花も、なんでもわかるようになりましたよ」


器とごはんと庭。50代でカフェを始めました

50代に入り、子どもたちが独立したのを機に、働きに出ようとした信田さんでしたが……。

信田さん:
「友だちに話すと、『あなたね、その年齢で仕事なんてないわよ』と。いくつか面接にも行ったけれど、断られてしまって。

だったらこの家で、夫の器と体にいいごはんと庭の3本柱でカフェをはじめようと思ったんです。

夫が焼き物を始めたころは、いわゆる焼き物ブームだったんですが、やがて下火になってきたこともあり、陶器の魅力や楽しみ方をみなさんに知ってもらえたらな、と」

信田さん:
「『この器、どう使ったらいいんですか?』と聞かれることがあるんですが、どう使ってもいいと思うんです。お皿として何を盛りつけてもいいし、きれいだと思うなら飾ってもいいし、花器にしてもいい。使い方を考えるのが楽しさですし。

カフェでは、彼の器に、季節感を大切にした食事とケーキを。できればみんなが『へぇ〜』と驚くような組み合わせや盛り付けをしたいといっぱい考えました。

私、何の才能もないけれど、努力の才能はあるの。

仕事って楽しいことばかりじゃないけれど、苦しみ甲斐のある楽しさならば続けられるし、自分のものになると思うんです」

「ごはん屋ギャラリー『猫車』」は、隠れ家カフェのはしりだったこともあり、マスコミに大きく取り上げられたそう。

信田さん:
「最初はお客さんが来なくて『どうしよう』と思ったけれど、すぐに流行りだして、寝る間もないくらい忙しくなりました。

大型の観光バスでお客さんがどっと来ることもありましたし、カフェ内にギャラリーを併設して作家さんの器を置いたり、コンサートなどのイベントをしたりも。

全部ひとりでやっていたから、とっても大変でした」

信田さん:
「最後のほうは、体が動かなくなっちゃって……。

スタッフに『何かあったら呼んでちょうだい』とお願いして、部屋にこもるんですけれど、季節ごとに来てくださる常連のお客さまがいるんですね。

『良枝さん、いないの?』と言われたら、出ていくわけです。満面の笑みで。辛かった。

とうとう『休業します』とお知らせを出しました。69歳のときです。辞めるつもりではなかったんですけれど、もう元に戻れなくなってしまいました」

無我夢中で走りつづけた55歳から69歳のカフェオーナーとしての生活。

多忙を極め、体を壊してしまったことから、惜しまれつつ閉店することになりました。

ときを同じくして夫と離婚。70歳からはひとり暮らしに。

続く後編では、3年にわたった隠遁生活のような日々、洋服作り、現在について伺います。

(つづく)


【写真】井手勇貴



もくじ

第1話(5月25日)
栃木・益子で一人と一匹。気持ちよく目覚めたら、それが起床の時間です

第2話(5月26日)
心に素直に。70歳から始めたひとり暮らしは「人生の休暇」でした

信田良枝

1947年東京生まれ。26歳で結婚し、33歳で益子に移住。一男一女を授かる。55歳で「ごはん屋ギャラリー『猫車』」をオープンし、人気店に。69歳で閉店し、70歳からひとり暮らし。自分のために作った服が評判を呼び、年に数回自宅で販売会を開いている。

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