【5秒のみつけかた】前編:嬉しい、悲しいという言葉は使わない。見たこと、聞いたこと、それだけを書く
編集スタッフ 松田
「かけがえのない日々」という、聞き慣れたフレーズ。
それはその通りだと思いつつ、でも時折、わたしは自分の日常を本当にかけがえがないものとして捉えられているのか不安になることがあります。目の前のことに追われているうち、毎日を同じ繰り返しとしてやり過ごしているだけなのではないかと。
そんなときに読んで、ガツンと衝撃を受けたのが、古賀及子(こが ちかこ)さんの日記エッセイ「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」(素粒社)でした。
たった数秒の出来事の気持ちの揺れ動き。たしかに実在していたのに、ぼんやりと通り過ぎてしまった一瞬のこと。
古賀さんの日記を読んでいると、朝起きてから寝るまでの1日の時間に、想像以上にたくさんの新しい発見や、思いがけない嬉しさ、つい笑ってしまうようなおかしみがあることに気づかされます。そして、自分の生活にもそんな5秒がなかったか、振り返りたくなるのです。
今回のインタビューでは、古賀さんのご自宅を訪ね、そんな「生活をみつめる眼差し」についておしゃべりをしてきました。
日記をつけたいけれど……という方に向けての、ちょっとしたヒントも教えていただきました。
面白いものがあるぞって、自分で気づかないと仕事がはじまらない
「日記は1日のことをまるまる書こうとせずに5秒のことを200字かけて書くと書きやすい」。これは古賀さんの連載、「5秒日記」の冒頭にある一文です。
5秒を200字かけて書く日記って? たとえば古賀さんは、朝の一場面をこんなふうに綴ります。
12/1(金)
朝食の茹でたブロッコリーに使おうと冷蔵庫から出したマヨネーズが、チューブのなかでもうあと少ししかない。残りを搾り口へよせるべくチューブをぶんぶん振りながら、一生であと何回マヨネーズを買うだろうと思う。
娘がよく、物事を人生のスパンでとらえようとするのだ。
「これまでの人生で何回塩と砂糖を間違えたことある?」
「一生のうちこの嬉しさって何位くらいだと思う?」
「今までの人生で爪きりの時間の合計ってどれくらいかな?」
娘が人生を語りはじめる前まで、私にとって一生はもっと壮大で切実なものだった。娘のおかげで最近の人生はささいで他愛なく、そうして気安い。
(5秒日記 第5回より)
── さきほどのマヨネーズのエピソード、すごく好きなんです。生活のなかの一瞬の5秒にフォーカスをして細かく捉えていく古賀さんの視点は、すごく豊かで素敵だなと思うのですが、その視点は日記をつけるようになる前から、お持ちだったのでしょうか。
古賀さん:
「ものごとを細かく捉える視点は、デイリーポータルZというwebメディアで、20年ほどライターをしていた経験から得たものが大きいのかなと思います。
デイリーポータルZは、どのレポート記事も主体が “自分” であることを信条につくられているんです。べつの誰かの興奮に乗っからず、自分の興奮を何よりも大事にする。そこがすごくユニークなメディアで。
ライター時代は、記事のネタ探しに苦労しました。なにかここに面白いものがあるぞって、まず自分自身が気づかないと仕事がはじまらないから。
例えば、買い物へ行ったらちょっと変わったチーズが売っていた、とか、そのくらい些細なことで興奮しなくちゃいけないんです。その信条で、毎日それなりの文字数の文章を書いてきたから、細かなことに気づいて興奮する力が異常発達しちゃったのかな(笑)」
古賀さん:
「そうやってライターの仕事として、日々面白いことを探してきたわけですが、30代後半頃から個人的にブログで日記を書いて公開するようになって。
日記にも書く場を増やしてみたら、興奮する対象が自分の生活の中で起きるものごとにも見つけられるようになりました。朝起きて布団の中でまどろんでいる時間や、娘や息子と交わした会話、食べたものの味わいや、季節や天気の移り変わりとか。
仕事のようにネタを探しにいかなくても、生きているだけで面白いことがめちゃくちゃ起きていて、それを日記として綴っていたら本になり、たくさんの方に読んでいただけるようになりました」
書くことは、モヤモヤを真に受けすぎないスイッチ
── 古賀さんの日記は、随所にユーモアが感じられるのと、どこか一歩引いた目線で目の前のことを捉えていて、カラッとしているのが好きです。自分もそんな視点を持つことができたら、同じ生活でもより楽しく感じられそうだなって。
古賀さん:
「私の日記は、自分が読んでも面白いものを、人にも面白く読んでもらいたい。そんな目的で書いています。
だから、ネガティブなことや悩みは自分で読んでいて面白くないから、書かないんですよ。もし公開しない日記を書くとしたら、身体のここが痛いとか、アイツめ〜とか、モヤモヤした愚痴ばかりになるかもしれないです(笑)
もちろん、悩みがないわけではなくて、生きているといろいろあります。そういうモヤモヤに囚われたときは、“つまんないこと考えてるな、自分”と、あまり真に受けないようにしているというか。日記や文章を書くときに、特にそういうスイッチが働く気がしますね」
「感想」を、あえて消す
── 日記を書いているスタッフがクラシコムにも何人かいるんですが、「心の動きや葛藤を言葉で残したいけれど、うまく書けない」という話になりました。出来事の記録をつらつら書いているだけで、味気ない気がすると。
古賀さん:
「そうかぁ。みなさん、気持ちを書き残したいと思っていらっしゃるんですね。
近頃はワークショップをひらいて日記を書くコツをお伝えする機会もあるのですが、じつは私、『感想は書かなくてもいい!感想禁止!』と、強く伝えてきたんですよ」
── 感想禁止! 感想というのは、嬉しかった、悲しかった、辛い、悔しい、嫌だった、とか?
古賀さん:
「そうそう。そういう言葉は使わずに、まずはいったん、見たこと、聞いたこと、それだけを書く。
感想を書くって本当はすごく難しいことだと思うんですよ。無理やり書こうとすると、一時的な感情に振り回されたり、どこかで見聞きした感想になって自分の考えじゃないものになってしまったりします。
そこに至るまでの道筋を、じっくり観察してみると、そのときの感情が、唯一無二のユニークなものとして、立ち上がってきます。観察に徹することで、『あ、いま自分はこんなふうに思っているな』と、俯瞰的に “気づく” ことができるようになる。
嬉しいとか、悲しいという言葉で終えてしまうよりも、ずっと面白いことが見えてくると思うんですよね」
── たしかに、嬉しいとか、悲しいという感想を一言で表す言葉は便利なので使いがちですが、書きながら、うーん、ちょっと違うんだよなぁと思うことがあります。
古賀さん:
「わかりますよー。私も書きながら、違うなぁって思うことは今もあります。そういう時は、感想を書いた部分をあえて消すんです。語彙を変えるとうまくいくこともあるけれど、それは応急処置かな。
遠回りのように感じられても、うん、まずはやっぱりちゃんと観察したいですよね。そのときどんな出来事が起こったかを。そうすると、どんなふうに心が動いたかも気がつくと思うんです」
古賀さんのお話は、後編へ続きます。
【写真】土田凌
もくじ
古賀 及子(こが ちかこ)
エッセイスト。 著書に日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』、『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、『気づいたこと気づかないままのこと』(シカク出版)。2024年12月に『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)を刊行予定。
note:https://note.com/eatmorecakes X(twitter) :@eatmorecakes
『うんともすんとも日和』に、古賀及子さんが登場!
私たちが大好きな「あの人」のいまの生き方に迫る、ドキュメンタリー番組『うんともすんとも日和』、第51弾では連載『5秒日記』でお馴染みの古賀及子さんにご登場いただいています。
古賀さんのとある1日に密着し取材。最初に日記を書き始めたのは偶然で、子育てがひと段落した頃のことだったと振り返りながらお話ししてくれました。
ぜひご覧ください。
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