【あの人の生き方】第3話:気づくのが早くても遅くても。役割は、誰にでも必ずある。

ライター 嶌陽子

文筆家・イラストレーターの金井真紀(かない まき)さんに話を伺う特集。第1話では子ども時代のことや大学卒業後のさまざまな仕事のこと、第2話では40代で本を書く仕事を始めるまでのいきさつを教えてもらいました。

最終話の今回は、これまでの本の取材を通じて金井さんが考えてきたことを伺います。

1話目から読む

 

世の中にはいろんな人がいるっていうことを感じたい

41歳で文筆家デビューした金井さんは、それ以降10冊以上の本を出してきました。国もテーマもさまざまな中、共通して浮かび上がってくるのは、世界の人々の多様さ、そして一人の人間が持つ顔の多彩さです。

金井さん:
「おじさんとか銭湯とか、たいていは自分の好きなことや興味からテーマが決まります。『テヘランのすてきな女』も、イランに女の相撲選手がいると聞いて、長年の相撲ファンとして興味を持ったのがきっかけのひとつです。

1人の人をじっくり掘り下げるより、いろんな人をちょっとずつ集めて並べていいねって言いたいという願望があります。世の中にはいろんな人がいるっていうことを感じたいし、それを一緒に感じてくれる人を増やしたくて本を書いているところもあるかもしれません。

取材を重ねていけばいくほど、 “世界は広くていろんな人がいる、そしてそれはどうやら全部つながっている” っていう思いは強まっています」

 

「のんきな社会派」が自分の役目

▲取材先でつけるノート。イラストはその場で描くこともあれば、写真を撮ってあとで描くことも。

ナチスによる虐殺を生き延びたユダヤ系フランス人、同性愛が死刑の対象になるイランで性的マイノリティとして生きる若者、紛争が続く母国から逃れてきて日本で難民申請中の人……。金井さんの本には、戦争や植民地、難民、差別などの影響を受けた人々も登場します。

重いテーマにもかかわらず読み進められるのは、語る人の体温が伝わってくるような温かな文章や、相手の話に一緒になって涙を流したり憤ったりする金井さんのまっすぐな姿があるから。その人の声を聞いているような気持ちで、世界中のさまざまな問題を知ることができるのです。

▲左・今年6月に出版した、イランの女性たちのインタビュー&スケッチ集『テヘランのすてきな女』(晶文社)。右・日本に暮らす18組20人に話を聞いた『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)。生き生きと綴られる一人ひとりの物語から、さまざまな社会の現状や歴史が見えてきます。

金井さん:
「私自身は社会問題を扱った重厚なノンフィクションなどを読むのは大好きで、すごい仕事だなって憧れるんですが、自分にはとても書けないなと思うんです。

私には楽しい、のんきな感じの本しか書けない。でも、その中にほんのちょっとでいいから、いわゆるマイノリティと呼ばれる人々や、顔が見えなくされているような人たちのことが入っていれば、みんながうっかり読んだりするのかなって。私にできるとしたらそのくらいかなあ。そういう “のんきな社会派” みたいな感じが自分には合っているのかなって思っています」

 

ごちゃごちゃ、だからおもしろい

©️難民・移民フェス実行委員会

そんな金井さんが仲間と共に2022年に始めたのが、「難民・移民フェス」。著書『日本に住んでる世界のひと』の取材を通じて難民申請中のコンゴ民主共和国(旧ザイール)出身の男性と友達になったことをきっかけに始めました。

「難民・移民フェス」とは、日本に暮らす難民・移民の人々(とくに「仮放免」の人たち※)が自分の国の料理をふるまったり、手芸品や音楽、踊りなどを披露したりしながら、訪れたお客さんたちと交流するイベント。今年の7月に第5回を開催、次回は来年春頃に計画しているそうです。

※…「仮放免」とは、日本での在留資格を得られなくなった人々に、入管収容施設の外での生活を認める制度。仕事に就けない、健康保険に入れない、移動に制限があるといった制約があります。(参考:出入国在留管理庁、難民支援協会(JAR)、『それはわたしが外国人だから?―日本の入管で起こっていること』2024年4月、図書出版ヘウレーカ、安田菜津紀・金井真紀著)

©️難民・移民フェス実行委員会

金井さん:
「取材や友だちづきあいを通じて、日本の難民認定率が世界の他の国と比べてとても低いことを知りました。料理が上手なのに仮放免中のため仕事に就けない人とか、ほかにも働けない仮放免の人がいることもだんだん分かってきて、すごくもったいないなと。

だったらそれぞれの得意技を活かしてお祭りをしよう!ということから始まりました。売り上げや寄付は実行委員会が管理して、国内外の難民を助けるために使うという仕組みにしています。

始まる時間に遅刻する人もいれば先に始めちゃう人もいて、もうごちゃごちゃ。面倒なことも含めていろんなことが起きるんですが、私が求めてる『世の中にいろんな人がいる』ってまさにこういうことだなって。それがおもしろいんです。

もちろん難民当事者たちは日々厳しい現実を生きていて、おもしろいとばかりは言っていられないのですが、少しでも一緒に楽しめることがあれば。できることをこれからも続けていきたいです」

 

任務は「多様性をおもしろがる」

金井さんのプロフィールに必ず書かれているのが「『多様性をおもしろがる』を任務とする」という一文。国内外のたくさんの人たちを取材したり、交流したりするうちに、自然とそう思うようになったのだといいます。

金井さん:
「取材する前は、自分の中にも相手の国や暮らしなんかに対して先入観がすごくあるし、考えが凝り固まってることがよくあります。でも、実際に出かけてみて現地の人に会ってみると、そうだったのか!って思うことがいっぱいあるんです。

イランも行く前は “危ない国” というイメージがあったけれど、現地に行ってみたらみんな朗らかで、どっしり構えていて。街はきれいだし、人が信じられないくらい親切で、大好きになっちゃいました」

▲最近はクルド人の民族衣装のドレスについて調査中だそう。「このネックレスは先日、イラクにあるクルドのドレスのお店に行った際、お店のマダムにいただいたものです」

金井さん:
「難民や性的マイノリティの人たちとか、いわゆる顔が見えなくされているような人たちにしても、彼らがかわいそうな、か弱い存在かっていうと、必ずしもそうではないんですよね。すごく強かったり、意外とツッコミどころがあって面白かったり、付き合う中でときには腹が立ったり。

取材したり仲良くなったりしているうちに、弱い人だから守ってあげなきゃっていうのも違うなってだんだん分かってきました。

遠い存在だと思っていた人も、意外と自分と同じ悩みを持っているんだなとか。想像していたことと違った、みたいなことが楽しくて、その積み重ねで、 “多様性をおもしろがる” を思いついたのかもしれないです」

 

自分の役割に遅く気づく楽しさもきっとある

「得意なことが何もない」といじけていた10代の頃から数十年。今、金井さんは「人を好きになること」を武器にさまざまな人々のストーリーを集め、世界の多彩さを私たちに見せ続けてくれています。文筆家・イラストレーターとなって約10年、取材を続ける中でどんなことを感じてきたのでしょう。

金井さん:
「この世の中は役割分担で、みんなが必ずそれぞれの役割を持っている。たくさんの人に会ってきて分かった一番大事なことは、それかもしれません。

自分の役割に早く気づけば、長くそれに従事できて素晴らしいなと思います。私は役割に気づくのが本当に遅かったし、まだこれからも迷走するかもしれない。でも、遅く気づく楽しさもきっとあると思うんです。

それまでやってきたことがすごくバラバラだと思っていたのが、けっこう繋がっているところもあるなって。遅く気づくことで、そう思える面もあるんですよね」

金井さん:
「前に取材した起業家の方が『人生死ぬまで暫定だ』って言ったんです。生きている間は、いいか悪いかなんて何も確定しない。するのは亡くなったあとだって。

本当にそうだなあと思います。若くしてすごく成功しても、逆にすごく苦しいことがあっても、そこで人生は終わらずに続いていく。だからずっと暫定だと思って生きていくといいんだなって思っています」

それぞれが、それぞれの場所で自分の役目を果たしている。金井さんの本が教えてくれること、心を温めてくれることはこれだったのかと、話を聞きながらあらためて腑に落ちた気がしました。

そう考えると自分の人生を人と比べなくてもいいし、そんなに焦らなくてもいいのかもしれないと思えてきます。同時に、金井さんの本にも登場する、今厳しい状況の中に置かれている人々を含め、誰もが一人残らずそれぞれの役割に取り組める世の中になったらいいなとも思うのです。

あぁ、どうかそれぞれがその人らしくいられますように。この人生を味わって進んでいけますように。

『テヘランのすてきな女』(晶文社)より

金井さんの著書にあったこの一節を、今でも時々思い返しています。

 

【写真】馬場わかな


もくじ

 

金井真紀

1974年、千葉県生まれ。文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』(ちくま文庫)、『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など多数。「多様性をおもしろがる」を任務とする。難民・移民フェス実行委員。

HP:uzumakido.com X:@uzumakidou

 


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