【連載|お星さんがたべたい】10:あんぱんの看板
なにかをたべるときはいつも「元気をだそう」とおもっています。スーパーマリオブラザーズのマリオはお星さんにぶつかると、からだじゅうを光らすほどの元気をだすけれど、あれの、もっとささやかな感じが、わたしにとってのごはんです。つまり、ごはんは、わたしのお星さんです。とどのつまり、元気のでるごはんにまつわるエッセーを書くことになりました。
小原 晩
出かけた帰りに電車を乗り換えていたらぼんやりしていたのか知らないけれど地下鉄のホームから階段を上りいつの間に外に出ていた。二十一時過ぎ、銀座一丁目である。それはそうと気温と風がここちよかったので、一駅分歩くことにした。銀座の夜空は濃い紺色で、新宿ほどは狭くない。
ここのあたりには勤めていたことがあるので、若干の土地勘がある。土地勘があると言っても、あそこの角を曲がればおいしいラーメン屋さんがあるとか、その地下にはなまるうどんがあるとか、そこを真っ直ぐ行けば大きなドラッグストアがあるとか、ここの立ち食い蕎麦屋は葱の大盛りが無料だよ、とかそういう類の、土地勘であるのだけれど。なつかしみながら歩く、歩く。
あるビルの上のほうにかかげられた看板と目が合う。
白い背景に、まんまるの、あんぱんがひとつ。
それだけの看板なのである。
字も情報も問いかけもひらひらもきらきらもない看板なのである。
あんぱんひとつ! とてもいさぎがよいのである。かっこういいのである。
私は立ち止まって、しばらくじっと見上げていた。目線を少し下に移すと「キムラヤのパン」と書いてある看板があって、つまりは銀座木村屋のビルにかかげられている看板なのだ。
小さなころから、私はこういう単純でうつくしいものが好みである。
学生のとき、美術の授業で絵を描いていて「これが一等うつくしい」と思うところで提出すると先生に「てぬきだ」と叱られた。自分の思ううつくしさのことを上手に伝えられなかったのが悪いのかもしれないし、日頃の態度のせいかもしれないけれど、あれはどうにもかなしくてよくおぼえている。
あの看板を企画したひとはなにかうるさく言われなかったのだろうか。てぬきの案だと、ふざけているのかと。おおよそビジネスマンたちが会議を重ねて出す答えが「あんぱんひとつ」になることは少ないだろう。けれどこの世には、こんな看板こそがすてきだと知っていて、かっこういいとわかっていて、うつくしいと信じているひとがいて、しかもそのひとは、自分の思うよろしさをえらいひとに伝えることができて、納得させるだけの真剣さがあったということだ。それはとても熱いことだ。だからいま、やわらかな風のふく銀座の秋空の下で、私の胸は熱く熱く燃えてしまう。あんぱんの看板を、ひとり見上げながら。
文/小原晩(おばら ばん)
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
湯船につかりながら本を読むことと、夜の散歩が好きです。お酒をたしなみます。
写真/服部恭平(はっとり きょうへい)
1991年、大阪府生まれ。2013年に上京し、モデルとして活躍する傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、2018年から写真家として本格的に始動。フィルム特有のパーソナルな雰囲気を持ち味にファッション写真やポートレートを撮る。
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