【フィットする暮らし】第2話:価値あるものは、「みんな」が良いと思うとは限らない。(建築家・手塚夫妻)
編集スタッフ 二本柳
写真 鍵岡龍門
自分らしく心地いい暮らしをつくっておられる方を取材し、お客さまにお届けするシリーズ「フィットする暮らしのつくり方」。Vol.10は、建築家の手塚貴晴(たかはる)さん、由比(ゆい)さんにお話を伺っています。
「心地よい暮らしと『家』は切っても切れない関係です」と話す手塚さん夫妻。
設計の依頼を受けるときには、まずその人がどんなことが好きで、家族の関係性はどんなものなのか?そういったライフスタイルからヒアリングを始めるのだと言います。
いつだって「誰か」のことを思い、その人の暮らしをつくるお二人に「心地よい暮らしってどんなこと?」というテーマで話をお聞きしました。
第2話
心地よい暮らしってどんなこと?
「建築」とひとことに言っても、その対象は駅などの公共施設から商業施設のビルディング、人の住まう住宅まで様々。
そのなかでも手塚さん夫妻が特に大切に考えているのが住宅の設計でした。
オーナーが定期的に変わるビルと違い、そこに住む人の人生がまさしく育まれる住宅は、どれほど手間がかかる仕事でもやっぱりずっと続けていきたいと話してくれました。
どうやらお二人にとっての建築は、何より「人」ありきのようです。
本日の第2話では、そんな手塚さん夫妻の家作りの信念を前半で、後半では「心地よい暮らし」というのは一体どうしたら作れるのか?という本題に入りたいと思います。
大切なことは全て自分の中にある。
「僕たちも含め、みんなね、自分で自分の話を聞くのが苦手なんですよ」
こう話を切り出したのは夫の貴晴さん。
第1話にも登場した「屋根の家」を作ったときの話を例に挙げ、人が心地よいと思える家ができるまでの大切なポイントを話してくれました。
貴晴さん:
「屋根の家は、設計の依頼を受けて最初に話をしたときに『うちの家族は屋根にのぼっておにぎりを食べたりするんですよ〜』という話があがって。そのとき彼らは一般的な2階建ての家に住まれていたのですけれど、その2階の窓から屋根までわざわざ出て行くと言うんです。これはすごいな!と。それで、思い切って屋根が主役の家を作りました。
僕たちが普段やっていることって『本人は気付いていない、埋もれていた夢や好み』を浮き彫りにしていくことなんです。
暮らしはこうしたらもっと楽しくなるんじゃないか?もっと心地よくなるんじゃないか?そういうことを当の本人が自分で気付くのはなかなか難しいものなので」
由比さん:
「実はみんな自分の中に『大切にしたいこと』というものはしっかり持っています。ただ自分自身ではそのことに気付けていなかっただけ。
それは既にそこにあった、という。要はそういうことなんです。
わたしたちもゼロから何かを生み出すことはできません。たとえば『この土地に、誰のものでもいいから何か作ってください』なんて言われたらそれはかなり難しいと思います。
やっぱり建物って、人があって初めて成立するものなんですよね」
「みんな」のものは、誰のものにもならない。
手塚さん夫妻は、たびたび「『誰かのため』の建築を作りたい」という言葉を口にしていました。
貴晴さん:
「『みんなの広場は誰のものでもない広場』とよく言うのですが、全員が好きになるもの、というのは結局のところ誰のものにもならないと思うんです。
でも『誰か』のことを思って作ったものは、その人以外にも必ず一定量の人が共感してくれる。
それぞれが違う想いを込めて、それぞれの使い方を見出してくれます」
「誰にあてているのか分からないで『みんな』に向けて作っていると、どこかつまらない一般的なものになってしまうのでしょうね。だから共感を与えにくい。
『思い入れ』があるかないか、というのはそのくらい重要なことみたいです」
貴晴さんがここで言う「思い入れ」というのは、建築に限らず、わたしたちの仕事や暮らし、あらゆるところで作り出されるものすべてに共通する話のように思えます。
わたしのことで言えば、記事を書くこと、雑務、家事など。あらゆる生産物に対して「誰か」に向けた思いをひとさじ加えてみたくなりました。そうすれば、それはどんなに些細なことでも「一般的なもの」から「 “自分” が作ったもの」に、思い入れあるものに、変わるかもしれません。
そして何より「みんな」という漠然としたものを対象にするよりも、自分自身がずっとたのしめるような気がします。
自分の暮らしに「お気に入り」を作ろう。
さて、ここで冒頭の質問に戻りたいと思います。
お二人は「心地よい暮らし」をどんなものと捉えていますか…?
貴晴さん:
「たとえばいかにも隙間風の入ってきそうな古い家に住んでいる人がいるとします。
周りからはどう考えても『それじゃあ住みにくいだろう』というように見える。でも本人は『いや、それがいい』と言う。
そんなことがあります。
それはその人にとって、他の皆には理解できない思い入れがその暮らしの中にあるからですよね。
『心地よい暮らし』というのは、そういうことなのではないでしょうか?」
「今でもね、僕たちが設計した家に暮らす人たちから『この家から見る星空がきれいだ』なんて電話がかかってきたりすることがあるんですよ。そのときは本当に嬉しい。
自分の暮らしに自分だけのオリジナルな “お気に入り” を持てれば、その人は豊かな暮らしを送っていると言えるのだと思います」
お二人の話を伺っているうちに、わたしの中にも芯となる考えが芽生えてきました。
それはこんなこと。
「価値あるものというのは、『みんな』が良いと思うこととは限らない。自分自身にウソなく良いと信じられるものを信じよう」
この日、さっそく取材を開始しようとした私に「ちょっと見てみて」と、ご自宅の窓から見える景色をていねいに説明してくれた貴晴さんと由比さん。この家にはきっとたくさんの思い入れが詰まっているのでしょう。
暮らしのなかに、他人のモノサシとは関係ない自分だけの “お気に入り” を持っているということ。
それは、なんてカッコイイことだろう… と素直に憧れたのでした。
(つづく)
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