【フィットする暮らし】第1話:迷惑をかけ合うのが当然。仕切りを作らない家族のあり方。(建築家・手塚夫妻)
編集スタッフ 二本柳
写真 鍵岡龍門
建築家の手塚貴晴、由比さんご夫妻を訪ねました。
「今の暮らしは自分にフィットしているなあ…」
わたしたちがそう感じられるとき、そこにはきっと他人のモノサシではない、“自分” の基準で選びとったスタイルがあるのだと思います。
本日からお届けするシリーズ「フィットする暮らしのつくり方」は、そんな自分らしく心地いい暮らしをつくっておられる方を取材し、お客さまにお届けする読みものです。
vol.10となる今回は、建築家の手塚貴晴(たかはる)さん、由比(ゆい)さんご夫妻に登場いただくこととなりました。
わたしが初めてお二人のことを知ったきっかけは、代表作のひとつである「屋根の家」でした。
平屋建ての大きな屋根の上にはダイニングセットやキッチン、シャワーブースまでが置かれ、そこに住む家族があまりに楽しそうに屋根の上の時間を過ごしている写真に心つかまれました。
あるいは “世界で一番楽しい幼稚園” とも言われる「ふじようちえん」。園内は内と外の境界をなくし、いわゆる個室の教室が一切ありません。「屋根の家」同様、大胆に設けられた円形の屋上にはグルグルと飽きずに走り回っている子どもたちの姿がありました。
ふじようちえん(photo:手塚建築研究所提供)
これを作った人というのは、よほど「人」が好きなのだろうなあ…。
そう感じ始めたときから、その設計者である手塚貴晴さん、由比さんご夫妻にいつか暮らしのことを聞いてみたいと思い続けていたのです。
いつも「人」のことを考え、人がしあわせに暮らせる場をつくっているお二人。そんなお二人は、一方で自分たちの暮らしをどのように心地よいものにしているのでしょうか?
多忙なスケジュールの中、笑顔で迎えてくれた手塚さんたち。ご自宅にあがった瞬間、不思議なくらいに緊張がほぐれ、和んでいく自分がいました。
第1話
家に仕切りをつくらない理由
都心にありながら、緑を多く残すおだやかな住宅街に手塚さんのご自宅「のこぎり屋根の家」はありました。
そのユニークなネーミングの通り「のこぎり」のようなギザギザの段をつくる南側の窓。そこからたっぷりと柔らかい光が入り、反対の窓にうつる北側の景色を明るく照らします。
手塚さんファミリーは、貴晴さん、由比さんに加え13歳の長女と10歳の長男の4人家族。
1階にはご両親が暮らし、手塚さん家族の暮らすスペースは2階にありました。
リビングダイニング、キッチンのLDKから寝室、浴室まですべてがひとつの空間にあるワンフロアには仕切りという仕切りがありません。
キッチンに立って料理をしている人が、そこから家中すべてを見渡せる。たとえばテーブルで仕事をしている人やベッドに寝転がりながら本を読んでる人、お風呂場の洗面台で手を洗っている人の姿まで全部を一度に確認できるという具合です。部屋全体が一体となっているのでした。
この、家の中に「仕切り」を作らないという考えは、お二人が自宅を設計する上でも特に大切にしていた点だと言います。そこにはどんな意図があったのでしょうか?仕切りを作らなかった理由をお聞きしました。
貴晴さん:
「とにかく、家のなかに “仲間はずれ” を作りたくなかったのです。
空き家がものすごいスピードで痛むのと同じで、人のいない部屋というのはとたんに腐ります。お風呂場だって閉じ込めなければカビ臭くなることはないんですよね。
それは人間関係のあり方にしたって同じ。建物のなかに端っこ(=仲間はずれ)ができると、そこでポツンとしてしまう人が出てきます。ひとりで過ごしている時も他の人たちの気配を感じながら仲間と一緒にいる感覚になれたら良いなと思っていて。
実は僕たち家族のカタチというのも、この家に合わせて出来上がったように思うのです」
迷惑をかけない、ではなく気配りできる社会性を。
由比さん:
「『屋根の家』をつくったとき、その依頼主であるご家族には2人のお子さんがいらっしゃいました。しばらく家族の様子を見ていると、お姉さんが勉強をしている傍ら、妹さんがテレビを見始めました。
するとお母さんから『お姉ちゃんが勉強してるよ』と一言。その子はさっと耳にイヤホンをあててテレビを見始たんです。
その一部始終を見たときに『なるほどな…』って思いました。家族って、子どもって、こういう風にしながら社会性を身につけていくのだろうな、って」
「最初から誰にもまったく迷惑をかけない、ということが大切なわけじゃない。それよりもむしろ、お互いに迷惑もかけ合いながら気配りできるのが自然なあり方なのだろう…」由比さんはそう考えたそうです。
それならば自分たちの家にも仕切りを作る必要はないのではないか。そう決めて、手塚さん宅は今のカタチに仕上がりました。
貴晴さん:
「日本の暮らしって本来こういうものでしたよね。平屋で、襖(ふすま)があって。
東日本大震災のときにも世界から賞賛された日本人の助け合い精神というのは、(僕もそれは本当にすごいなと思っているのですが、)こういう住宅のあり方に原点があるのではないかとも思うんです」
人のことを気にかける子に育ってほしい。
テーブルに並ぶのは、お子さんが小学2年生のときに作ったご自宅の模型。緻密な作りにびっくり。
貴晴さん:
「今は世の中の流れとしてもプライバシーを大切にしようという傾向がありますよね。
日本の家は昔は生け垣程度で仕切られていたのが、今では背の高いブロック塀が目立つようになりました。
プライバシーはもちろん大切なことですが、住宅街にあまりに人気(ひとけ)がなくなってしまったようにも思うのです。
街に対して窓が開いていて、何か起きたらすぐに分かるというような環境が本来のあり方なのではないか…と思っていてね。いつもお互いを気にかけている環境がだんだんと薄れてしまいました」
この会話の間、わたしの頭の中では『サザエさん』の絵が浮かんでいました。
アニメの中でよく見る、サザエさんの母フネさんがお隣のお軽さんと生け垣越しにおしゃべりしている、あの風景。そういえば、ああいった姿をリアルなものとして見たことって、わたしの場合、一度もないかもしれません。
由比さん:
「隣の音がちょっと気になるくらいがちょうどいいと思うんですよ。
家族の場合も同じで、完全に仕切ってしまうと周りを気にしない生活に慣れてしまう。家族のことだけでなく、『人』のことを気にかけないようになってしまうのが一番怖いです。
子どもには普段のここでの暮らしの中で、自然と周りを気にかける人になってもらえたらいいな…と思っているんです」
わたしはこの日、とんでもなく緊張しながら、指先までカチカチに冷たくなって(苦笑)手塚さん宅を訪れました。でもリビングに足を踏み入れた途端にまるで自分の家に帰ってきたような、不思議な安心感にスッと肩の力が抜けていったのです。
お二人の話を伺ったあと、それはもしかしたら、この家が人の気配で包まれていたからではないか…と思い始めました。
冒頭で貴晴さんが話していたように、この家には “仲間はずれ” がありません。端から端まで、隅々に人の温度が残っているようなあたたかい空気が流れていました。
そんな家に暮らす家族が仲良しなのは、お二人の口から聞かずとも一目瞭然。
次回の2話では、そんな手塚さんご夫妻に「心地よい暮らしってどんなこと?」という質問を投げかけてみました。
(つづく)
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