【はたらきかたシリーズ】ミルブックス主宰・藤原康二さん「いいと思うものは、人それぞれでいい」
ライター 増田綾子
写真 砂原 文
12年前から“ひとり出版社”を営む、あの人に会いに行きました
ひとりで本の企画・編集から販促まで行う、“ひとり出版社”。その草分け的存在である藤原康二さんは、2004年から東京・浜田山で「ミルブックス」を営み、旅や音楽、食など、ジャンルを問わず、日々の暮らしをより豊かに、楽しくする本を作っています。
10年ほど前から、書店で装丁や著者に惹かれて手にとると、ミルブックスの本だったということが何度もあり、ずっと「どんな方が作っているんだろう」と気になっていました。その後、知人から「ミルブックスは、“ひとり出版社”で、本のデザインまで自身でやることもある」と聞いてびっくり。
「ミルブックス」の「ミル」は、フランス語で「1000」という意味。はじめは、1000部限定※でスタートしました。スタートから12年たってもなお、唯一無二の本を作り続ける藤原さんに、「なぜひとりでやろうと思ったのか」「なぜ本なのか」「企画はどのように作っているのか」……など、ずっと気になっていたことを伺いました。
※現在は1000部限定ではありません
子どものころから、好きなもののよさを人に知らせたかった
藤原さん:
「小さいころから、音楽や本、ラジオ、テレビが好きでしたが、まわりの友達の中には、そのよさをわかってくれる人はいませんでした。親はファミコンだけは買ってくれませんでしたが、CDやレコードは買ってくれました。
わが家では、ほしいものがあったらプレゼンをしてそれを買ってもらうんです。NGワードは『みんな持ってる』。ファミコンはそれを言って失敗して(笑)。
CDプレーヤーは、小学校5〜6年生のとき、『だれも持ってない』と言ったら買ってくれました。CDやレコードを借りてきてミックステープを作ったり、カセットレーベルを自分なりにコラージュして、それを人にあげ始めたのが、今思うと、編集者としての第一歩だと思います」
↑藤原さんが特に好きなCDをずらりと並べて。
藤原さん:
「地元・豊橋によく行っていたレコード屋さんがあって、そのお店では、テレビでは流れていないものが売っていたんですね。そこで『大手流通ではなく、個人で売っているものにこんなにいいものがあるんだ!』と知ったことが、「ミルブックス」のルーツになっていることに、最近気づきました。
中学、高校と進学しても、音楽や深夜ラジオなど、自分が好きなものは誰にも理解されない。大学に入ってもほぼ変わらずでした。
そのころに感じていた、“自分がいいと思っているものと、世の中で売れているものとのギャップ”というのは今でも続いていて、そのギャップをどう埋めるか、というのをずっと考えています。“こんなにいいのに、埋もれているもの”を形にするために、「ミルブックス」をやっているんです」
前職で、自分で何でもやった経験が今に生きているのかも
↑この10倍ほどあった本はすべて手放し、今はこの本棚に入る分だけに。
高校卒業後、理系の大学に進んだ藤原さんは、放送サークルに入り、ラジオのDJや大学にあるホールの照明、地元のケーブルテレビのCM制作などを経験。
そこからCM制作に興味を持ったのと、当時好きだったクリエイティブディレクターの佐藤雅彦さんが理系出身だったことにも背中を押され、 名古屋の広告代理店に入り、7年間働きます。
藤原さん:
「制作を志望していたのに、配属は営業。思い描いていたのと違う、と思いながら働き始めました。4年ぐらいたったとき、新規事業をやる新しい部署に異動になって。
そこは予算がないから、まるで自営業のように何でもやらなくてはいけない部署で、自分で仕事をとってきて、ポスターのコピーやラジオCMの台本を書いたり、印刷物の発注をしたり。でも、そのとき何でもやっていたのが、今の仕事にも生きていると思います。
ところが、誰かが作ったものを売るために、それを心からいいと思って宣伝しなければならないことが、だんだんつらくなってきてしまったんです」
大切な友人の本を、時間をかけて作る
↑以前、イラストレーターとコラボレーションして作ったコーヒー缶。
藤原さん:
「そのころ、当時まだイラストレーターの卵だった日置由香さんとポストカードを100枚ぐらい作って、初めはフリーで配っていました。飛び込みで営業した雑貨店で商品として置いてもらえるようになって、ほかにも持ち込むうちに、取り扱ってくれるところが増えていきました。
初めて作った本は日置さんの作品で、会社のボーナスで作りました。1000冊作ったのですがまったく売れず、すごく悔しかった。小学生や中学生のときに感じた、いいと思うものをだれもわかってくれない、というのと一緒です。
それが26〜28歳で、会社以外での活動をきっかけにいろいろな人達と知り合うようになっていたし、納得がいかない仕事を続けるより、まずは1年、本や雑貨など、自分がいいと思ったものを作って売ってみよう、と思って上京しました。初めは不安で……というか、不安しかなかったです(笑)」
↑藤原さんがデザインと制作を手がけた「naomi&goro」のCD。発売元の「333DISCS」は「naomi&goro」の伊藤ゴローさんの奥様・伊藤葉子さんがおひとりで主宰。
藤原さん:
「以前、ポストカードを送った中で返事をくれたのが、当時、京都の出版社で働いていた、文筆家の甲斐みのりさん。それが縁で京都でのイベントに誘ってもらい、そこで、のちに本を作ることになる、鎌倉の『カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ』の堀内隆志さんなどを紹介してもらったんです。
もうひとり、ポストカードが縁で知り合ったイラストレーターの石坂しづかさんとは、その後、石坂さんが絵を手がけた、ボサノヴァ・デュオ「naomi&goro」のCDジャケットにつける絵本を作らせてもらいました」
↑好きなのは、向田邦子さんや松本 隆さんの本。「おおきな木」はお母さんにおすすめの本だそう。
藤原さん:
「もともと音楽が1番好きで、本は2番。実は、本にはすごく強い思い入れがあるわけではないので、今、自分が本を作っていることを不思議に思うこともあります。
はじめは出版のノウハウがまったくわからず、どうやって書店に卸すかも知らなかった。知り合いに教えてもらった流通業者を訪ねて、門前払いされたこともありました。
ミルブックスの本の作り方は、ほかの出版社とは違うと思います。作った本を見て好きになってくださった方が「本を出したい」と言ってくれて、仲良くなっていくうちに「この人のこういう面を本にしたい」と思うようになる。友人として会って話すうちに、何年後かにようやく形になっていくんです。
ひとりでやっているのは、こういう作り方をしているからというのもありますが、単純に経済的なところが大きいです。もし人を雇うとしたら、今の一桁上の部数を出さないといけない。そうすると、今、ミルブックスで出しているような本は、多分作れないんです。
出したい本がイコール売れる本ではないというのもあって、出したい本だけ何冊か作るとなると、ひとりでやるのがいい。『それなら、ひとりでできる限界でいい本を作ろう』と思ってやっています」
“残っていくもの”を本として表現していきたい
↑著者の家に届け物をするときも、打ち合わせに行くときも、愛用の「tokyobike」の自転車で。
藤原さん:
「著者がやりたいことを商品として出すために、どう整理するかが自分の仕事。編集者は、著者と読者をつなぐ係だと思っています」
たとえ出版社の名前が出なくても、「いい本」と思ってもらえたらそれでいいそう。
本を作ったら、著者と読者をつなぐ場所を作るため、必ず刊行イベントを開催。本は読者に届けてようやく完成だと思っているからだと言います。
藤原さん:
「100人いたら100人が同じ気持ちになる本はないから、私は、100人いたら100人違う解釈ができるものがいいと思っています。
読んだ人が生きてきた経験が反映されて作品ができ上がると思っているので、それには“すき間”が必要。あと、人間が持っている共通の感情をどう表現するかも考えて作っています。
本は、くり返し読んだり、鑑賞するのがむずかしいものだと思っていて。でも、音楽や古典落語は、くり返し聞いても楽しめる。
国や性別、人生経験を度外視しても共通していいと感じるもの、感動できるものがきっとあるに違いないと思うので、それをどう本にするかが今後の命題です。ものすごくむずかしいのですが、絶対にできると思ってやっています。
みんながいいと思うものが後世まで残るものとは限らないですよね。いいと思うものは、人それぞれでいいんだと思います。時代と関係なく評価されているもの、今あるすべてものは、必要だから残っているはず。
そうやって残っていくものを、本として表現していきたいです」
↑ミルブックス10周年のとき、tupera tuperaが描いてくれたイラスト。
好きなものがあっても、どこかで、多くの人に支持されるものがいいものなのでは、と思ってしまうときがあります。ときに好きであることに自信がなくなったり、堂々と好きと言えなくなってしまったり。
「紙の本はなくなる」といわれている今の時代に、いいと思う人やものに時間をかけて真摯に向き合い、常に今までにない本を生み出そうとする藤原さんの姿を拝見していると、“好きなものは好きでいい”と励まされているような気がします。
「イベントでも、お店でも、いいと思った人やものを伝える手段がほかにあれば、紙の本にはこだわらない」と藤原さんは言います。小さいころはカセットテープだったのが、今は本であるように、たとえ途中で形や方法が変わったとしても、作り上げるときの思いは、これからもきっと変わることはないはずです。
揺るがない軸を持ちながらも、柔軟に動いていく。大多数ではなくても、「ミルブックス」の本が確実に支持されている理由は、その姿勢にあるのかもしれません。
(おわり)
「ミルブックス」のおすすめの本
藤原さんに「ミルブックス」の本の中から、「北欧、暮らしの道具店」のお客様におすすめの本を4冊、選んでいただきました。
①徳島のほんと/福岡晃子・庄野雄治著
藤原さんが以前から大好きな、徳島を代表するロックバンド「チャットモンチー」の福岡晃子さんと、コーヒー焙煎人として徳島市で「アアルトコーヒー」を営む庄野雄治さんの徳島案内本。手のひらサイズの本に、ふたりの徳島愛が詰まっている。
②広瀬裕子とアリシア・ベイ=ローレルが描く、この世界の美しさ
/作 広瀬裕子 絵 アリシア・ベイ=ローレル
広瀬裕子さんの作家20周年を記念した、デビュー作以来となる絵本。絵は「地球の上に生きる」の著書、アリシア・ベイ=ローレルの完全描き下ろし。ともに旅をし、親交を深め、想いを同じにしたふたりが描く、世界の美しさ。
③みんなねている/文 永井 宏 絵 福田利之
藤原さんが尊敬する美術作家、故・永井 宏さんが紡いだ言葉を、イラストレーター・福田利之さんが絵本に。地球でねむる子どもと、かつて子どもだった大人のための絵本。潔いほど真っ白の装丁が印象的。
④コーヒーの絵本/作 庄野雄治 絵 平澤まりこ
「アアルトコーヒー」の庄野雄治さんが、コーヒーの基本からいれ方までを、イラストレーター・平澤まりこさんのシンプルな絵とともにお話仕立てで教える本。
▼上記の4冊はこちら
▼ミルブックスのその他の書籍の一部はこちら
藤原康二(ミルブックス主宰)
愛知県生まれ。大学卒業後、広告代理店に勤務したのち、2004年に出版レーベル「mille books(ミルブックス)」をスタート。長く愛される本作りを目指し、これまでに82冊を出版。雑貨の企画制作やイベント企画、デザイン、アートディレクションなども手がける。 http://www.millebooks.net/
ライター 増田綾子
東京都生まれ。編集者・ライター。生活実用誌、お母さんのためのライフスタイル誌などの編集部を経て、現在はフリーで、衣食住に関する雑誌や書籍の編集・執筆を手がける。
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