【金曜エッセイ】周りを気にしないというのは、じつはけっこう難しい。(文筆家・大平一枝)
文筆家 大平一枝
第三一話:できない自分よ、こんにちは
編集者と翻訳家、いずれも子どもがいる女性と食事をした。翻訳家が興味深いことを語った。
「フランス人女性になくて、日本人女性にあるもの。それは罪悪感です。私もそうですが日本人は、家事がちゃんとできてない、育児が完璧でない、ひいては丁寧に暮らせていないというようなことに、すごく引け目や負い目を感じたり、罪悪感を持っていると思いませんか?」
あちらのライフスタイルを書いた本を読むたび実感する、とのことである。
私も同じことを、強烈に感じている。散らかった部屋やインスタント食品が嫌なのではない。私達主婦の多くは、掃除できていない自分、一汁三菜のようなきちんとした食事を作れなかった自分が嫌なのだ。
仕事で疲れて帰宅して散らかった部屋を見ると、よけいに疲労が増す。それはきっと、忙しさにかまけて、生活をきちんと整えられない自分のだめさを突きつけられたような気分になるからだ。
そう言うと、編集者が「ああ、たしかに!」と膝を打った。
「私、夫から言われたことがあります。僕は掃除機をかけてないことは全然嫌じゃない。でも、掃除機をかけなきゃとイライラしている君を見るのは嫌だ、って」
フランス人女性の書いたものを読む限り、できない自分に対して罪悪感をもつような精神性はないという。できないことを受け入れ、もっと自由に、ゆるやかに生きているように見える、と。
個人主義と全体主義というように、安易な分け方はできないが、私達はどこかで、「あの人はこうしている」「社会または世間では、こうするのがいいとされているから」と、誰かや何かと比べていやしないだろうか。
そして、こうすべきという正解を自分の中に掲げてしまう。すると、正解にたどりつかないものは全部不正解になってしまう。
妻・母だけではない。独身でも同様だ。
「そんなになにもかも、ちゃんとしてなくていいですよね。自分が良ければ」という結論で、会話は終わった。
新しい年が明けた。
今年はもう少し、肩の力を抜いて暮らせたらいいなと思う。いつも家がきれいで、生活が整っていることは良いことだが、そうできなかったからといって自分を責めなくてもいい。
居心地のいい暮らしとは、空間のことではなくて、気持ちがもっとのんびりした状態のことを言うのでは。ちゃんとできていない自分はだめと思うような、堅苦しさはいらない。生活は本来、誰かに見せびらかすものでも、評価されるためのものではないのだから。
空気を読むことが大事なこの国では、周りを気にしないというのは、じつはけっこう難しい。だからこそ、宣言のつもりで年頭に書いてみた。
居心地がいいとはどんな暮らしか、自分と向き合って考えてみたい。鍵はたぶん、自分の笑顔の量だ。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。
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