【金曜エッセイ】きゅうりという名脇役
文筆家 大平一枝
第四十一話:きゅうりの実力
最近、きゅうりの実力に魅せられている。
きっかけは京都に行くと必ず買うチャーシューだ。ガイドブックにも載らない小さな肉屋の名物で、近隣住民だけが知っている。スライスして、電子レンジで30秒ほど加熱し、添付の自家製だれをかけて食べる。やわらかさ、うまみ、脂の割合が絶妙なのだ。
しかし、取り寄せには対応していない。
そのため、久しぶりに入手した先日、私はなんとか少しでもかさ増しして長く味わおうと、山盛りのきゅうりの千切りを敷いて、その上に並べてみた。
チャーシューでくるりときゅうりを巻いて食べるとまあ、なんというおいしさか。
淡白でみずみずしいきゅうりに、脂身たっぷりのチャーシューの相性は抜群。とろんとした甘辛いたれが両方に絡み、チャーシュー単品で食べる何倍もおいしいではないか。
このときしみじみと、きゅうりとは不思議な野菜だと思った。まるごと食べてもそれほど印象的な味ではないのに、薄く切れば切るほど、何かに添えれば添えるほど、歯ごたえや存在感が際立つ。
みょうがや長芋など、この存在感に似た名脇役はたくさんあるが、きゅうりほど多様な食材に合う野菜はあるまい。けれども、トマトみたいに主役にはなりきれない。何かに添えられて、主役も自分も輝く。
ところが、先日は途中できゅうりが足りなくなってしまった。途端にチャーシューの箸が進まない。チャーシュー単品で食べていたときはそんなふうに思ったことがないのに、きゅうりなしで食べたら味が濃すぎるというか、パンチがありすぎる。しかたなく私は、次のきゅうりを買うまで、残りのチャーシューを大事にラップで包み、冷蔵庫にしまっておくことにした。
やみつきのチャーシューを残すなんて、いまだかつてないできごとだなあと思いながら、私は別のことを考えていた。
友達でも、仕事場でも、きゅうりみたいな存在感の人はいる。あるいは小説や映画、演劇にもそんな登場人物がいる。他人を引き立て、裏方的な役割をつとめながら、いなくなったとたん、明らかに全体に影響し、全体の生彩も欠けてしまうような。
若い頃はなんでも中心になりたがったが、年齢を重ねるときゅうりみたいな人の存在感が気になり、惹かれ始める。誰とでもそつなく付き合えて、でしゃばらず、さりとていないと、みんなが寂しがる。宮沢賢治風に言うと、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ。
きゅうりの実力にしみじみ感じ入る、初夏のひとりごとである。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。
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