【スタッフコラム】アボカドの遠い記憶

編集スタッフ 糸井

スーパーで買ったアボカドを見ていて、思い出した話があります。

あれは中学2年生の一学期でした。美術の授業で、粘土と油絵の具から、フルーツのレプリカを作ったことがありました。授業の冒頭、白髪白ひげ黒縁眼鏡と、絵に描いたようなおじいさん先生が言うのです。

「来週までに思い思いの果物を持ってくるように。果物だったらなんでも好きなものでいいです。りんごでもみかんでも、アボカドでもいいですから」

ア、アボカ、ド……?

人生で初めて、アボカドという言葉を耳に止め、頭のなかでつぶやいた瞬間でした。あ、たしかスーパーで見たことのある、ゴロンとしたやつだ。どんな味かは知らないが、これなら誰とも被らない。そして名前の響きがかっこいい。よし決めた、私は「アボカド」のレプリカを作る。

 

翌週、クラスの子が選んだ果物はりんごやバナナが大多数、確かにアボカドセレクターはいなかった。早速、アボカドを作業台に置き、レプリカを作る。発泡スチロールを芯にして、その周りを粘土でペタペタと成形。それが終わったら、油絵の具で色付け。

そして1週間後、また美術の時間がきて、箱に入れておいたアボカドを取りに行き、唖然としました。びっくり仰天、見事に熟れていた、というかかなり柔らかくなっていた。

今では常識ですが、アボカドがそのように熟れること、また、熟れるのに並行して、皮の色がかなり変わっていくことを、アボカドを食べたことのない人間が知る由もなかったのです。

美術は1週間に一度しかなく、翌週までの時間にまたかなり熟れる。とうとう3週間後、レプリカが完成する前にダメになったアボカド初号でした。

「本物が先にダメになってどうするんや!」と焦ったのを覚えています。ばれても大したことないだろうに、先生と友達に「傷んじゃった」と打ち明けられなくて、初号に形が少しでも似ているアボカド2号を調達して、こっそりすり替えた。食べ物を粗末にした心地と、「みんなとかぶらないフルーツを選んだ」という小さな優越感に恥ずかしくなった。りんごは90円くらいで、アボカドは200円近かったので、母にまた買ってもらうのも忍びなかったです。

夏休みが目前にせまったある日。2号目もギリギリ持つか…のところで「アボカドレプリカ」が完成することになりました。それはもう、アボカドさながらな風格に着地したのです。

こ、これは完璧……と鼻息荒く両手で抱き上げて満足、持って帰ってキッチンに置いておいたら、本物と間違って手に取る父。それで得意になり、それからもことあるごとにレプリカをリビングに置いて、このように大したことない珍道中話を吹っかけたっけ。結局本物のアボカドを初めてたべたのは大学生だったけれど。

 

「さっきスーパーに行って思い出したんだけど、昔作ったアボカドのレプリカ、あれまだある?」とホクホクしながらLINEした私に、母はばっさり言いました。

「半年前ならあったのにー、処分しちゃったよ」

「えっ!嘘!!あんなに大切にしてたのに信じらんない……」

「ちゃんと捨てていいか、母さん電話で聞いたよー」

「いやいや!記憶にないから絶対聞かれてない」

数年ぶりの、レプリカとの素敵な再会をイメージしていた矢先に出鼻をくじかれて、さよなら私のノスタルジー。そこから少し悪態をつきましたが、それでも記憶に浸って良い気分だったおかげか、平和に頭が切り替わりました。なければもう一回作ればいいじゃない!と。

大人になった今度は粘土じゃなくて石膏で型取りして、もっと効率よく作ってみよう。色はこうして、ふちどりして……

と妄想するうちに、夜の勢いも追い風となり、そのままAmazonで材料を取り寄せ、次の日に材料は揃い、もういつでも作れる。まるで夏の自由研究のようで良い気分。

……だったのですが、鉄は熱いうちに打てとはよく言ったもので、都合よく浸りきったアボカドの遠い記憶は眠りにつき、同じくして製作熱も冷めてしまったのでした。

そんなもんだなぁと、そのままいつもの平凡な日を過ごしたお盆休み。

先生、夏休みの自由研究は、十数年経っても先延ばしが十八番という発見もまた、この夏の成果物ですよね。


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