【金曜エッセイ】『若草物語』の次女ジョーのように
文筆家 大平一枝
第四十八話:出掛けのネックレス
他人は、短所をどんな瞬間に自覚するのであろうか。思うようにいかなかったり、だれかと行き違ったり、失敗をしたり、だれかに指摘されて気づくのだろうか。
私は三〜四日に一度、ずぼらという短所を自覚する。
タイミングは決まっている。出かける数分前。チェーンがからみあってほどけなくなったネックレスにいつもイライラ、最後はからまったまま投げ出し、ネックレス無しで出かける。歩きながら自分に怒っている。なんて私はずぼらなんだろう。時間があるときに、ほどいておけばいい。そもそも、からまらないようにそっと外して、整理して収納しておけばいいものを。そのためにアクセサリー収納用の大きなポケットハンガーも買ったではないか。
収納アドバイザーを取材した折、これは便利だ、ずぼらな私でもきちんと整理できると一目惚れして、意気揚々と小さなポケットやマジックテープのネックレスフックがたくさんついたハンガーをネットで注文した。その結果がこのありさまだ。
その道のプロと同じグッズをしつらえても、いつも外出数分前に毎回、からまったネックレスと格闘して、約束の時間に遅れそうになり、慌てておしゃれを諦め家を飛び出す。これを少なくとも二〇年以上、繰り返している。
上機嫌で酔っ払って帰宅すると、ネックレスなど無意識のまま外してそのへんに置き、今日あったことを家族にわあわあ話し出すか、メイクを落としたか否か、記憶も曖昧に寝床に倒れ込む。そこまで酔っ払っていなくても、帰宅すると、自分のだらしなさにイライラしたことなど綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。そのとき、アクセ用ハンガーに吊るせば、からまることはないのに、である。
ネックレスを諦めて、首もとを寂しく感じながら、早足で駅に向かうとき、「あー、いつも私の人生こんなだ」と自己嫌悪に陥る。ずぼらで、準備不足の出たとこ勝負で、喉元過ぎれば熱さ忘れる、の典型。
それなのに、どうして直らないんだろう。
という愚痴で、終わりではない。いつも、自己嫌悪に陥ったあと、ある物語の登場人物に自分を重ね合わせ、「いやいやこれからだ」と自分を奮いたたせるという続きがある。
幼い頃から何度読んだかわからない、大好きな『若草物語』。
アメリカのピューリタンの四姉妹の話で、私は、自分勝手で短気で頑固な物書き志望の次女、ジョーに肩入れして読んだ。
たしか、そのジョーが、穏やかな性格になった人生の中盤で、我が身を振り返っていうのだ。「性格は努力すれば変えられる。私は四〇年かけて、自分の短気やわがままを変えたの」。正確な文言は忘れたが、そういう内容だった。変えよう、良い性格になろうという気持ちさえ持ち続けたら、人は何歳からでも自分を変えられる。私はそう解釈した。
だから、ずぼらな自分に落ち込みながらも、「ジョーのようにいつか変われる」と呪文のように唱える。
と、ここで気づいた。それで安心したきり努力しないので、絡まったネックレスは繰り返されるんだろうか。──あれれ?
もう一度、『若草物語』を読んでみようかな。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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