【金曜エッセイ】どうすれば「休み上手」になれるのか
文筆家 大平一枝
第六十話:サヌールの昼寝おじさん
自分は上手な休み方ができていないなあといつも思う。全くなんの予定も入っていない日というのはあまりない。美容院やら日用品の買い出しやら包丁を研ぎに出すとか、クリーニングを取りに行くとか些末な野暮用がなんかかんか入っている。
たまにまるっとなんの予定もない日があると、これがいけない。少しの家事をして、ソファにゴロゴロしているだけであっというまに夕方になってしまう。なにもしなかったなあと腰をさすりながら、夕食作りに立ち上がるも、なんだか気力が萎えて、家族で外に食べに行って一日が終わる。
ほかの人は、上手な休み方をしているのだろうか。……ん? そもそも上手な休み方ってなんだ? いつから私は休みの過ごし方に、上手い下手を考えるようになってしまったんだろう?
好きなカフェで読書をするとか、気になっていた映画を観に行くとか、スポーツジムの体験とか。なにか有意義で生産的なことをすれば、「上手」なんだろうか。自分で言い出しておいて、ただいまひとりでうんうん頭をひねっている。
ずいぶん前、バリ島のはずれのサヌールというのどかな街を家族で旅した。バリ島の老舗リゾートエリアだが、その後ほかのエリアでも観光地化が進み、”鄙びた味わい”といった形容がガイドブックに散見する。いわば“元にぎやかな観光地”で、むしろそれがいいといいというリピーターも多い。
個人手配旅行で、格安旅行券を扱う会社の窓口の男性に電話で、サヌールをえらく強くプッシュされ、この地を知った。
「一箇所に長く滞在して、暮らすように旅をしたいんですが、どこがよいでしょう?」と相談をしたら、「個人的にはサヌールを推します。のどかで静か。旅行者は長期滞在者中心で、賑々しくありません」とのことだった。
実際、バリ島自体がどこものんびりしているが、サヌールは格別だった。昼下がり、家族でブラブラ街を歩く。小さな個人商店がぽつんぽつんと点在している通りの途中にカバン屋があった。そこの店主の光景が、忘れられない。ショートパンツ一枚、上半身裸で、なんと店の床に大の字で寝ていた。床は人工大理石風のひんやりした建材で、直接寝ると涼しいのだろう。
私と夫は、昼寝をしているご主人を見て、そっと店を出た。通りを歩きだしてしばらくすると、互いにこらえていた笑いが爆発した。
「自由でええなあ。自分の店やからなにしたって、ええよな。床に寝ても」
「倒れてるのかと思ったよ〜」
あんな働き方をしていたら、ストレスも溜まるまい。売上に追いかけられて客引きをするどころか、客が来ても気づかず、通路をふさいで寝ているのだから。
休み方にマニュアルやコツはない。
私は、お金をかけてこの島に癒やされに来たが、自分を癒すことなんてどこでもできるんだよなあと、妙に感心した。
あの店主は間違いなく、休みの達人である。だとすれば、ソファでゴロゴロも悪くない。そうか、休みに上手い下手もないのだな。
サヌールを勧めてくれた旅行代理店のおじさんの電話の声は少々お疲れ気味だったけれど、彼もまた時折あの街に、私と同じことを再確認しに行っているのかもしれない。
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文筆家 大平一枝
作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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