【私がシロップを作るわけ】後編:悩んだあの頃があったから。30代で見つけた自分らしい仕事
編集スタッフ 栗村
シロップ作家でご自身のブランド「calm(カーム)」を立ち上げた高橋友香(たかはしゆか)さんに、お話を伺っている本特集。
前回は、やりたい仕事を探すための寄り道を経て、未経験からeatripのレストランで働き、初めてのシロップ作りをするところまでお話を伺いました。続く後編では、シロップだけでやっていくと決意して、今に至るまでのお話を伺います。
できない仕事を頼まれて「自分にできること」がわかった
高橋さん
「レストランでの仕事は想像以上にハードワークだったので、これは体力的にもやれて30歳までだなと思っていました。
それで働き始めて4年ほど経った29歳の時にお店を卒業。
そしたらちょうど同じタイミングで、千駄ヶ谷にあるセレクトショップ『THE MOTT HOUSE TOKYO』の方からニューヨークのパジャマのブランド『SLEEPY JONES』のポップアップをやるから、そのためのアイシングクッキーをつくって欲しいと依頼があったんです。
ただ私はアイシングがすごく苦手で、大切なオープニングイベントで並ぶものですし、これは自分にはできないなと思って一度断ってしまいました。でもせっかく依頼してきてくれたのに、断ってしまった申し訳なさから、せめてその方が喜んでくれるものを何かつくってあげたいなと思って。
それでパジャマのブランドなら、朝の目覚めにいいシロップと、夜眠る時に安眠できるシロップがあったらいいかもしれないと、そのふたつを勝手につくって持っていきました」
「そしたらそれが好評で、イベントに来てくれた人にこのシロップを使った飲み物を提供したいと言ってくれて。一緒にボトルも販売しようという話になったんです。
でもシロップを販売するとなると製造許可が必要で。どうしようと思っていたら、今度は別の方が『うちの製造場を使って良いからその活動をやりなさい』って言ってくれて。それで間借りしながら『calm』のシロップ作りがスタートしました。
いろんな偶然が重なって始まったシロップ作りですが、この時に初めて、シロップならやっていけるかもしれないと思えるようになった気がします。
今思えば、食という分野で何かできないかなと思って、でも料理やお菓子を作るのは私ひとりではできないとeatripで挫折したからこそ、シロップならと思えたのかもしれないですね」
自分の生きる意味は、仕事以外でもいい
高橋さん
「20代の頃に『私にしかできないことってなんだろう』ってずっと考えていた時期があって。それはいつか見つかればいいなと思っていました。
周りを見ているとみんなすごいなと思うんです。やりたいことがすぐに見つかる人もいれば、いろんな経験をして見つかる人もいて。それが仕事だけじゃなく、親になるっていうこともその人に与えられた大事な役割だとも思えて。
だから何かを成し遂げたからすごいとか偉いとかなんて思わない。周りを見過ぎたり気にしすぎたりすると、みんな素敵に見えて、焦ったり落ち込んだりしてしまうから。まずは今できることを、思いっきり楽しめばいいんだと考えていました。そしたら生きている間に何か見つかるだろうと」
自分は一体何ができるだろうとつい焦ってしまう20代。高橋さんのいつか見つかればいいという緩やかな姿勢と、自分のやるべきことが仕事だけじゃなくて、家庭や大切な誰かのためでもいいという考えは、急いで何かできることを見つけなければと思っていた気持ちを少し軽くしてくれるような気がしました。
新しい道を拓いたのは、10代の頃の思い
calmは英語で「穏やか、静か」という意味。どうしてこの名前になったのか聞いてみると、実はシロップ作りを始めるずっと前から、屋号だけ決まっていたのだそう。
高橋さん
「10代の時、日々がジェットコースターみたいに変わっていく感覚があって、心が休まらなかったんです。
良い時と悪い時の落差が大きかったので、良いことがあってもこの後悪いことが起こるんだよなって、考えてしまって。
だから、大きな幸せもなくていいから、大きな悲しみもいらないってずっと思っていました。
その気持ちを抱えてしばらく経った頃に、たまたまcalmについて書かれた文章に出合って。そこには、波があるということは良い波でも、悪い波でも、心のバランスが傾いていること。常に一定の状態を保つのが人にとっては良いという内容でした。
これはまさに私が望んでいた状態だと思って、それでcalmという言葉をノートの端にメモしておいたんです。いつか仕事をすることになったらこれを名前にしたいなって」
「ただそれから、calmの細かな意味までずっと覚えていたかというとそうではなくて。いつかみんなに穏やかな気持ちを提供できたらとぼんやり思っていたくらい。
そしたらお店が始まるタイミングで、ちょうど当時メモしていたノートが出てきて。
このシロップでみんなに穏やかさを届けていくんだと改めて思うきっかけになりました」
料理やシロップの、味を左右するものって?
高橋さん
「シロップを作る時に使うハーブには、それぞれ意味や効用があるんです。
だからただおいしいだけじゃなくて、飲んだ時にホッと気持ちが穏やかになるように、心に届くようなものを作りたいと思っています。
シロップにはそれぞれテーマがあって、例えばcalmの初期からあるローズのシロップは愛情をテーマに作ったもの。飲んだ人の気持ちが丸くなって、自分自身を思いやれるように、愛にまつわるハーブを思いを込めながらブレンドしています」
「このハーブを調合する仕込みの作業が一番緊張する瞬間で。調合する時に自分の心がギスギスしているとその気持ちが全部移ってしまうんです。
だから仕込みをする前日は、お酒を飲まないと決めていますし、その日までにどうしても心がギスギスしたままだったら、ハーブには触らないようにしているくらい。
ブレンド作業ではシロップのテーマに合わせて、みんなが優しい気持ちになりますようにと祈りを込めて。これを次の日に果実と合わせ、2時間ほど煮込んだら10本分ほどのシロップが完成します」
「ここまで思いを込めるのには、eatripでの経験が大きい気がします。
レストランで働いていた時の上司は、本当に滅多に怒らない人だったんですが、唯一怒ることがあって。それは人の気持ちを考えずに料理を作った時でした。
その時の指摘の仕方が、雑とか仕上がりが汚いとかではなく『愛がない』って言うんです。
最初は、愛がないってなんだよって思っていたんですが、シェフや上司の姿を見ていたらそれがだんだんわかるようになってきて。どんなに忙しくて大変でも、相手のことを思う気持ちを料理に込める。それがないとおいしくならないんです」
「前にどうしても心がギスギスしてしまう時期があって、その時に自分で作ったローズシロップをたっぷりヨーグルトにかけてバクバク食べてみたんです。
そしたら本当に気持ちが落ち着いて、自分で作っておきながらハーブの力ってすごいなって思えたんですよ」
何よりも、自分自身を思いやることが必要だと気づいた
高橋さん
「calmのシロップは、みんながやさしい気持ちになれるようにと思いを込めてつくっものなんですが、最近思うのは全部自分のために作っていたんだなということです。
穏やかでやさしい気持ちを提供するには、まずは自分が穏やかな気持ちにならないといけないじゃないですか。幸せそうじゃない人に幸せにしますって言われても説得力がないから。
だからまずは何より自分自身のことを思いやれるように。10代から20代前半まで、自分を愛せず辛かった時期があったから、そんな自分のために作ったものでもあるんだなと気がつきました」
優しいパワーのあるcalmのシロップ。
それは高橋さんがシロップ作りを始める前から、たくさん悩んで考えて経験してきたからこそ作れたものなんだなと思います。
最初から私はこれがやりたいという明確なビジョンがなくたっていい。今の自分は何ができるだろうと焦らずに考え続けていると、いつか高橋さんのように自分に胸を張って、これがやりたいんだと言えるものが見つかる日がくるのかもしれません。
(おわり)
【写真】鍵岡龍門
高橋友香(たかはしゆか)
1987年生まれ。専門学校でレコーディング技術を学ぶ。25歳から「eatrip」に勤務し、29歳でシロップブランド「calm」を始める。現在は鎌倉に移住。シロップは通販や、千駄ヶ谷のセレクトショップ「THE MOTT HOUSE TOKYO」などで購入可能。
web:https://calm06.stores.jp/
Instagram:@calm_06
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