【私がシロップを作るわけ】前編:寄り道だらけの20代。やりたい仕事を見つけるまで

編集スタッフ 栗村

「わたしはこの道でやっていくんだ」そう胸を張って話す人に憧れがあります。

いったいどんな風にその仕事に出合い、どんな時に自信を持って語れるようになったのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、シロップ作家でご自身のブランド「calm(カーム)」を立ち上げた高橋友香(たかはしゆか)さんです。

高橋さんが作られているのは、エッセンシャルシロップというハーブと果実を濃縮してできたもの。

イギリスの家庭で飲まれていたコーディアルシロップをベースに、ハーブの持つ効能を活かした体に優しく心に効くシロップという風に言われています。

▲高橋さんの作るシロップにはひと瓶ごとにテーマや思いが込められています。左上のシロップのテーマは「The new start of life」。新しいことを始める人に向けて、はじまりを祝福してくれるカモミールをベースに作られています。

以前、あるインタビューの中で高橋さんが「偶然始まったシロップ作りだけど、今ならこのシロップで人を幸せにしたいと胸を張って言える」というように話していました。

料理家や菓子研究家とはちょっと違うシロップ作家という職業にどのように出合い、これでいくんだと思えるようになったのか尋ねてみました。

 

25歳までは寄り道する、と決めた理由

実は、高橋さんがはじめて食の道を志したのは、25歳の頃。それまでは全く関係のないことをやっていたのだそう。

高橋さん
「音楽に携わる仕事に就きたいと思って、学生の頃は音響の専門学校に通っていました。

裏方気質だったので、自分が表に立って何かを表現すると言う発想は全然なく、レコーディング技術を学んで音楽に関わることができたらと思って」

「そこでは先生がこぞって25歳まではやってみたいことをしていいよって言うんです。

25歳を過ぎれば自然とちゃんとしなきゃと焦り出すからって。その時に焦りたくない人は今から就職に向けて頑張ればいいというスタンスでした。

私は真面目な家庭で育ったということもあり、就職一択だなと思っていました。

でもなぜか、就職に向けて動き始めないといけないタイミングで、旅行でインドに行ってしまったんです。そしたら、このまま就職しても本当にいいのかなと思えてきて。

先生も25歳までは、やってみたいことにチャレンジしていいと言ってくれているし、卒業後は生まれ育った環境を離れて暮らしてみようと思いました」

「もともと音楽に関係する仕事がしたいと思ったのは、10代の頃の影響が大きくて。

悩み事とかを、人に相談できるタイプじゃなかったんです。ひとりで抱え込むことが多くて。

そんな時に、励ましてくれたのが音楽だったので、音楽に恩返しがしたかったし、音楽に関わる仕事がしたかった。

どこかの誰がが10代の時の私みたいに、ひとりで抱え込んでしまっていたら、その人を救いたいという思いもありました。

でもその前に思ったのが、私自身が心を開いて気持ちをおおらかにしていないと、これから先、誰も助けられないなということ。

それで、オープンマインドでおおらかといえば、沖縄のおばあだと。私もあのおばあみたいになりたいと思って沖縄で暮らすことにしたんです」

「ただ、そこで自分のイメージしていた通りに、心穏やかに毎日ゆったり過ごせていたかというとそんなことなくて。向こうに着いたら割と早い段階から本島で働きはじめて、今思えば結構まじめに働いていました。

ちょうど2年ほど住んだ頃、たまたま東京に帰ってきていたタイミングで2011年の震災があったんです。その時、家族や友人たちも東京にいましたし、このまま私だけ沖縄に戻って過ごすことはできないなと思いました。

それで再び東京で暮らすようになって。それからは知人から声をかけてもらったアパレル業界に就職して働くことになりました」

「このアパレルで働いていた3年間が苦しくて。

仕事がと言うより、周りの人たちとなかなか話が合わなくて、自分だけがずれている感覚がずっとあったんです。でもその時は限られた世界しか知らないので、ちゃんと周りに合わせようと必死で。

毎日辛さを感じてはいながら、25歳まではいろんなことにチャレンジするって自分で決めたので、それまではしっかり続けようと言う気持ちで働いていました。

今思えば、何であんなに無理をしていたんだろうと思うくらい」

 

自分がやりたいことがわからない。転機になったのは

高橋さん
「いよいよ自分で区切りとして決めていた25歳になるタイミングで、改めてこれから私がやるべきことってなんだろうと考えました。

その時に迷ったのが音楽の道に行くことと、もうひとつがずっと好きだった食の道に進むことでした。

音楽はずっと働きたかったレコード会社に応募を出し、さて食はどうしようと考えた時に、自分はひとつのところで留まるのが向いていないから、ケータリング業はどうだろうと思ったんです。

それで本屋に行って、片っ端から本を手にとっていく中で出合ったのがフードディレクターの野村友里さんの『eatrip gift』という本でした」

「はじめて見た時に、もう直感的にこれがいいって思ったんです。

音楽とかを聞いていると、よくわからないけどすごく好きって思うことがたまにあるじゃないですか。あの感覚に近いと言いますか。

それで調べていくうちに今度はeatripの映画を知って、見たらますます思いが溢れてきてしまって。

ちょうどeatripのレストランが始まってすぐのタイミングだったので、仲間にして欲しいって、ものすごい長文で熱いメールをしました。

あんなに大胆なことをしたのは初めてですし、今考えたら飲食の経験がないのによくそんなことできたなって思うくらいなんですが」

「そしたら履歴書を送ってくださいって返信が来たんです。でも調理の経験がないしダメだなと思って、一応のつもりで送ってみたら今度は面接しましょうって。

いざ面接に行ってみると、質疑応答は最初に軽く話したくらい、あとは野村友里さんがeatripのレストランに込めた想いを話してくれて、それを聞いていたら最後に『仲間になりましょう』と。

えっ!という感じですよ。

今でも、どうして全く経験のない私を仲間にしてくれたんだろうって思ってます」

 

憧れの店で学んだ、目の前の人を喜ばせること

高橋さん
「私がeatripで一番学んだのは、料理の基礎とかマナーとかそういうことよりも、働く上での心意気や、愛情を持って料理や、お客様をおもてなしすることでした。

入社してすぐのタイミングで上司からちょっと飲みに行かないって誘われて、そこで最初に言われたのことがずっと心に残っているんです。

調理の経験がないし、そもそもレストランに行くということも全然したことがない私にいきなり『友香ちゃんのやりたいようにやって欲しい』と。

『今、目の前にいる人がどうしたら喜ぶか考えて、それをやって欲しい。いちいち許可も取らなくて良いし、やったことに対して私達がどうこう言うことはない。マナーとかそういうのはやっていくうちに覚えるから、まずは気にしなくていい』とアドバイスをしてくれました」

全く経験がない中で「やりたいようにやっていい」と言われたら、私だったら反対に迷ってしまうこともありそうです。

自分が主体となってこれがやりたいと声をあげないといけないのかなと。

けれど、高橋さんは目の前にいるお客さんがどうしたら喜んでくれるだろうと、今できることに集中して、それを積み重ねていきました。

 

大好きな仕事だけど、挫折してしまった

eatripではデザート作りを担当していた高橋さん。シェフからそのデザートが褒められるようになってからもお菓子作りに対して自信があったわけではなかったのだそう。

高橋さん
「一緒に働いていたシェフや上司の動きや、作り上げるものが凄過ぎて。それを間近で見続けていたら、食べ物でお金をいただくってこういうことなんだと。これは到底私にはできないなと思いました。

担当していたデザートも作り方を教わったらできるけど、これを自分からゼロイチで生み出すのはできないですし、周りを見ても、素敵なお菓子を作っている人はたくさんいらっしゃって。

だからeatripに入って、周りの人に恵まれて価値観の合う人と一緒に働ける幸せを感じながらも、同時に自分がずっと好きだったものが、頑張ってもたどり着けない場所にあるものなんだなって気づいて、心の中で挫折していました。

きっとこれから先、私ひとりになった時にこの人たちとは肩を並べられないなと。

それで食べ物じゃなかったら私ができることってなんだろうって思っていた頃に、eatripに結婚式の引き出物の依頼がきたんです」

 

自分ひとりでできる仕事ってなんだろう

高橋さん
「eatripにとって初めて来た引き出物の依頼。しかもかなりまとまった数を作らないといけなくて。その担当になったのが私だったんです。

それで自分が作れるものって何だろうと考え続けて、思い浮かんだのが新郎新婦をイメージしたシロップでした。

ちょうどその頃レストランで酵素ドリンクを出していて、それも私の担当だったんです。ある時上司からドリンクの新メニューの候補として、ハーブと果実を使ったコーディアルシロップというのがあると教わっていて。

eatripはハーブの使い方が上手で、私もそこで教わった知識が少しあったこともあり、新郎新婦に合うものをブレンドして初めてシロップを作ってみました。

いざそれをお店に提案すると即決で『このシロップにしましょう』と。他にも引き出物の候補としてクッキーなども作っていたんですが、このシロップはすごくふたりのことが考えられているからって。

この時はうれしかったんですが、シロップ作りが想像以上に大変すぎて、もう2度とやらないと思っていました」

けれどこの時つくったシロップがずっと心に残っていたと言う高橋さん。

次回は、たくさんの偶然が重なって、本格的にシロップ作りを始める話を伺います。

(つづく)

【写真】鍵岡龍門
【取材協力】THE GOOD GOODIES 鎌倉にあるコーヒースタンド。ほっとしたいときに高橋さんがよく訪れる場所。



高橋友香(たかはしゆか)

1987年生まれ。専門学校でレコーディング技術を学ぶ。25歳から「eatrip」に勤務し、29歳でシロップブランド「calm」を始める。現在は鎌倉に移住。シロップは通販や、千駄ヶ谷のセレクトショップ「THE MOTT HOUSE TOKYO」などで購入可能。
web:https://calm06.stores.jp/
Instagram:@calm_06


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