【話し下手なワタシ】第1話:話すよりも、聴く力の方が大切?

ライター渡辺尚子

みなさまは、誰かと会話するのが得意ですか? 私は、子どもの頃から、喋るのがとても苦手でした。はきはきと自分の意見を伝える人に憧れながらも、いざ自分が喋るとなると、緊張のあまりモゴモゴして、同じ話の堂々めぐり。

もっと上手に話せるようになったらいいのに。そう思ったとき、「あの人」の顔が浮かびました。アナウンサーの山根基世(やまね もとよ)さん、私の憧れの人です。

山根さんは対談番組でも旅の番組でも、とても自然に話しかけていて、相手の人もどんどん楽しそうになっていくのです。

私は以前、山根さんと一冊の本(『話したい、使いたい 心ときめくことばの12か月』KADOKAWA刊)を作ったことがあります。そのときも、お会いするたびに話がはずんで、打ち合わせが毎回楽しみでした。そう、山根さんとだったら、話し下手の私でも思いを伝えられたのです。

 

話し上手より、聴き上手になる

久しぶりにお会いした山根さんに、図々しくも悩みを相談してしまいました。

上手に話せるようになるには、どうしたらいいのでしょう。

すると山根さんは、こう答えました。

「そうですね。私は、話すよりも、聴く力が大事だと思っています」

聴く力?

山根さん:

「そう。人の話を聴くことを身につけると、その後の人生が楽に生きられると思うんです。人の話を聴く態度は、信頼につながるから。

『この人は私の話を聴いてくれる』ということは、自分を受け入れてくれるという認識につながって、人から信頼され、愛されるんです」

ハッとしました。私は、話すことを上達させたいと思って、聴くことはあまり意識していなかったからです。

 

自分らしく生きたければ、隣の人と仲良く

山根さん:

「ディベートもこれからの世界に大事だけれど、議論だけ得意になって、人をやりこめてばかりいたら、その人は愛されるでしょうか。ひとりの人間が、自分らしいと納得できる幸せな人生を切り開いていくうえで、なによりも大事なのはね、隣の人と仲良くすることだと思います」

隣の人……つまり友人だったり家族だったり、時にはたまたま出会った人と、仲良くすること。そのために、まずは相手の言葉に耳を澄ませること。

話すとなるとハードルが高いけれど、聴くことだったら、できる気がします。

山根さん:
「お勉強みたいに堅苦しく考えなくて大丈夫。聴くことって、快楽なんですから。人の声を聴くのは心地いいし、いい会話をしたあとは、とてもおいしいご馳走を食べたあとみたいな感情がわいてくるんです」

 

社会人の基本は、世間話から学んだ

誰の話を聴くところからはじめたらよいのでしょう。

山根さん:
「最近の職場はそういう機会が少ないと思いますが、私の若い頃は、周りの大人たちがよく、世間話をしていました。私のいたアナウンス室は、100名ぐらいのアナウンサーが集まる大部屋で、あっちこっちに人が集まっては、世間話をしていたんです。

私たちは、机の近くで話している大人の会話をそれとなく聞いていました。なかにはつまんない噂話もあるけれど、放送で何が大事なのか、どういうことをしたらいけないのかといった、組織で働くことの価値観や会社員の基本が、聞こえてきました。

こういう世間知は、新人研修で学びきれない部分もあります。足りないところは、大人同士の会話を聴くことから、自然に学んでいったんです」

聴くということを意識すれば、ふと耳に入った会話も栄養になっていくのだと、山根さんが教えてくれます。

最近は打ち合わせも会議もリモートが増えて、直接顔を合わせていないぶん、じつはちょっと気を抜いていました。自分の関わっていない議題のときは、聴いているような顔をしつつ、ぼんやりして他のことを考えていたり。今度からそんなときこそ、積極的に耳を傾けてみようと思います。

 

過去に聴いた言葉が、未来を支えることも

話を聴く体験を積み重ねていくなかで、忘れられない会話に出会うこともあります。

山根さんの場合、美術番組で400人以上の芸術家と対談した体験が、その後の「生き方を変えた」そうです。

山根さん:
「昨日より今日、今日より明日、よりよい自分になってよりよいものを作る。その姿勢は、多くのアーティストに共通するものでした。

ある伝統工芸家は、『僕は今年90歳です。89歳だった去年よりいいものを作ると思います。来年は91歳、90歳の今よりいいものを作ると思うんです。そうやって考えてごらんなさい、僕が100歳になったら、どんないいものを作るでしょう』っておっしゃって。

それを聞いて衝撃を受けました。

あの言葉に影響を受けたから、私も定年退職して、70歳になってから新しく、声の力にまつわる朗読講座を始めることができました。いくつになっても、今日やりたいという気持ちで前に進めばいいと、勇気をもらったんです」

聴くという行為は、どうやら受け身なだけではないようです。

聴くことで心に栄養をもらえるし、自分を一生支えてくれる言葉にも出会うかもしれない。

そう考えたら、聴くことが楽しみになってきました。

 

聴き上手になるためのコツ

ここでちょっと、山根さんの聴き方を観察してみました。

私のたどたどしい話を聴きながら、山根さんは相槌をうってくれます。

その相槌が、バリエーション豊か。

私はついつい「ええ、ええ」とか、「はいはい」とか、声を出してしまい、時々その相槌で、相手の声を消してしまうことがあります。

でも山根さんの相槌は「ええ」と声を出すことばかりではありませんでした。

静かに頷いたり、「それから?」という眼差しでこちらを見たり、にこっと笑ったり、軽く身を乗り出したり。声を出さずとも、「聴いていますよ、あなたの話を受け止めています」という思いが、全身から伝わってくるのです。

話すほうも安心して語ることができ、そうやって楽しく会話が続いていきます。

素敵だなあ。山根さんのように、心ある聴き手になりたい! そう思いました。

 

【写真】小澤義人

 

もくじ

 

 

山根基世

1948(昭和23)年、山口県生まれ。1971年、NHKにアナウンサーとして入局してから36年間、「関東甲信越・小さな旅」「新日曜美術館」「ラジオ深夜便」ほか、美術番組、旅番組、主婦や働く女性を対象とした番組や、ニュース、ナレーションなどを担当した。2005年、女性として初のアナウンス室長。2007年に定年退職後も、ドラマ「半沢直樹」のナレーションをはじめ、フリーランスのナレーター、アナウンサーとして活動中。同時に「声の力を学ぶ連続講座」を主宰し、地域作りと言葉教育を組み合わせた独自の活動を続けている。「感じる漢字」「ことばで『私』を育てる」他、著書多数。


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